子猫ちゃんの異世界珍道中

石の森は近所です

第105話、隷属の首輪

 僕は直ぐにでも飛び出せるように、掌に魔力を纏わせます。


 騎士達とミカちゃんの間には、鉄格子があり直ぐに危害が加えられる事はありませんが、念の為です。


「ここでの殺傷は困りますね。せめてお屋敷に連れて行ってからにして欲しいものです」


 渋い壮年の声が騎士達の背後から聞こえ、執事服を着た老人が騎士達の間を割って入ってきました。


 騎士達は皆その老人に頭を下げています。


 もしかして偉い人なんでしょうか?


 偉い人なら話せば理解してもらえますかね?


 そう思いましたが、それは希望的観測に過ぎない事を思い知ります。


「獣人はいつもの様に、旦那様がおもちゃにして処分いたします。若い娘2名は既に犯罪奴隷として娼館に売却される手続きが取られております」


 ミカちゃんをおもちゃにして処分?


 エリッサちゃん、フローゼ姫を犯罪奴隷で娼館?


 何言ってくれているんですか!


「ちょっと待て、犯罪奴隷とは何の冗談だ?」


「犯罪者ではありませんわよ!」


 フローゼ姫にしては寝耳に水で反論に出ます。


 この街に来るときに、奴隷の扱いを聞いたばかりのエリッサちゃんも自分がその身に落ちると言われ大きな声を上げます。


「あなた達3人には指名手配が掛かっておりました。この国に入国する際、この国の冒険者を殺戮し逃走を謀り、この街に至っては宿屋を脅迫し獣人を厚遇するような真似を強要いたしました。これらの罪により3人共犯罪奴隷となります。被害に遭われた冒険者から娘2名は娼館に、獣人はマクベイラー様の元に渡される事が既に決っております」


 マクベイラーって何処かで聞いた名前だと思ったら、フローゼ姫に首を刎ねられた盗賊が最後に言っていた名前ですね。この街がマクベイラーの街と聞いていましたが、確かこの国で2番目に大きな街で確か侯爵様が治める街だとか。となると――マクベイラーは侯爵様ですかね?


 ミカちゃんにいち早く気づいた事を伝えようと思ったら、


「そうか! 何処かで聞いた名だと思ったら、盗賊の生き残りがマクベイラーと言っておったな!」


「そ、そんな――それではこの国の侯爵が盗賊を?」


 フローゼ姫が事実に気づき、エリッサちゃんも思い出した様です。


 ですが――。


「言うに事かいて侯爵様を盗賊如きと一緒にするとは、舌を抜かれないと立場を理解して頂けませんかな?」


「何を、世迷言を――」


「そうにゃ! そんな事は許さないにゃ!」


「訴えますわよ!」


 牢屋の中で皆が魔力を掌に纏わせようとしているのが分りますが、掌に集まる前に霧散したように見えました。


「はっはっは、無駄だ。冒険者の生き残りから貴様達が魔法を使える事は報告で聞いておった。まさか皆が魔法を使えるとは思わなかったが……娼館に売るにしても高く売れそうだな。獣人の魔法などたかが知れているだろうが、マクベイラー様もさぞお喜びになられるだろう」


 僕は皆が魔法を霧散させた時に、牢屋を囲んでいる壁が仄かに青く光ったのを見ていました。この牢屋の中では魔法を使えない様ですね。


 この牢屋の中では――ですが。


「何を……」


「魔法が……」


「みゃぁ~!」


「そういう事かにゃ。皆、ここの中は魔法を使えない仕組みになっているみたいにゃ」


 僕が気づいた事を知らせると、ミカちゃんはそれを皆に教えてくれます。


「良く気づいたと言いたい所だが、無駄だ。お前達はこれから隷属の首輪を嵌められ奴隷として生きていくのだからな」


 ここに来る途中に見かけた犬獣人の姿が皆の脳裏をかすめ、皆一様に顔を顰めます。


「みゃぁ~!」


 僕がそろそろ攻撃してもいい? そうミカちゃんに尋ねます。


「ん? 何だ! この鳴き声は?」


「はっ、近所で飼われている猫だと思われます」


「この街が衛生上ペット禁止なのを知っていて違反しておる住民がおると言うのか?」


「はっ、その様です」


 ここの街で奴隷以外の獣人も、飼われている犬、猫も見かけないと思ったら、ペットすら禁止とは……つくづく獣が嫌いなんですね!


「駄目にゃ!」


 ミカちゃんはまだ様子を見ようと言っています。そんな暢気な事で大丈夫なんでしょうか? 僕には危機的状況に思えますが……。


 ミカちゃんのお許しが出ないので、僕も掌に纏わせた魔力を消します。


 そんな事をしている内に、剣を抜いた騎士達が牢屋の中に入っていきます。


「抵抗しなければ痛い思いをしなくて済むぞ!」


 フローゼ姫の剣は牢屋に運ばれる時に、ここの騎士に取り上げられています。皆が持っていた短剣も同じです。


 最初は体をゆすり抵抗しようとしていましたが、諦めると手首には鉄状の手錠が、首には隷属の首輪を嵌められてしまいました。


 えっ、こんな状態なのに手を出して駄目なんですか?


 ミカちゃんは視線をこちらに向け、嫌がる素振りで嫌々を繰り返しています。


 僕も子狐さんもただ呆然と、見ている事しか出来ませんでした。


 その時、馬車が2台表通りからやって来て、騎士詰め所の前に停車しました。


 既に隷属の効果が出ているのでしょうか?


 皆の表情が暗く沈んだものに変わり、命令されると言われるがままに大人しく牢屋から歩き出し、エリッサちゃん、フローゼ姫は今到着した先頭の馬車に乗せられ、ミカちゃんは後続の馬車に乗せられていきました。


 この感じ、何処かで……。


 僕は子狐さんにエリッサちゃんとフローゼ姫を守る様に告げると、ミカちゃんを乗せた馬車を追って走り出しました。


 思い出しました。


 これはミカちゃんの村が、伯爵の指示で壊滅した時と同じです。


 ミカちゃんが連れ去られた馬車を、追いかけている状況だけを見れば……。


 前と違うのは、僕もあれから色々な経験をして世の中の仕組みを知りました。そして何より今の僕は強い筈です。ミカちゃんが酷い目に遭わされる前に必ず助け出しますよ!

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