デュエル・ワールド・オンライン
時間がないのに!
「君こそだれかな?」
シオンはその声が聞こえた瞬間、そこから飛び退き、声の主を確かめようとしたが、カイトしかいない。
カイトは小太刀を逆手に持っており、謎の人物を撃退させようと、横に振ったところだった。
「な、何だ今の?」
カイトは落ち着かない様子で、きょろきょろと注意深く辺りを観察している。視線が一点に止まらないということは、誰も見つかっていないということだ。
「大丈夫!?」
シーナが下から声を掛けてきてくれたおかげで、二人とも精神的に楽になったが、それでもずっと警戒体制のままだ。
群衆の人たちも、こちらで起こった事態に危機感を持ったのか、数人武器を構えている。そして、周りの人を信じていない。これでは混乱が広まってしまう。場の異様な空気に、誰も動くことができず、膠着している。
「愚かだねぇ~」
また聞こえた。少し高く、言葉に毒がついているかもようなドロッとした声が。
今度は、泣き叫んでいた女性のすぐそばに立っていた。
シオンはその姿を見て、目を見開いた。立っていたのは、肩下までの黒い髪をなびかせ、にぃっと笑っている女だったのだ。装備はまさにアサシン、と言った装備で、全身が黒い。武器は小太刀で、右の太ももに鞘が掛けられており、他にもいくつかポーチが備え付けられてあって、そこにも何かが入っていた。
その女は、オレンジ色の髪に、ドレスのような綺麗な服装の泣いていた女の子を片腕だけで抱えると、
「じゃあね~」
そう言って、消えるように街に溶けていった。その能力にシオンは気付き、反射的に叫んだ。
「ハイドだ!探して!」
さっき、アサシンの女が使ったのは、<ハイド>と呼ばれる隠蔽スキルで、周りから自身の姿を見えなくするという、シノビのクラスで手に入るスキルだ。
そして、このスキルはあくまで隠すだけであり、何かにぶつかったり、視線をたくさん浴びたり、長時間居場所がばれているとスキルが解けるようになっている。
つまり、一回でもだれかの腕に当たったり、たまたま数人の視線が重なり、偶然にもそこに居合わせた場合、ハイドが解けて姿が確認できるようになるわけだ。
そうなるはずなのだが、誰も見つけた、というような声を言わない。なぜ、見つからない?それだけが頭の中で渦巻いていた。
考えられる原因は、スキルのレベルが高いか、単純に運が良かったか、アサシンの技術が優れていたかのどれかだろう。
というか、根本的におかしい点があった。装備にスキル、動きからして、あいつは一般プレイヤーじゃない。可能性は、イベントか何かで配置されていたNPCか、製作スタッフがスーパーアカウントを使用して操作しているかだろう。
「また面倒なことになったな・・・」
カイトが小太刀を仕舞いながら、パネルを見ていた。
それにつられてシオンも左パネルを見ると、クエストに金色の文字で<New>というマークがついていた。
予想はしていたが、クエストはさっきの連れ去られたNPCを救い出し、アサシンを倒すことだ。そして、クエストの報酬は、大量の経験値と武器のみ。
「あれ?お金はないの?」
「らしいな」
シオンはカイトに訊き、バグじゃないことを確かめ、黙考に移った。
このクエストは今行われている、ジェイス・ドラゴンズへの関連クエストかと思い、莫大なお金が報酬としてもらえると思ったが、どうやら無関係らしい。流石に<報酬・ゼロヴェノム>と書かれていたら、このクエストを今から進めるプレイヤーはほとんどいないだろう。
今はそれどころじゃない。一刻も早く百万ヴェノムを投資し、何かに備えなければならない。でも、この百万ヴェノムは何に使われるのだろう?騎士の強化?町の建設?それとも防御壁か?
