サヨナラ世界

こぶた

SE2・ミコトの場合

例えば、空の色を知らないひとに、その色をどう伝えたらいいだろう?
信号で「進め」の時の色?きっと違う。



例えば、夜空に浮かぶ満月を見たことがない人に、その輝きをどう伝えたらいいだろう?
目を閉じたまま見る太陽?それはちょっと幻想的かも。



例えば、虹を見たことがない人に、その美しさをどう伝えたらいいだろう?
七色のクレヨンで描くアーチ?これもいいけど実物とは違う。





例えば……



「希望」を知らない人に、その色を、輝きを、美しさを、尊さをどう伝えたらいいだろう?
「絶望」を伝える?そうかもしれないけど絶対に違う。




ーーー新宿駅、東南口。喫煙所の近く、ガード下の前。


行き交う人々の誰を見ても瞳を輝かせて歩く人はいない。


皆「死にたい」と思わないことに必死になって生きているように見える。





私は背負っていたギターをケースから取り出し、チューニングを始める。



だんだんと辺りは暗くなっていく。駅に向かう光の失せた瞳達で波が出来そうだった。



ギターのチューニングを終えて、奏でるそのコードと共に私は歌い始める。




「希望の歌」を。誰かに届くように。





空はもう真っ暗になっていた。
誰も私の歌に足を止めることは無く、誰もが一様にスマホ画面の光を瞳に反射させて歩く。


………よくそれで誰にもぶつからずに駅まで辿りつけるものだ、と私は少し関心したほどだった。




今日はもうやめよう。そう思って私はギターの弦を緩め始める。




来る日も来る日もこの場所で歌って来た。誰かに届くように。
そうして毎日歌っているのに足を止める人は誰一人いなかった。



空の青さを知らない人にその色を伝えることはやっぱり出来ないのだろうか。
「希望」を知らない人にその素晴らしさを伝えることは出来ないのだろうか。




それでも私は諦めることはできない。




「死にたい」と思わないことが希望だなんて絶対に違う。
それは「希望」を知らない人がクレヨンで描いたような偽物だ。




「あの…」


弦を緩めていた私は、不意にかけられた声にすぐには反応できなかった。


「あの…もう一曲だけ、歌ってくれませんか?」


私はこの場所で歌ってきて、初めて声をかけられた。しかも、声をかけてきた3人組の男たちの瞳は皆輝いて見えた。



「…は、はい!もちろんいいですよ!」

動揺したけれど、歌って欲しいということなら大歓迎だ。




私は弦をチューニングし直し、もう一度「希望の歌」を歌う。



きっと、この人たちには届く。その確信があった。


「…………」


曲を歌い終えても、声をかけてきた3人組は何も言葉を発しない。気になっていたので私からその感想を催促する。



「あの…どうでしたか?」


「……ッ!」



3人全員が私の言葉で気がついた。そのうちの一人がやっと口を開く。


「なぁ…あんた何者だ?俺はこんな歌、聴いたことがない。こんなに…こんなに………美しい歌を聴いたこと…ない。」


ほかの男達も同じような感想だったのか、ウンウンと頷いている。



私はその反応を見て、自然と涙が溢れていた。



ーーー良かった。伝わった。そう思うと涙が止まらなかった。




「良かった…!ちゃんと伝わった…!!誰にも……届かないんじゃ、ないかって……。毎日毎日歌っていても…誰も聴いてくれなくて……」


私は嬉しさを表現するために、言葉に詰まりながらも
男達に伝えた。




「そっか…毎日歌ってきたんだな。俺たちにはちゃんと届いた…伝わったよ。」



男たちはそしてこう続けた。


「なぁ、あんたの歌を世界中に伝えるのを手伝わせてくれないか?俺たちは命をかけられるような歌い手を探してた。それであんたを見つけた。あんたの後ろで演奏したい。」




ーーーこれが私の運命の出会いだった。それからすぐに私達はメジャーデビューが決まり、ライブを重ねるごとに私達のファンは増えていった。




それから数ヶ月後、私は渋谷のスクランブル交差点の街頭ビジョンに映る自分の姿を見ていた。


信号待ちで立ち止まる人は皆、街頭ビジョンを見上げて瞳を輝かせている。


「もしもあなたが苦しいなら…私達の歌が救いになるから。」

「もしもあなたが寂しいなら…私達の歌がいつでもそばに寄り添うから。」

「もしもあなたが泣きたいなら…私達の歌でその涙を拭うから。」



街頭ビジョンに映る私が歌っている。




「希望の歌」を。




「もしもあなたが……絶望の底にいるなら。」
「私が希望を歌うから。」


私は歌い続ける。必ず届くと信じて。

空の色を知らない人が、その色を想像できるような歌を。
満月を見たことがない人がその輝きを見たくなるような歌を。
虹を見たことがない人がその美しさを感じるような歌を。


希望を知らない人に、その色を、輝きを、美しさを、尊さを伝えるために。

歌い続ける。




サヨナラ世界:希望を歌う少女

「サヨナラ世界」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「文学」の人気作品

コメント

コメントを書く