サヨナラ世界
Tr6・元木タクヤの場合
俺は将来、絶対にプロのミュージシャンになる。
小さい頃からの憧れだった。
CDで聴いたミュージシャンの曲、テレビで見たミュージシャンの姿、その全てが俺の心から離れなかった。
俺はプロのミュージシャンになれると思っていた。
周りの誰よりも歌が上手かったし、才能があると思った。
根拠はないけどプロになる自信はあった。
中学に入ってから歌の練習を始めた。
学校には軽音部がなかったからずっと一人で練習を重ねた。
軽音部のある高校を調べて入った。念願の軽音部に入って、そこで人生で初めてのバンドを組んだ。
やっとプロになる第一歩を踏み出せたんだ。嬉しかった。夢に近づいた気がした。
しかし、練習を重ねていくとすぐに気がついた。
こいつらは本気で上手くなりたいと思っていないと。
俺は怒りを抑えられなかった。やる気がないのかと問いただした。
それなのに、バンドのメンバーはあくまでも「遊び」「部活」「楽しむため」という理由で俺とバンドを組んでいるからと答えた。
……メンバーはバンドをやることに命をかけてなかった。
そのことに腹が立って、メンバー全員をその場で殴り倒した。そしてすぐに退学処分になった。
こんな所にいても俺はプロになることは出来ない、と思った。
そう思ったその日のうちに、両親に「プロのミュージシャンになってくる」とだけ書き置きを残して東京に向かった。
俺と同じように、命をかけてバンドをやっているやつじゃないとダメだ。
俺と同じだけの才能のあるやつじゃないとダメだ。
俺はすぐにバンドメンバーを募集した。
安くてボロボロのアパートを借り、生活をするために肉体労働のバイトも始めた。作曲のためのパソコンを買った。
そして募集を見てメンバーが集まってくれた。
俺はこの東京でようやく、ミュージシャンとしての再スタートを切ることができる。
メンバーは流石に高校の軽音部とはレベルが桁違いだった。
それでも俺が一番才能もセンスもあると思った。
そして練習を重ね、自作の曲を作っていった。
その裏で毎日キツイバイトをこなした。
苦しい日々だったけれど、夢の為ならと思えば耐えられた。
それなのに…
メンバーが全員辞めたいと言い出した。
何故?
俺のミュージシャンになる夢はここからやっと始まると思っていたのに。
なんでこんなことになっている?
その理由を聞くと、全員が口を揃えてこう言った。
「お前の遊びに付き合っていられない」と。
俺の夢を「遊び」と言った。
……腹も立たなかった。むしろ悲しくなった。
俺は脱退の申し入れを受け入れた。
俺のセンスを理解出来ないクズ共。
一緒に命をかけるに値しないお前らなんてこっちから願い下げだと思ったけれど、それを伝える価値もない。
そして数ヶ月経ち、俺はもうバンドを組むことを諦めていた。
自分一人で曲を作り、ライブをする時にはサポートメンバーを雇うという形で行こう、と決めていた。
そんな時だった。
引っ越しのバイトの帰り、道玄坂近くにあるライブハウスから漏れてくる音に気がついた。
本当になんとなくだったけれど俺はそのライブハウスに入ってみようと思った。
どうせ俺より上手い奴なんていないだろうとタカをくくって、見下しながら。
……それが、間違いだと俺が気がつくことはなかった。
フロアに入ると、ステージ上は転換が行われていた。暗幕が上がっていたために少し待つ。
どうせ次のバンドだって大したことない奴らだろう。早く出てこい。笑ってやるから。
そして……
「この世界は希望で溢れている……。」
というキザな言葉と共に爆音が鳴り響き、ライブの幕が下りる。
……その瞬間、頭が本当に割れたのではないかというほどの衝撃が走った。
俺はその場に根が生えたように動けなくなった。
ーーそのステージで歌う男を見てはいけない。
そう本能が警鐘を鳴らしているのに……俺の視線はその男に釘付けになった。
その男から目が離せないことで、俺は認めてしまっていた。
ーーこいつは本物の天才だと。
そして……
俺がどれだけ頑張っても届かないと。
そのバンドの演奏が終わる前に俺はライブハウスから飛び出した。
渋谷のど真ん中を狂ったように走った。
まるでステージで歌っていた男から逃げるように。ただひたすら走った。
全身に汗をかき、過呼吸になりかけながら走ったのに全然距離を進んでいなかった。
気がついたらスクランブル交差点の信号待ちに合わせて、俺は止まっていた。
そして、そこで止まれば嫌でも目に入る街頭ビジョン。
そこに映っているのは、希望の歌を歌う少女。
その後ろで楽器を演奏しているのは、俺の夢を遊びと言った奴らだった。
その瞬間、俺の努力が、自信が、プライドが、人生をかけた全てが死んだ。
その圧倒的な才能達に殺された。
そこからどうやって自分の家に帰ったのかもわからない。
俺は自作の曲の楽譜を破り捨て、自分の歌を録音していたパソコンを床に叩きつけて破壊した。
そして俺は「死にたい」と口に出した。
俺は天才じゃなかった。
そして天才だけが持つ才能は、俺の努力を笑っているかのように残酷だった。
サヨナラ世界:勘違い男
