サヨナラ世界

こぶた

Tr9・豊田カズシの場合

一目見て彼女を好きになった。




理屈とか、理論とかそういうのがどうでもよくなる程にその瞬間は劇的で。



人間はやっぱり感情とか本能とかで生きてるんだなと思った。僕も例外なくそんな人間で。





彼女の姿や雰囲気、何よりも「幸せになりたい」と「幸せが怖い」そんな背反する混沌を宿した瞳に僕は心奪われた。



僕はそんな彼女を幸せにしたいと思った。彼女を救いたいと思った。






「死にたい」と思わないことが希望。そんな世界に生まれて、漏れなく僕もそんな風に生きてきた。



幸いにも僕は「死にたい」と思うこともなく、平凡に生きることが出来ていた。





そんな世界に波紋を広げるように現れた「希望」を歌う少女。彼女の歌は僕の心にも一石を投じた。



僕は平凡を退屈なものだと思っていた。「死にたい」と思う人は大変なんだな、と思っていた。



その少女は平凡であることは奇跡だ、生きていることはそれだけで幸せだと歌っているようだった。



そこでやっと気がついた。僕は紛れもなく「幸せ」なんだと。





自分が幸せに生きていることを自覚してから、平凡だった僕の日常は楽しいものになった。



繰り返すだけの毎日と思っていたけれど、同じ日なんて一日足りともない。その毎日はなんて美しいのだろうと思った。






そして、僕の前に現れた彼女。



彼女は僕を拒絶した。でも彼女は心の底から僕を拒絶していないとすぐにわかった。



彼女の心は揺れている。「幸せになりたい」と「幸せが怖い」の間を彷徨っている。



僕は彼女の心の壁を叩き続けた。君を幸せにすると訴え続けた。



そして……やっと、彼女が作り上げた頑丈な心の壁を壊せた。



彼女は泣きながら自分の罪を僕に告白した。
自分には幸せになる権利はない、幸せが怖い、と。



僕は彼女に寄り添った。
彼女の心に初めて寄り添って、その深い傷に優しく手を差し伸べることが出来た。





僕は彼女を幸せにすることができた。そう思っていた。





それから、だんだんと彼女の心は不安定になっていった。



彼女の不安を消すためにずっと彼女に寄り添った。彼女に愛してると囁き続けた。



それでも…彼女は最後まで彼女自身を愛することができなかった。



彼女は僕に向かって「死にたい」と言った。






僕が最後に見た彼女の瞳は、初めて会った時と変わらず混沌を宿していた。



なんで、なんで…



なんでこんな簡単なことに気がつかなかったんだろう。

彼女は一度も「幸せになりたい」と言わなかったじゃないか。





僕は彼女の心に触れた時に気がつかなきゃいけなかった。



僕がしてきたのは彼女の傷を抉るだけだったんだ。
彼女を救えるのは彼女自身だけだったのに。



僕は彼女を幸せにできたかも知れない。それでも彼女を救うことはできなかった。



僕が幸せを見せたせいで彼女の心に致命傷を与えたんだ。



ーーー僕が彼女を殺したんだ。



僕にもやっとわかった。彼女の心の傷が。



幸せは…なんて残酷なんだろう。




サヨナラ世界:±0

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