サヨナラ世界

こぶた

インタールード2

ポツポツと窓を打つ音で目を覚ます。俺はベッドの上で体を起こして窓を見る。


外は雨が降っていた。しかも、窓に雫が跳ねるほどの本降りだ。



「今日は雨か…」



隣に寝てる彼女を起こさないように、小さな声で呟く。



俺は音を立てないように慎重にスマホを充電器から外し、スウェットのポケットに入れる。

そのまま慎重にベッドから降り、6畳のワンルームを横断してキッチンへ向かう。




キッチンのトースターに食パンを2枚並べて、タイマーをセット。

そして顔を洗うよりも歯を磨くよりも先に、換気扇を回しタバコに火をつける。



「フゥ………」




ニコチンが回って少しクラッとくる感覚。やっぱり寝起きの一服は最高だ。



ポケットからスマホを取り出してSNSを眺める。




《人気ロックバンド【リベリオン】が新宿でゲリラライブを敢行、ファンが殺到し2分で強制終了》



というニュースが拡散されているが、あまり興味がない。




ほかにもいくつかニュースや呟きをスクロールして行くが対して興味を惹かれるものはなかった。





「ピーッ、ピーッ」


パンが焼けたことをトースターが告げる。
俺は吸っていたタバコを灰皿に押し付けて火を消し、換気扇を止める。


食器を並べた籠から皿を2枚取り出し、パンを1枚ずつ並べる。


すると部屋から足音が聞こえてきた。さっきのトースターのアラームで彼女が目を覚ましたのだろう。




「…おはよ…」

「おはよう、ナルミ。」



彼女は寝惚け眼のままで挨拶をする。
俺はパンにマーガリンを塗りながらそれに答える。




「顔、洗う…」


そう言って彼女は洗面所へ姿を消した。




俺は食パンの乗った皿を持って部屋に行き、部屋のテーブルに置く。
そのまま色違いのカップにインスタントコーヒーを淹れる。



「朝ごはん、ありがと。」


彼女が顔を洗い終わって部屋に戻って来ていた。


「ん、俺も顔洗って歯磨く。」


そう言って彼女とすれ違い、洗面所に向かう。




バシャバシャと少し乱暴に顔を洗って、簡単に歯磨きを済ます。




「今日、雨だね。」


部屋に戻ると彼女が食事に口をつけずに待っていた。


「そうだね。先に食べててよかったのに。」


彼女の呟きにそう答え、俺はテーブルを挟んで彼女の反対側に座る。





「あーあ、今日はデートの予定だったのに…」


彼女は残念そうに言って食パンを頬張る。




「この雨じゃ外出れないな…」

「………」



会話が途切れ、外の天気のように二人で憂鬱な気分になる。




少しの間そうしていると、彼女が口を開いた。


「ねぇ、もしも私が今、【あの言葉】を言ったらナオキはどうする?」




話題を探していたところに、突然の彼女の言葉に俺は動揺する。





「えっ…マジで言ってんの?」

「もしもの話」



ほっとした。なんだもしもか…




「どうする?」


「んー、どうするか…」





少し考えたけれど答えは決まっている。



「………泣くかな。」




「私が死刑になるから?」

「それもそうだけど。」


雨音に混ざるような小さな声で続ける。




「なんてゆーか、ナルミにそう言わせちゃった自分を責めてかな…。」


「なんでナオキが自分を責めんの?【あの言葉】を言ったのは私なのに。」




雨音に消されないように少し強く続ける。


「んー、とね…。もっと愛してるって言えばよかったかなとか…ちゃんと幸せにできなかったかなとか…味方になってあげられなかったかなとか…ナルミがそう言っちゃうほどの苦しみを理解してあげられなかったかな…とか思って。」




こんなことを声に出すのは少し照れる。




「ふーん、私が死刑になることよりもそっちが先なの?」

「いや、ナルミが死刑になったらスッゲー悲しい。マジで。悲しすぎて号泣する。」



彼女もちょっと照れながら言う。その仕草がすごくかわいい。




「ま、そんなこと言うつもりないけどね。」


彼女が照れ隠しで話を終わらせる。また会話が途切れたから二人で黙々と食事を続ける。





「「雨だね…」」


食後のコーヒーを飲み終えて二人同時に呟く。


綺麗にハモったので一瞬気まずくなる。





「………ねぇ、キスしていい?」

「ダメ。」

「………じゃあセックスは?」

「もっとダメ。あとキモい。」

「………なんで?」

「逆になんでそうなるの…」

「………雨だからかな。」



なんて他愛ない会話をする。割と本気だったけれども。




「だって、ナルミが【あの言葉】を言ったらもう出来ないじゃん。」


「その前に抱いとこうってこと?変態?」


変態とまで言われると思っていなかった。一応弁解をしておく。



「ほら、人生って何が起きるかわかんないじゃん?ナルミの好きな、ほら…」

「デイブルのMIKOTOのこと?」

「そう、それ。その人。」



デイブルのMIKOTOとは、彼女が最近ハマってるバンド【デイジーブルーム】のボーカルの「希望」を歌う少女のことだ。





「そのバンドだって、突然解散するかも知んないじゃん?その「希望」を歌う子だって、不幸な事故に巻き込まれて明日死ぬかも知れないし。」


「そんな不吉なこと言わないでよ。それで?」



「まぁ、俺もナルミも1秒後には死ぬかも知れない訳だよ。だからやり残したこととか出来るだけ少ない方がいいかな?って思って。」


「ヤり残したことじゃん。それ。」


「あ、バレた?」


そんな調子のいいことを言っておく。





「まぁ、要するに…」

コホン、とわざとらしい咳払いをして続ける。



「雨で外出れないからさ…ヒマじゃん?」

「まぁね。でもヤダ。」

「マジか。」


ちょっとガッカリした。まぁそこまで本気な訳じゃないけれども。




「じゃあ、ゲームでもやるかー。」

「ん、それならいいよ。」


まぁ、外に出れなくても彼女がいるなら退屈はしない。




「死にたい」と思わないことがこの世界の希望だとしても俺はそれでいいかな、と思う。



彼女がいるから。







「愛してるよ。ナルミ。」


雨音に紛れて聞こえないような声で呟いた。




サヨナラ世界:雨の日

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