デュエル・ワールド・オンライン

ノベルバユーザー46822

必死なのに参加しないわけがない!

 意識が現実世界に引き戻され、ヴァーチャル世界に入るための装置、<シグナル>を頭から外し、ゆっくりとベットから起き上がった。
 三月二十日、デュエル・ワールド・オンラインのサーバー開始から数時間しか経っていないのに、劇的な強化を遂げていることは紫音にとってうれしいことだ。
 しかし、そのせいで、ファーストワールドをとても早くクリアしてしまうのではないか、と思っているが、同時に、あの鬼畜運営は何か対策を取ってくるだろう、とも考えている。


 とにかく、身支度を済ませよう。
 一階に下りて、顔を洗って、朝食を作って、食べて、歯磨きをして、
「おはよ~お兄ちゃん」
「おはよ。碧」
 鏡の前で歯磨きをしているのだが、ふと、疑問を感じた。
 ログアウトした時間は同じだったはずだが、なぜ下りてくる時間が違うのか。
 その疑問に答えるように、碧は照れたように顔をかいて、口を開いた。
「寝ちゃってた」
 この天然娘が、と呆れて溜め息を吐いた。


 一足先にやることを終えたので、二階に上がってログインしようとしたのだが、その前に碧に止められた。
「何?」
「一時クリアになったクエストってどうなるのかな?」
 クエストをクリアした後、一時クリアという微妙な形で終わったため、クエスト一覧を見ていたのだが、あのクエストはどこにもなく、消えてしまっていた。
 紫音は時間が迫っていたので、焦ってログアウトしたため、消えてしまっている以外のことはよくわからない。紫音は寝起きの脳で物凄いスピードで思考を巡らせ、考え付いたことを話した。
「多分、ワールドクエストが終わるまでは出てこないんじゃないかな。でも、絶対いつかは出てくると思う」
「なるほどね~」
 返事がだらしなく、少しムカッと来たので、顔を拭いて、視界が取れていないうちに、無防備なでこに、一撃を食らわせてから二階に上がった。
「いたぁぁ!」
「ちょっとは感謝しなよ、おバカさん」


 自分の部屋に戻り、一直線にデュエル・ワールド・オンラインへログインしようとしたのだが、机に置いてあるケータイが光っていたので、手に取った。
 海翔から連絡が来ており、内容は「学校のグループがDWOで盛り上がってるんだけどさ、お前にグループに入ってほしい、だってさ」というものだった。
 その文字を見て、紫音は独り言を呟いていた。
「え?ばれてる?」
 デュエル・ワールド・オンラインの話題で盛り上がっているということは、自分を誘ってくるはもちろん、紫音がデュエル・ワールド・オンラインをプレイしていると知っているからだ。


 紫音はどのグループにも属さず、良く言えば落ち着いた、悪く言えば、ボッチの寂しい学校生活を送っている。
 でも、普通に誰とでも話すし、仲が悪い人もいない。
 そんな紫音が今、このタイミングで言われているということは、自分たちのグループに入って一緒に遊ぼうじゃないか、という同じ趣味を持つ人を勧誘しているの確定だ。
 無視するのもあれなので、海翔とチャットで話すことにした。


 紫音・「なあ、それって僕がDWOやってるの知ってる?」


 海翔・「おう。学校でギルド作りたいし、だれかやってる人知らない?って訊かれたから、睦月兄妹がやってるって言った。」


 紫音・「お前が言ったのかよ!そんで、とりあえずグループに入らないか?ってことか」


 海翔・「そういうことだ。ギルドはお金がなくてまだ無理らしいがな」


 紫音・「なんか・・・僕そういうの苦手なんだよ・・・」


 海翔・「大丈夫!だからお願い!ね!?楽しいよ!」


 紫音・「お前ってそんなキャラだったっけ?」


 海翔・「やだなぁ~私は昔からこうじゃない!」


 紫音は違和感を感じて、ケータイの画面から顔を離した。
 おかしい。何かおかしいぞ。こいつこんなに活発だったっけ?私?てか急に変わったよね?
 その違和感を解決させるために、震える手でメッセージを打って送信する。ケータイがカタカタと揺れていて、変な汗が全身から噴き出していた。


 紫音・「もしかして、今ログインしてる・・・?」


 海翔・「ご名答!そして、今チャットを打っているのは<エレナ>です!」


 紫音は溜め息を吐いた。それもとても長い溜め息を。今、エレナ(現実では安藤恵麗菜。とても活発な子)がチャットを打っているということは、今までの会話も見られている。
 恥ずかしくなって、顔を手で覆いたくなったが、そこに追い打ちをかけるように、開かないはずの扉が大きな音を立てて開いた。
「お兄ちゃん!」
「うわぁぁぁ!」
 あまりの大音量に心臓が飛び上がり、椅子から大胆に転げ落ちた紫音だった。


