サヨナラ世界

こぶた

ED2・筒井カイリの場合

世界は希望に溢れている。それを表すような、白。

今でも鮮明に覚えている、その色。





最初は自分の部屋の天井。

何百時間と眺め続けた、希望を表すその色。

そこに希望はなかった。





次はメンタルクリニックの壁。

無機質なその空間。流れ作業で毒を処方する、無機質な笑顔。

そこにも希望はなかった。






最後は病室のシーツ。

処方された薬を全部飲んでみた。運ばれた病院で目が覚めて、生きてることに少しホッとして。

そこにもやっぱり希望はなかった。






絶望を表す、黒。

いつも頭に浮かぶのはこの色。





希望に溢れる世界から拒絶された、絶望。

世界から死ねと言われる、精神病患者。

そして白に淘汰される、黒。





それが俺の全てだった。


ただ、俺は死にたいと思っていてもそれを口にすることはなかった。

死への恐怖は俺の黒い脳内を生き続けさせた。

そして、俺の脳内には絶望しか存在しなかった。






ーーー東京、九段下。



聖地と言われる、武道館。

俺たち【リベリオン】は今日このステージで終わる。




解散を決めたのは、俺。
一方的だったけれど、俺を信じて付いてきてくれたメンバーには感謝しかない。




理由は明確。

国会議事堂の目の前で自爆テロを行った人の遺書に、俺たちの歌詞が使われていたからだ。


新聞やテレビのマスコミたちは虫のようにその蜜に群がり、俺たちを追いかけた。

俺はその異様な盛り上がりを逆に利用した。




その結果、俺たちは武道館のライブを行うことになる。

そしてこのライブを持ってバンドを解散することを宣言し、今に至る。


ライブのリハーサルを終えた俺たちは、準備をして開演を待つ。

このライブはマスコミへの配慮や注目を受け、ライブビューイングされ日本全国に届く事になっている。
そのセッティングを待っているため、少しだけ時間が空く。




今日で終わる、このバンド。俺は最後の言葉をメンバーに伝える。


「俺を信じて付いてきてくれて、お前達には感謝しかない。ありがとう。そして……」

恐らく皆理解しているであろう、解散する意味。



「身勝手に終わらせる俺を、許してくれ。」



俺はメンバーにその理由を言わなかった。それでもメンバーは俺を責めることはなかった。



「俺たちはお前の声を支えてきただけだ。そしてこのライブでも最後まで支えてやる。それだけだ。」



と言ってくれた。本当に感謝しかない。




「最後の最後まで俺たちらしく…行こうか。」




最後のライブが始まる。






ーーーこの世界は希望で溢れている。



溢れかえる希望に何度も殺されかけてきた。

俺は醜く腐ったこの脳内の黒を、何度漂白しようとしただろう。

何度やっても、無限に湧き続ける絶望。

生きたいと叫ぶ心臓、苦しいと叫ぶ目に見えない心。

自分を救ってくれる何かを探す日々。救われない心を歌う日々。




渋谷の街頭ビジョンに映る、偽物の希望を歌うミュージャン。

そんなヤツらの歌う、本物の希望も絶望も知らない、無機質な白に目を輝かせる人々。




そんな中で本物の「希望」を歌う少女が現れた。
彼女は本当の絶望を知っている。そして俺と違って彼女は希望を歌っている。

ーーー彼女がいればきっと俺みたいな苦しみを抱える人間も救われるだろう。





だから……俺はこのステージで絶望を終わらせる。


世界の絶望の象徴として、人々の絶望を一身に受けて。


……俺は俺を終わらせる。





ーーーライブの本編が終わり、アンコールを待つ歓声が鳴り響く。


俺は、最後の言葉を伝えるためにステージに上がる。


「みんな、最後まで着いてきてくれてありがとう。今日で俺たち【リベリオン】は解散します。その理由は明白。俺たちの歌う絶望が届いたと感じたから。」


俺は淡々と、それでも抑えきれないほどの感情を込めて言葉を綴るように紡ぐ。






「みんな、【死にたい】と思うことはあるか?」






会場がざわめき立つ。俺は構わず続ける。


「俺はずっと思っていた。でも実際に死ぬのは怖くて、そんなことを考えるのは悪いことだと思ってた………」

「その気持ちをどうにかしたくて、がむしゃらに痛みを、悲しみを、苦しみを…歌ってきた。」



警察が俺を逮捕・連行するまでまだ時間はある。俺は最後まで伝える。



「その歌を聞いて、こうしてここまで着いてきてくれたメンバーとお前達がいる。」


メンバー達もステージに上がる。俺はメンバーに頭を下げ、観客に向かって頭を下げ、言葉を続ける。


「そしてようやく【死にたい】と願い続け、絶望しか生まない脳内でも……生きてきた証が見つかった。」



………この武道館にいる全ての人間が、中継を見てくれている人間が、ざわめきながらも俺の言葉を聞いてくれている。


絶望を撒き散らすだけの、こんな自分の言葉を聞いてくれている。
腐った黒い脳内には、身に余るほどの幸せ。



ーーーそれでようやく…俺は人生で初めて、嬉しい時に流す綺麗な白を流せた。




「俺は絶望を否定しない!人の負の感情を!【死にたい】と言う【助けて】を!」



一気に吐き出す。心を、言葉に乗せて。



「【助けて】と口に出すことが罪な訳がない!辛い、苦しい、と考えることが…罪になるはずがない!!」


「だから…絶望しか生まない、世界に死を望まれるような、こんな自分が…………絶望の象徴として!お前達の絶望も抱えて!幸せになって!幸せのままに…【リベリオン】は………ツヅリは終わる。」


「これが、俺の生きてきた証だ…ラスト聞いてくれ……【絶望の果て】」




誰にも望まれなかったこんな俺が、絶望の象徴として…生きてきた証を残して……幸せを感じて死ねる。


これが俺の絶望の果てに手にした「希望」。



俺は……




ーーーこの世界に生まれることができて良かった。




サヨナラ世界・絶望の果て

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