終わる世界の召喚者

kiiichan

魔法の素質がないらしい

目の前にある洗濯物を見てタイキは大きなため息をついた。


ーーあれから、ネイソンの店で服や護身用の武器などを買った2人はソフィアの家に戻ってきていた。
住まわせてくれる見返りに最低でも、何かしようと家事を手伝うと意気込んで言ったものの、召喚される前は自宅警備員という職業についていたタイキは、家事のすべてを両親に任せっきりにしていたため、そういったスキルはほとんどゼロに等しい。


よしっ、と一言自分に喝を入れて冷たい水に手を入れ、洗濯板で汚れものを洗っていく。
日本の四季でいうならば今は冬らしい。つい先刻買った冬用の衣類に袖を通したタイキは凍える手を自分の吐息で温め作業を続ける。


時間ができたことで、少しだけだがこの世界について考えることができた。
まずは世界は違うはずなのに、日本語が通じているということ。これについては召喚される際、何らかの加護が生じたと考える他ない。
そして文化などのことだが、中世ヨーロッパの雰囲気に少し似ているものがある。


「そして俺には何の能力もない・・・と」


異世界召喚というものには、大体能力がセットになってついてくるものだと思っていた。唯一のラノベの知識が全く役立たないことにタイキは肩を落とす。


「タイキ、洗濯終わったらお昼ご飯にしましょう」


「分かった」


一度タイキが夕食を作ったことがあるのだが、想像もできないほどに悲惨な結果になったため、朝昼晩のご飯はソフィアの担当になっていた。
お米という食べ物は存在せず、パンやスープ、あとおかずが1品といった感じで三食。
米が恋しくなるんだろうなあ、と思いながらタイキは目の前のパンをスープにつけて食べる。


ーー食後、2人は森の中にいた。
ソフィアは着いてこなくてもいい、とは言っていたのだが、することもなく暇なタイキはついていくことにした。


「この森で何を?」


タイキにとって嫌な思い出しかないこの森でソフィアは何をしようというのか。


「森の中の魔獣の駆除と結界の更新、それが私達[闇祓い]の仕事」


「[闇祓い]??」


初めて聞く言葉にタイキはソフィアに聞き返す。


「さっきも言ったけど、魔獣を駆除したりすることが私達の仕事よ」


「他にもいるのか?」


「ええ、この村では私1人だけだけどね。どんな小さな村でも1人は必ずいるし、逆に王都だと何百人規模でいるんじゃないかしら」


きっと仕事の途中だったのだろう。魔獣に襲われていたタイキをタイミングよく救ってくれたのもそれで合点がいく。


「タイキ、来たわよ」


あまりに冷静にそう言うのでタイキもあまり身構えることなく振り返ると、そこにはブラッディハウンドの群れが出現していた。


「・・・っ」


息を呑むタイキ。代わりに前に出たのはソフィアだった。


「〈フラーマ〉」


たった4音ーーその言葉を唱えた途端、一匹の犬の体が燃えあがる。弱々しい悲鳴をあげる犬からは、タイキを襲った時のような獰猛さは見受けられない。最期に一際甲高い声をあげ犬の魔獣は絶命した。


