子猫ちゃんの異世界珍道中

石の森は近所です

第54話、出立の朝

 チュンチュン、と鳴く小鳥の声音で目を覚まします。


 今日の午前中には出立して、オードレイク伯爵の捕縛に向かう予定になっています。僕がまだ眠い眼を隣に向けると、ミカちゃんの薄く青い瞳はまだ瞼と睫毛に隠されています。


 今日も僕が早く起きる事が出来ました。


 毎日の日課です。ミカちゃんが目を覚ますまで真っ白で綺麗な顔を観察します。見つめていると、ピクリと瞼が動きます。


 そろそろ起きそうですね。


 僕に見つめられている事に気づいたのか、ミカちゃんの大きな瞳がまるで花の蕾が大輪を咲かせる様に、ゆっくりと開いていきます。


 直ぐに僕を認めて、


「子猫ちゃんおはようにゃ」


 まだ眠そうな瞼を小さな指で擦りながらそう挨拶してくれます。


「みゃぁ~」


 僕も笑顔でミカちゃんに、おはよう、を言いました。


「子猫ちゃんは、いつも朝は早いにゃ。たまには私が子猫ちゃんの寝顔を見てみたいにゃ」


 そんな事を言われますが、これは早起きした者勝ちの特権ですよ!


「みゃぁ~みゃぁ~」


 僕は胸を張って、役得ですよ。と伝えました。


 するとミカちゃんは小さな唇を少しだけ窄めて言います。


「子猫ちゃんはずるいにゃ」


 そう言葉を漏らしますが、その声音は優しく甘いです。


「みゃぁ~!」


 僕が早く支度した方がいいよ。と伝えるとミカちゃんは慌てて――。


「もうそんな時間なのかにゃ、急ぐにゃ!」


 そう言って、部屋に備え付けの化粧室に入って支度を始めました。僕は自分の舌で毛繕いをしてあるので問題ありません。


 ミカちゃんの支度が終わり、身綺麗になった事で集合場所の食堂へと向かいます。


 食堂には、既に主だった面々が揃っていて皆で僕達に挨拶をしてくれます。一番遅れてきたのに真っ先に挨拶されると、偉くなった気がしますね。


「ミカ殿、子猫ちゃん今日からの数日間、妾の護衛役宜しく頼むぞ!」


 フローゼ姫がそう言って僕達に笑顔を向けてきます。
 エリッサちゃんの様にお淑やかにすればお姫様と言われても納得出来ますが、男の子の様な装いでその口調だと台無しですよ。


「こちらこそ宜しくお願いしますにゃ」


「みゃぁ~」


 僕達も返事を返します。すると――。


「羨ましいですわ。私も叶うならば同行したい所なのですけれど……」


 そう言って少し残念そうに、エリッサちゃんが俯きます。


「直ぐに終わらせて戻ってきますにゃ。帰ってきたら、お外に狩りに行けるにゃ!」


「みゃぁ~!」


 エリッサちゃんに元気になって貰おうと、ミカちゃんと僕が告げると、


「そうですわね。待ち遠しいですわ!」


 ミカちゃんは、モカブラウンの髪を揺らし翡翠色の瞳は遠くを見つめ、感情を高ぶらせています。


 それを隣で聞いていたフローゼ姫が、


「ほう、伯爵の件が片付いたら3人で狩りに行く予定なのか?」


 興味津々とでもいう様に、そんな事を聞いてきます。


「そうですにゃ。エリッサちゃんも強くなるにゃ!」


「みゃぁ~!」


「うふふ、頑張りますわ!」


 楽しそうに僕達が話していると――。


「この辺りに湧く魔物は確か……ゴブリン、スライム、オークであったな。そうレベルの高い魔物では無い筈だが?」


 流石は武を重んじるフローゼ姫です。良く調べています。


「数を倒せば問題はないにゃ!」


 僕達が一日で倒す数は、普通の冒険者の10倍近いですからね。ミカちゃんは自信満々に伝えます。


 すると――。


「ほう、ミカ殿達は一体一日にどれ位の数を倒すのだ?」


 僕達の強さを目の当りにして、どんな風に強化すればあの域に到達出来るのか興味は尽きないようです。


「う~ん、大体50体は倒すにゃ」


 オーガ討伐からは狩りに出かけていませんが、普通に狩ればそんなものですね。それを苦笑いを浮かべながら答えると……。


「はっ……」


「そいつは凄げぇ~」


「ミカさん達ですものね」


「ギルドから報告は上がっているが、見事なものだ」


 フローゼ姫は一言だけ漏らし絶句し、騎士団長からは驚愕の言葉が――。


 エリッサちゃんはその数が多いのか少ないのか分らないでしょうけれど、首を縦に振りながら納得しています。


 子爵様からは既にミカちゃんと僕の貢献については報告が上がっていたようで首肯しながら頷いています。


「それ程多くの魔物が、街道や森に出てくるものなのか?」


 フローゼ王女が疑問に思ったのか、確認してきますが、


「私と子猫ちゃんが狩るのは人が歩く場所じゃ無いにゃ。林の中と森の奥にゃ」


「――はっ」


 僕達の主要な狩場を教えると、またしてもフローゼ姫は絶句します。


「ぶはっ、あはははははははははは。こりゃ愉快だな。人里に現れた魔物を討伐するのではなく、魔物の巣に入り込んで倒しているのか。あれだけの強さの秘密はそれだな!」


 強面の顔を破顔させ豪快に笑いながら、騎士団長が僕達の強さはそこから来たのだと勘違いしたようです。


 流石に僕達も誰彼構わずに、秘密を打ち明けられないので好都合ですが。


「伯爵の件が解決したらエリッサを連れて行くと言っていたのも、その狩場なのかな?」


 子爵様の顔色が悪いようですが、気のせいでしょうか?


「そうにゃ。でも私も子猫ちゃんも居るから大丈夫にゃ!」


「みゃぁ~!」


 自信満々に説得すると――。


「お父様、私なら大丈夫ですわ。ミカさん達が大丈夫、とお墨付きを下さっているのですから」


 エリッサちゃんは強さの秘密を知っていますからね。強引に子爵様を納得させていました。


 そんな風に会話を楽しんでいる内に、朝食がテーブルの上に次々と用意され、それを和やかな雰囲気で摘んでいきます。


 朝食を食べ終わったら、いよいよ出立です。外では既に僕達が乗り込む馬車の用意を、子爵家の筆頭執事であるフェルブスターさんが指揮を取り行っています。


 思えば僕がこの世界に紛れ込んで、ミカちゃんと知り合い、村が盗賊に襲われ、逃げてと短い間に色々な事がありました。


 伯爵から逃げ出した僕達ですが、これからその禍根を断ちに出立します。


 僕とミカちゃんは、馬車を眺めながらこれまで遭った事を振り返り、これから先の未来へと思いを馳せるのでした。

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