小さい頃からの憧れだった。
CDで聴いたミュージシャンの曲、テレビで見たミュージシャンの姿、その全てが俺の心から離れなかった。
俺はプロのミュージシャンになれると思っていた。
周りの誰よりも歌が上手かったし、才能があると思った。
根拠はないけどプロになる自信はあった。
中学に入ってから歌の練習を始めた。
学校には軽音部がなかったからずっと一人で練習を重ねた。
軽音部のある高校を調べて入った。念願の軽音部に入って、そこで人生で初めてのバンドを組んだ。
やっとプロになる第一歩を踏み出せたんだ。嬉しかった。夢に近づいた気がした。
しかし、練習を重ねていくとすぐに気がついた。
こいつらは本気で上手くなりたいと思っていないと。
俺は怒りを抑えられなかった。やる気がないのかと問いただした。
それなのに、バンドのメンバーはあくまでも「遊び」「部活」「楽しむため」という理由で俺とバンドを組んでいるからと答えた。
……メンバーはバンドをやることに命をかけてなかった。
そのことに腹が立って、メンバー全員をその場で殴り倒した。そしてすぐに退学処分になった。
こんな所にいても俺はプロになることは出来ない、と思った。
そう思ったその日のうちに、両親に「プロのミュージシャンになってくる」とだけ書き置きを残して東京に向かった。
俺と同じように、命をかけてバンドをやっているやつじゃないとダメだ。
俺と同じだけの才能のあるやつじゃないとダメだ。
俺はすぐにバンドメンバーを募集した。
安くてボロボロのアパートを借り、生活をするために肉体労働のバイトも始めた。作曲のためのパソコンを買った。
そして募集を見てメンバーが集まってくれた。
俺はこの東京でようやく、ミュージシャンとしての再スタートを切ることができる。
メンバーは流石に高校の軽音部とはレベルが桁違いだった。
それでも俺が一番才能もセンスもあると思った。
そして練習を重ね、自作の曲を作っていった。
その裏で毎日キツイバイトをこなした。
苦しい日々だったけれど、夢の為ならと思えば耐えられた。
それなのに…
メンバーが全員辞めたいと言い出した。
何故?
俺のミュージシャンになる夢はここからやっと始まると思っていたのに。
なんでこんなことになっている?
その理由を聞くと、全員が口を揃えてこう言った。
「お前の遊びに付き合っていられない」と。
俺の夢を「遊び」と言った。
……腹も立たなかった。むしろ悲しくなった。
俺は脱退の申し入れを受け入れた。
俺のセンスを理解出来ないクズ共。
一緒に命をかけるに値しないお前らなんてこっちから願い下げだと思ったけれど、それを伝える価値もない。
そして数ヶ月経ち、俺はもうバンドを組むことを諦めていた。
自分一人で曲を作り、ライブをする時にはサポートメンバーを雇うという形で行こう、と決めていた。
そんな時だった。
引っ越しのバイトの帰り、道玄坂近くにあるライブハウスから漏れてくる音に気がついた。
本当になんとなくだったけれど俺はそのライブハウスに入ってみようと思った。
どうせ俺より上手い奴なんていないだろうとタカをくくって、見下しながら。
……それが、間違いだと俺が気がつくことはなかった。
フロアに入ると、ステージ上は転換が行われていた。暗幕が上がっていたために少し待つ。
どうせ次のバンドだって大したことない奴らだろう。早く出てこい。笑ってやるから。
そして……
「この世界は希望で溢れている……。」
というキザな言葉と共に爆音が鳴り響き、ライブの幕が下りる。
……その瞬間、頭が本当に割れたのではないかというほどの衝撃が走った。
俺はその場に根が生えたように動けなくなった。
ーーそのステージで歌う男を見てはいけない。
そう本能が警鐘を鳴らしているのに……俺の視線はその男に釘付けになった。
その男から目が離せないことで、俺は認めてしまっていた。
ーーこいつは本物の天才だと。
そして……
俺がどれだけ頑張っても届かないと。
そのバンドの演奏が終わる前に俺はライブハウスから飛び出した。
渋谷のど真ん中を狂ったように走った。
まるでステージで歌っていた男から逃げるように。ただひたすら走った。
全身に汗をかき、過呼吸になりかけながら走ったのに全然距離を進んでいなかった。
気がついたらスクランブル交差点の信号待ちに合わせて、俺は止まっていた。
そして、そこで止まれば嫌でも目に入る街頭ビジョン。
そこに映っているのは、希望の歌を歌う少女。
その後ろで楽器を演奏しているのは、俺の夢を遊びと言った奴らだった。
その瞬間、俺の努力が、自信が、プライドが、人生をかけた全てが死んだ。
その圧倒的な才能達に殺された。
そこからどうやって自分の家に帰ったのかもわからない。
俺は自作の曲の楽譜を破り捨て、自分の歌を録音していたパソコンを床に叩きつけて破壊した。
そして俺は「死にたい」と口に出した。
俺は天才じゃなかった。
そして天才だけが持つ才能は、俺の努力を笑っているかのように残酷だった。
サヨナラ世界:勘違い男
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