「おおおおお!!すげえええ!」


初めて見る魔法にタイキは興奮を隠せない。一方的な蹂躙を前にタイキはただそう叫ぶほかなかった。


夜の森に炎柱が乱立する。数十もの炎柱がそれぞれ悶えるような動きをして、糸が切れるかのように動かなくなった。


ソフィアは大きく息を吐き出し、タイキを振り返る。


「どうしたの?そんな驚いた顔して?」


「いやいやいや、そりゃ驚くよ!初めて見る魔法だぞ!?強すぎてちょっと焦ったわ!」


それほどまでに先の戦いは凄まじいものだった。逃げることしか出来なかった魔獣を、少女があそこまで圧倒的に倒すことができるとは思っていなかったからだ。


「俺でも魔法って使えるのか?」


期待に目を輝かせ、ソフィアに尋ねる。
あんな魔法さえ使えれば異世界でハッピーライフが過ごせるだろう。


「うーん、魔法っていうのは世界の理を改変することだからね・・・。使えるか使えないのかはその人の能力次第だと思うよ?」


「じゃあ使えるってことだ!!」


「その自信がどこから来るか聞きたいわ・・・」


いや、使えないわけがないのだ。召喚されて以降何もいい事は起きていない。そろそろ起きてもいい頃合だろう。


「〈フラーマ〉っ!!」


タイキは右手を突き出してそう叫ぶが、何も変化はない。そんなはずはない、と何度も同じことを繰り返すが結果は同じだ。
タイキはがっくりと、といった表現が本当に似合うように肩を落とした。


「ま、まあ人によって使える魔法の属性とかも変わってくるから、そんなに気にすることないわよ!」


「あからさまに慰められると悲しさが倍増するからやめて!?」


帰ってから詳しく魔法の適正は調べることにして、二人は最後に残っていた結界の更新を終わらせる。木に施されていた複雑な紋章をソフィアが触ると、一瞬空気が揺らいだ気がした。


「終わったー!」


道中魔獣には1回しか遭遇しなかったため結界の更新はいつもよりも早く終わったらしい。


「タイキー、帰るよ」


「おう!」


二人は来た道を引き返し帰路につく。その頃にはもう日は傾き、辺りは橙色に染まっていた。




1日が24時間あるのかは定かではないが、時刻は多分五時頃だろう。
こんな時間まで外に出ていたのは小学生以来だ、ふと帰りついた家でタイキはそんなことを思った。


机の上には大きな円と文字が書かれた紙が置かれていた。ソフィアが言うにはこれが魔法の適性を調べる道具らしい。


「タイキ、魔法には炎、水、風、闇、光、無という六属性があって、普通は二属性までしか使えないの。炎だったら風、といったように一属性目が決まった時点でペアになる属性も決まるわ。いい?」


まずは魔法の基礎知識のレクチャーといったところか。大体は予想していたとおりなのですんなりと頭に入った。


「じゃあ、自分の血をその紙の中心につけて。その血がどの方向に伸びるのかで適性と能力値が分かるから」


用意されていた針で自分の親指を刺し、そのまま紙へと押し付ける。
一瞬、紙に吸収された血が再び表面に浮き出てきた。その血が少しだけ、本当に少しだけ動く。


「えーと、無属性ね・・・。無属性は例外で一属性しか使えないの・・・。しかもこの動き方だと、多分魔法の素質自体あまりないと思った方がいいわ」


あまりにも残酷な言葉がタイキの魔法に対する気持ちを切り裂く。


「で、でも使える事は使えるんだろ?」


「使えるけど・・・」


実際使えればいいのだ、と自分を無理やり納得させる。


「〈ニヒル〉っ!!」


外に出ると先ほどと同じような格好で、ソフィアに教えて貰った無属性魔法の呪文を唱える。


ーー右手からどろりとした液体が噴出する。
木に付着したそれを手で触るとあっという間に手が木にくっついた。


「え?」


「それが無属性魔法よ。もうちょっと素質があればその液体を自由に動かすこともできるんだけど・・・」


あまりに使えない魔法過ぎて、木に手をひっつけたまま呆然とする。無駄に粘着性が高く剥がれないことに苛付きつつ、自分の恵まれなさを呪う。


やっと手が木から離れたタイキは、こびりついた残りを剥ぎながらため息をついた。


「予想を尽く裏切りすぎて、もういっそ清々しいぜ!」


魔法のあまりの使えなさにタイキは逆に開き直る。使える魔法が粘着物質を生成する、という日曜大工で大活躍しそうなもので、こっちの世界で建築士でも目指そうかという自虐的な考えが浮かんだ。


ここまで適性がない人には出会ったことがないのか、可哀想な目で見つめてくるソフィアを意識的に無視しタイキは家に戻る。


そうしてタイキの異世界生活一日目は終わったのだった。

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