サヨナラ世界

こぶた

Tr4・上野マサヤの場合

「あなたは強くて優しい人になって。」




記憶の中の母さんはいつもそう言っていた。僕が覚えている母さんの記憶はこの言葉以外はほとんどない。




僕が小さい頃、母さんは死刑になった。



僕はまだ小さかったから、なぜ母さんが「死にたい」と言ったのか理解できなかった。



ただ母さんが居なくなったのはすごく寂しかったのは覚えている。





僕は顔も知らなかった父さんに育てられることになった。


父さんからは僕が見えないみたいだった。
まるで存在しないかのように僕を見なかった。




だから、僕は母さんの言葉を守って生きていくことに決めた。
僕には母さんの言葉だけがあればいい。




僕は常に人のことを考えて行動して、他人を傷つけたりは絶対にしなかった。



困っている人を見たら手助けをして、進んで面倒ごとを引け受けて。



そうやって生きてきた。母さんの言葉が僕の生きがいだったんだ。





中学校に上がって少し経って、僕はクラスでいじめられている人を助けた。
その代わりに僕がいじめられるようになった。



それでも僕は自分はいいことをしたんだと自信を持って思えた。



どれだけ僕が殴られても、蹴られても、罵倒されても。僕は母さんの言葉の通りに行動した。僕は正しいことをした。





……そう思っていた。





僕はずっと周りから疎まれていた。そのことにこの時まで気がついていないだけだった。
すぐにクラス全員から陰湿ないじめを受けるようになった。



そして、僕が助けた人もいっしょになって僕をいじめるようになった。






「あなたは強くて優しい人になって。」



…………僕には母さんの言葉だけがあればいいと思っていた。





………僕にはそれしかなかったんだ。





僕はいるだけで迷惑な存在と言われて顔面を殴られた。

僕は弱い人間だと言われて腹を蹴られた。

僕は偽善者と言われて罵倒された。




母さんがなんで強くて優しい人になってと言ったのか、なんで母さんが「死にたい」と言ったのか、その理由がようやく僕にもわかった。





ーーー母さんは強くて優しい人になれなかったからだ。

だから母さんは僕に強くて優しい人になってほしかったんだ…





ごめんなさい、母さん。

僕は母さんのたったひとつの言いつけも守れない、悪い子だったみたいだ。

僕は母さんが言っていた「強くて優しい人」になれなかったんだ。




サヨナラ世界:悪い子

「サヨナラ世界」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「文学」の人気作品

コメント

コメントを書く