「さっきのお返しだよ~だ。それでお兄ちゃんは参加しないの?」
 一旦落ち着いて、碧が紫音の部屋に入ってきて、緊急ミーティングが始まった。
「え・・・うん。参加しずらいかな・・・」
「なんで~?いいじゃん、絶対楽しいって!」
 なぜこんなにも目を輝かせているのだろう?武器選びの時よりも輝かしさが増している。それに紫音に寄り掛かっているので、歳にしては豊かな女性の象徴が体に接触している。寄り掛かっているわけだから、紫音が見下げるので、目のやり場にも困っている。
 少し動作を抑えてほしいのだが、このタイミングで言ったら確実にダメージで数分は動けなくなってしまう。
 だから、一生懸命平然を装い、普通に接しなければ。
「でも、僕はソロでやろうと思っていたし、気まずいし、何より・・・僕はいないほうがいい」
 紫音の真面目で、それでいてこの何とも言えない言動が、碧の導火線を着火した。
「まだそれ引きずってるの!?いい加減シャキッとしなさいよ!バカお兄ちゃん!」
 碧が怒ることは滅多にないので、紫音はビクッとして肩を揺らしたが、それだけで、気持ちは全く動かなかった。
「バカだから引きずってるんだ。それに、迷惑を掛けるくらいなら関わらないのが最善策だ」
「その堅苦しい態度!どうにかならないの!?」
「なんだ?それじゃあ爆発してほしいのか?」
「う・・・そうじゃないけど・・・そうじゃないけど!せっかく皆が誘ってくれてるのに冷たいよ!」
「まあな。自分でも自分が最低な奴だとは自覚してる」
「じゃあなんで!?」
「そういうのに向いていないからだ。僕が集団に入れば悪循環が起こる。悪循環を起こす奴は嫌いだ。たとえそれが自分であっても」
 つい言い争いをしてしまった。と言っても、碧が叫んで、紫音が静かに返すいつも通りの展開だったが。
 しかし、いつもと違う点は碧が悪口を言って自分の部屋に行かず、泣き出したことだ。
「なんで・・・?」
 碧が泣きながら、震えたか細い声で紫音に訊いてきた。
「なんでそんなのになっちゃったの・・・?昔はもっと笑ってたのに。楽しそうに!嬉しそうに笑ってたのに!」
 強く発言し、こんなにも堂々と言ってきたのは初めてだ。しゃくり上げながらでも、真っ直ぐ紫音を見つめ、答えを待っている。
 成長したな、と心の中で密かに微笑み、紫音もまっすぐ碧の瞳を見て答える。
「それは知らない。僕も知らないうちにこうなってたんだ。碧が心配することじゃない」
「心配するよ!!」
 碧は紫音の言葉を遮るように喚き、目を服の袖で拭いながら、必死に紫音に訴えた。
「だって、私の大事なお兄ちゃんなんだよ・・・?大好きな人が苦しそうに笑ってたら心配するに決まってるじゃない・・・ばか・・・」
 碧は力なく俯くと、紫音に体を預けてきた。なんか急に子供っぽくなった?というかびっくりするんですけど?これは何ですか?ドキドキする・・・
 紫音は自分の心臓が激しく脈打っているのを感じた。でも、兄だからしっかりしなければいけないと思い、碧の頭を優しく撫でてやった。
「ありがとうな」
「うん・・・」
 自分でも分からなかったが、自然にこの言葉が出て、碧の返事が心なしか嬉しそうだった。
 完全に自分たちの世界に入り込んでいると、また開かないはずの扉が開き、そこから男性の声が聞こえてきた。
「何やって・・・」
 お~いお父さん。タイミング悪いよ~めっちゃ恥ずかしいよ~気まずいよ~
 紫音が頭の中で、ノックもなしに入ってきた父親に愚痴をこぼしていると、父は数秒固まっていた後、
「すまんな。邪魔した」
 と言って出ていこうとした。
「「ちょっと!」」
 流石に何も言わなかったら、この話は拡散される。それは止めてほしいので、止めたが、碧と声が被ってしまい、二人とも恥ずかしさで何も言えなくなってしまう。
 なのに、碧はギュッと抱き着いてくるし、思考が停止してしまった紫音は湯気が出そうなほど顔を真っ赤に染めている。
 この隙にお父さんは忍者のように退場してしまったし、紫音は、なんだが泣きたい気持ちになった。
 その気持ちを抑えたのは、放置されていたケータイがブブッと震え、メッセージを書いたエレナだった。


 海翔・「あの~返答は?」


 脳内から除外されていた話題だったが、こっちの騒ぎなんて気にしていない様子でメッセージが来た。まあ、騒ぎは知らないので当たり前だが。
「碧は僕に入ってほしいって思ってるの?」
「うん・・・」
 紫音の質問に碧は小さく頷いた。
 ここまで必死に言ってくれたんだ。入らないなんて本当に最低だ。
「入ってみるよ。無理そうだったら抜けるけど、頑張ってみる」
 紫音のその言葉を聞いて、碧はクスッと笑い、元気に言い放った。、
「それでこそ私のお兄ちゃんです!」
 さっきの兄妹喧嘩が嘘のように笑顔で笑い合った二人は、デュエル・ワールド・オンラインにログインし、集まっていた集団と合流した。

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