子猫ちゃんの異世界珍道中

石の森は近所です

第108話、誤算

 僕は正面の開いたドアの隙間から中を覗き込みます。


 入って直ぐに大きなフロアがあり、その中央に螺旋状になった階段で上にあがれるようになっている仕組みの様です。


 僕も匂いには敏感なんですよ?


 連れ去られた2人の匂いは、階段では無く左右に伸びた通路の右方向から匂ってきます。僕は自分の嗅覚を信じて中に飛び込むように侵入すると一気に加速して右の通路に掛けて行きます。


 右の通路の先には両側に部屋がいくつもありますが、手前側の部屋からは匂いはしません。一直線に進むだけですね。


 真っ赤でふかふかなカーペットを踏みしめながら走っていると、途中の壁に変な穴が開いている事に気づきます。


 速度を落とし、気配を敏感に察知出来る様にすると――穴の1つから濡れた鏃がついた矢が飛んでくるのに気が付きました。ここに来る前の僕ならその矢に貫かれていたでしょうけれど、今の僕は違います。


 人間の言葉でいう、ユニークスキルを取得した僕には遅く感じますよ!


 僕は軽々と矢をかわすと、矢を放った場所にファイアを放ちます。


 ファイアは穴の開いた壁から室内へと入り込み、壁は燃え上がります。


「あぢっ、失敗した。あの狐ただの狐じゃねーぞ!」


 どうやら相手を倒すまでは至らなかった様です。


 2人の匂いはもっと先の部屋です。


 僕は救出を優先し、真っ直ぐに進みます。


 見た所、一番奥の部屋に2人は連れ込まれた様ですね。


 僕は最後の扉まで来ると、ドアに向かって氷の鏃を放ちました。


 ドアは意外と脆く簡単に穴が開きます。そしてドアの中からは血臭が漂ってきます。誰か分りませんが僕の攻撃が当ったようですね。


 中の部屋では誰かが倒れる音が聞こえ、次の瞬間――ザッ、とドアに剣先が走りドアを中から切り裂きました。


 そして現れたのは……。


 剣を振りかざしたフローゼ姫でした。


 ――えっ。


 どうして?


 何で?


 そんな思いもフローゼ姫の足元に倒れている、エリッサちゃんを見つけ霧散しました。僕がメンバーの中で一番大好きな少女です。僕を可愛いと言ってくれて、認めてくれた女の子です。強くなりたい僕の為に、僕を兄妹達から連れ出してくれた子です。その子を僕が――僕の魔法で傷つけて……。


 僕は頭が混乱しました。


 人の様にドアを蹴破る事が出来ないから、僕は氷の鏃を放ちました。


 まさかそれが、大好きな子を傷つけるなんて。


 エリッサちゃんはお腹を押さえた状態で蹲っていました。


 ミカちゃんや子猫ちゃんならヒーリングが使えます。でも僕はまだ覚えていません。


 あれ?


 エリッサちゃんも確かヒーリングが使えた筈じゃ?


 何で自分にヒーリングを使わないんだろう……。


 混乱した僕が選択した手段は――この場からの逃走でした。


 来る途中で燃やした壁から火が伝い、屋敷のカーテンにも引火し勢いが増しています。外では街の人々が大勢集まって井戸から水を汲み上げ駆けつけています。僕は子猫ちゃんに2人を頼むと言われたのに……。


 助けて、子猫ちゃん。


 エリッサちゃんが、エリッサちゃんが死んじゃう。


 僕は悲鳴に似た鳴き声を叫びながら、子猫ちゃんの微かな匂いを追って街の中央の道を巨大なお城の方へと駆け出しました。




         ∞     ∞     ∞




 僕は馬車の上を陣取りながら、馬車を遠めに睨んでいる騎士、兵士達が動き出す瞬間を待ち構えていました。


 すると突然、兵達の隊列が割れ1本の道が出きるとそこから、黒いローブを被り魔石が先端に飾られている杖を持った人が歩いてきます。


 雨も降っていないのに頭を隠すなんて禿げているんでしょうか? 


 それともまさか獣人だから? 


 獣人嫌いの城主がそんな獣人を使う訳が無いですね。


 やっぱり残念な人なんでしょうか?


 僕が首を傾げていると、ローブの人は足を止め僕と目線が合う形になりました。若い女の様にも見えますね。


 一体誰なんでしょう?


 するとローブの女が声に出して何か呪文を唱えました。僕の目には女が持つ杖に魔力が集まっているのが確認出来ます。不味いですね――相手も魔法使いの様です。僕は自分に結界を張ります。ミカちゃんはさっき掛けたばかりなので万一は起こり得ないでしょう。


 高まった魔力に応じ杖の先端にある魔石が輝くようです。


 微かに光ると、馬車目掛けて水滴が飛んできます。


 あ~これ僕とミカちゃんが良く使う魔法ですね。


 水滴はいまだに燃え燻っていた隕石を一気に冷やし、蒸気を立ち上らせると次の瞬間には陽炎も熱風も消え去り、ただそれだけでした。


 ただこれで突撃を控えていた騎士達が勢い付き、馬車目掛け駆け出してきます。あれ? もっと派手な魔法を予感したのですが……まさか今の魔法が最大威力なんて事は無いですよね?


 僕はお手本を見せてあげましょうと、向かい来る騎士達に掌を翳します。掌に魔力が集まると「魔法が来ます、下がってください!」と、ローブの女は忠告しますが、もう遅いですよ。既に発動されました。


 『ゴゴゴグワァーンドバゴゴーン』激しい光の雨が兵と騎士の元へ降り注ぎ、集まった全ての人間が体から煙を上げて絶命しています。


「な、なんて凶悪な!」


 ローブの女が言い放った言葉に聞き覚えがあります。


 日本語です。


 というか何故この人は生きているんでしょう? 僕の魔法の中でも2番目に威力が高い魔法だったのですけれど……。


 ローブの女は文句だけ言うと、一目散に逃げて行きました。


 何だったんでしょうか?


 まさかあれが迷い人、いや納豆の人なんでしょうか?


 今の轟音を聞いてもミカちゃんは目を覚ましません。僕が如何するか悩んでいると、城下から火の手が上がっているのが見えました。物騒な街ですね。こんな密集した場所で家事なんて起こしたら一体被害はどれだけ広がる事になるんでしょうか?


 僕は倒した兵を気にも留めずに、城下から立ち上る煙を見つめていました。

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