サヨナラ世界

こぶた

ED1・神谷ミコトの場合

私には、「希望」と言うものがわからなかった。


世界は暗闇に閉ざされていて、光など存在しない。


絶望の世界。私は人々の言う「希望」を感じ取れなかった。





誰もが持つ「希望」を持てない私は当然、普通の人間にはなれなかった。

異質で、異常で、「下」の人間。

それが私。

絶望の世界に生まれ、地の底を這って歩く。
私にも感じられる「希望」をひたすら探す。






いくら探してもそんなものはなかった。






だから今度は「何か」を探す。


普通になれない私が特別になれる何かを。


そして出会う。私と同じ孤独と絶望を抱える少年。







私はその痛みを知っている。私はその苦しみを知っている。


だから私の言葉は彼に届く。


"辛かったね"


"あなたは一人じゃないから安心して"


私の言葉を聞いて、少年の目に光が灯った。



私は彼を救うことができた。


それが私が初めて感じた「希望」の光。




絶望の世界で私が新しい希望を灯す。
それが私が特別になれる唯一の方法。私の唯一の生きる道。


私は「希望」を歌う。その光が暗闇で一人、膝を抱える人に届くように。








ーーー新宿駅、東口。



私の姿がビルの大型ビジョンに映し出されている。
「希望」を歌う少女、MIKOTOとして。


私は「希望」を歌い続けてきた。たくさんの人を救ってきた。

それなのに………私自身に希望の光を感じることはできなかった。





…………かつての少年は今でも私を覚えているだろうか?


…………今の私の姿を見て、私を責めるだろうか。




私は特別になれたはずなのに、今でも地の底を這いずり歩く感覚がしていた。


ふと、人混みの多さに足が止まる。異常なほどの人の壁が私の目の前にあった。


………まさか、私だってバレてしまった?




決まって思い出すのは、光の裏の闇。


「キモい」
「ヘタクソ」
「死ね」
「殺す」

そして…

「薄っぺらで、絵に描いたような希望の歌」





いつからか聞こえるようになった、中傷の声。



それらが今、私の目の前にあるのではないかと思うと、急に恐怖を感じ、体が強張る。


しかし、よく見たら彼らは私を見ていなかった。
気のせいだったようだ……。





彼らの視線は特設のステージを捉えていた。

そしてそこに上がる人を、この場にいる全員が待ち望んでいる。






そしてステージに現れる、光など存在しない闇。


まるで「絶望」が人の姿を借りて、その声で苦しみを振りまくようだった。





私はその存在を否定しなければならない。私は希望を歌ってきたのだから。





ーーーそれなのに、その声は私が隠してきた心まで歌っている。



"私は希望を歌うことで、暗闇で一人膝を抱えている自分を救いたかった………?"




そんなことを考えていると、ライブは警察によって強制終了された。
この人混みでは無理もないだろう。





ステージを去る「絶望」の姿を見る。


………知らない人だった。
彼にかつての少年の姿を重ねてしまった。






"誰かに希望を歌う私を絶望から救って欲しかった。"



そう気づいてしまっては、もう私は希望を歌うことは出来ないだろう。





絵に描いたような希望。それが私。
結局「下」の人間。





そして、本当に特別な人というのは彼のようなカリスマのことを言うのだろう。



だからせめて、彼が見る世界を知りたいと思った。





【リベリオン】の武道館ライブ。これを持って彼らは解散する。




………このライブを見たら、死のう。




特別になれなかった、偽物の希望。
せめてそのメッキが剥がれないうちに、終わらせよう。





当日、駅に向かう途中。




フラフラと歩く、光の失せた瞳にガリガリにやせ細った体。

絶望の底にいる、人。




その瞳で私を見ている。

そしてすれ違い様に焼けるような痛み。




!!?………刺された……?


そしてその人は包丁を私の身体から引き抜くと、私の持ち物を持って去っていった。





激痛と共に思い出す、闇。

彼はきっと、私が救わなかった人なのだろう。

脳内でリフレインされる中傷の声。

私の最後にはふさわしい。私が本物の希望になれなかったから。






ーーー私は彼のような人に希望を与えたかった。私と同じように、絶望の底にいる人の希望になりたかった…。




傷口から流れる血。私は助からないだろう。







"辛かったね"







死に際の幻聴だろうか。かつての少年の声で、私の言葉が聞こえてくる。




"あなたは一人じゃないから安心して"




感覚がなくなった私の身体の側に、その少年がいて、寄り添われるような感覚。




「ずっと一人で、その孤独と絶望を背負ってきたんだね…」

「あなたの歌はたくさんの人に希望を与えた。それは、絶望を知るあなたにしかできなかった。」





幻聴でも、幻覚でも、その声で、その姿で囁かれる言葉は私が一番欲しかった言葉。






「あなたは特別で、暗闇にいる人にとっての希望だった。」






私は………初めて、自分の希望を感じることが出来た……。


私が希望を歌ってきた意味はきっとあったんだ。




サヨナラ世界:希望の終わり

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