未来の日本は、魔法国になっていました

goro

第三話 ご立腹


それからの授業はもう散々だった。
字も読めないに加え、魔法文字を書けと言われてもそのやり方すらわからない。
しかも、あまつさえ〇〇からのあんなこれ以上とないほどの仕打ちときた。

だから、その日の朝月 葵はーーーーーとってもご立腹だった。



校長室。
その名の通り学園長が滞在する個室であり、部屋の隅に色々な家具や機材が置かれている。
そして、室内の一つと置かれたフカフカの椅子の上にて、木下理沙は鼻歌をつきながら、自身が展開させた魔法陣に指で何かを書き記していた。
すると、ドタドタ!! という騒がしい音を引き連れ、校長室の扉は開き、


「こ、校長っ!!」


普段はクール面を決めているはずの遠闇が、何故か涙目で乱入して来た。

「ん、どうしたの? 涙なんてためて」
「どうしたもこうしたもないですっ!! 何故私に彼女を押し付けたんですかっ!!」

遠闇が言う彼女とは、朝月 葵のことだろう。

「葵ちゃんがどうしたの? 何か入学初っ端で問題行動とかやっちゃった?」
「してないですよっ!! でも私の授業の終わった後、彼女が無茶苦茶、私を睨んでくるんです! それも、まるで親の仇のように!!」

パニクっている様子でそう嘆き続ける遠闇。近い近い、と顔が無茶苦茶近いことに苦笑いを浮かべる木下は、

「……う、うーん、よく事情が飲み込めないんだけれど。そもそも、何で葵ちゃんがそんなに怒ってるわけ?」
「ぅぅぅ、それは…」

シクシクと泣く遠闇は促されるままに、事の発端を話し始めた。
ーーそれは朝月が隣の席に座る氷美に魔法陣を見せてもらった、あの最初の授業から始まっていたのだ。




「えー、それではまず魔法の第五元素についての復習からです。まずは」

遠闇はいつものように授業の説明をしつつ、黒板代わりに長細く展開させ魔法陣に文字を書き記していた。
だが、授業が中盤に差し掛かろうとした頃、

「(それにしても、遠闇先生ってアレなんだって)」
「(え、それ本当?)」
「(ああ、マジマジ)」

朝月の目の前に座る男子生徒二人が何やらコソコソ話をし始め、その内容というのがどうやら遠闇についての話らしい。
朝月も目の前の授業に集中しつつ、聞き耳は男子たちの話に夢中だった。

そして、それは教卓に立つ遠闇自身もまた、同じだった。

(私の話をしているようだけど、…駄目ね、うまく聞こえない)

気が気でない遠闇。
だが、そんな彼女をよそに、

「(それじゃあ、後で他のクラスにも広めようぜ)」
「(おお、任せろ)」


何やら話がまとまったらしく、男子二人はその内容を他クラスへと言いふらす計画を企て始めた。
そして、そんな彼らに内心で焦った遠闇は、手のひらに最小の細長い魔法の棒を作り出し、


「そこ!静かにしなさい!!」


かつて大昔の日本、授業の風習にあったかは定かではないがーーーーーーーー遠闇志保による、『エンチャントマジックチョーク投げ』が、二人のうちの一人である、男子生徒目掛けて放たれた。




だが、ここで予期せぬ奇跡が起きた。
その原因一つとして、その男子生徒は運度が得意という体育系男子だったということ。
そして、もう一つ。
その男子生徒の後ろに座るのが、今日入学したばかりの朝月 葵だったということ。


「うわっ!?」

標的だった男子生徒は華麗に体を横に倒し、直撃を避けた。

「え?」

そして、その後ろの席にいた朝月の両目を見開いた。
その直後。


「ぐはっ!?」


エンチャントマジックチョークは物の見事に命中した。
朝月のオデコーーーーーーーークリティカルヒットだった。

悲鳴をあげる暇もなく、涙を流した朝月はそのまま、バタン!!! と直撃の勢いに負け、椅子ごと倒れた。

「あ、朝月さんっ!?」
「うわっ、白目むいてる!?」
「せせ、先生!! 朝月さん、口から泡吹いてるんですけどッ!?! 何の魔法使ったんです!?」

転入初日で劇的な印象をクラスメート全員に与える羽目になった朝月。
ただ、その教室の端っこでは、

「…あーぶっねぇ」
「たた、たす、かっ…た」

恐怖で震える男子二人の姿があったという。



そして、保健室への誘導に加えて挨拶をし終えた後、戻ってきた教室で、

「そ、その…す、すみませんでした」
「………だ、大丈夫、ですよ」

頭を下げる遠闇に朝月はそう答えるのだった。 
そして、次の授業は移動教室とのことで、



「次は調理の授業です」



遠闇の指示の元、班に分かれた生徒は台の上に置かれた食材を物々しげに見ている。
口頭での説明によれば、食材を切ってただ用意された鍋に打ち込むだけという簡単料理らしい。

(これなら出来る!)

家で母親の手伝いをさせられていた経験もあって、料理といった火事には自信がある。

「それでは、調理を始めてください」

口元を緩ませ、朝月は包丁を持ち、何やらちょっと太いようなゴボウを手に取って、その表皮に刃を、


「あ、すみません。言い忘れていましたが、この木の枝のような植物に直接、刃を入れるのはダメですよ。まずは魔法で眠らせてから」


その直後。
ブグラシャ!!! と、いう声が聞こえた。

「「「………」」」

沈黙が漂う教室内。
その場にいた生徒たちがゆっくりと視線を向けた先には、

「………」
「………」

木の枝のような植物ーーオバケギから吐き出された紫の液体を顔面から被った朝月の姿があった。
しかも、その髪の隙間から見える眼光は、ガクガクガクッ!! と怯える遠闇を見据えている。

「あ、朝月さん…だ、大丈夫で」

そう、声を掛けようとする氷美。
だが、ドン!! と。

「ひっ!?」

振り下ろされた包丁が、まな板に突き刺さる。
そして、周囲の視線が集まる中で、朝月は優しく微笑みながら、



「……大丈夫ですよ?」



その鬼のような眼光を残し、彼女はそう言い残したのだった。










そして、時間は戻って校長室にて。

「………」
「ヒグッ、ビグゥ……」

泣きじゃくる遠闇の失態を聞かされ、教師として完全に言い訳もできないな。と思う反面、

(子供に泣かされる大人って…どうなの?)

と思う、木下なのだった。



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