まあ、とりあえず収めろ、ということだろう。
「じゃあ、クエスト適当に受注してクリアしようか」
シオンの提案に二人は異論を唱えなかった。
事件があった場所は、あまり収まりそうになかったので、屋根を渡って大神殿まで来た。以外にも、大神殿にいたプレイヤーは多く、シオンはさっきの場所に集まるかな、と思っていたので、人で溢れ返っていると分かった時には、溜め息が出てしまった。
でも、プレイヤーの会話はカイトが流した<ジェイカンド都市は安全じゃない>という情報と、謎のワールドクエストで持ち切りだった。
そんな中でも、順調にクエストを進めている人もいないわけではない。パーティーでクエストをこなそうとしたり、一人で頑張ろうとしている人もいた。
そのグループに今からシオンたちは混ざろうとしているのだが、クエストは思いのほか多かった。討伐クエストはまだモンスターの種類がそんなに多くないから数が少ないが、収集クエストと、探検クエストは非常に多かった。
あの膨大なワールドの中には、色んな地形が生成されていて、遺跡や廃墟などへ行って、決められたことをするのが探検クエストになっている。
採取クエストも同じで、特定の場所でしか手に入らないアイテムを集めたり、モンスターのドロップアイテムを集めるとクリアになるから、シオンたちは受けられるクエストをできる限り受けて、いくつものクエストを同時に進めることにした。
シオンもシーナもカイトも学生であり、決して二十四時間ずっとゲームしぱなっしは到底無理だ。
春休みとはいえ、やらなければいけないはある。課題はできるだけ多くの時間このゲームをやりたかったので、全て終わらせたが、掃除や食事、生きるために必要なことはしないといけない。
したがって、時間が惜しい。
「クエスト受けた?」
「うん。受けたよ」
「おうよ。バッチリだぜ」
確認するや否や大理石の階段を駆けあがり、素早くバッチを見せてファーストワールドに飛ぶ。
着いたと共にグランドウォッチを起動し、地図を表示させる。
起動するときに見えたのだが、現在時刻は午前三時だ。睦月家は六時に起床、その後身支度などなどを済ませて、自由時間が訪れるのはだいたい八時半だ。それまでに大体のクエストは終わらせておきたいのだが、ファーストワールドが以上に広いため、終わるかどうか微妙だ。微妙と言っても、終わる努力は精一杯行う。
「とりあえず探検しながら、見つけたモンスターは片っ端から闘っていこう」
「そうだな。それがいい」
プレイヤーが休憩場として使っている、光の柱周辺だが、モンスターは狩り尽されて一種の安全地帯となっている。
ほとんどのプレイヤーは休んで、他のプレイヤーと雑談やクエストにどれだけお金を払うかなどで盛り上がっているが、ごく一部の集団は、これからのダンジョン攻略についての作戦会議をしているところだった。
だけど、シオンたちはそんなことをしている暇はないので、臨機応変に対処したら大丈夫だろう、という気の抜けきった態度で攻略に当たるつもりだ。
さっきジェイカンド都市に帰ったときに、アイテムショップで回復薬をかなり買ってきたので、HPがゼロになるなんてことは余程の大惨事がない限り心配しなくてもいいだろう。
それよりも時間。とにかく時間がない。
三人は速攻ジョギング、実際は風を切るくらいの速さでファーストワールドを駆け始めた。
まずはマップの左を埋めたい、ということでそちらから終わらせていく。
エンカウント(敵と遭遇すること)したら必ず戦闘、そして倒したらすぐさま駆け出す。それを繰り返していると、嫌でもマップは埋まっていた。たまにモンスターの集団とエンカウントしたが、この三人組は全くダメージを負わずに討伐していた。その様子を見ていたプレイヤー達は、皆口を開けて呆然とこちらを見ているだけだった。
そして、四個目の探検クエストの目的地、<カナリア廃墟>に来た時にまさかの事態が起こった。
今回のクエストのクリア条件が、廃墟の撮影という、<ズーマー>と呼ばれるキューブ状の小型のカメラのようなもので、建物を撮影するだけなのだが、撮ってもクエストがクリアにならなかったのだ。
普通は撮った時点でクリアになるのだが、クリアにならないということは、何かが違うか、
「バグか?これ」
一応説明しておくと、<バグ>とは、ゲームシステムが正常に働かなかったり、おかしく働いてしまうことで、簡単に言えば、エラーになるだろう。前にやっていたゲームでは、アップデート後に、あるアイテムショップに入れないバグが発生し、ドアを開けて入店すると、次見た場所が武器屋だった、というテレポートバグも同時に発生して、運営が焦って更新した、なんて事例がある。
「えぇ~ここまで来たのに~」
シーナはズーマーを持ちながら肩を落として、カイトはサイトにこれはバグかどうかを知っている人がいるか、を確かめているところだ。
じゃあ、シオンは廃墟に入ってみるしかない。
「ちょっと行ってくる」
二人に一言言って、踏むたびに軋む風化した木製の階段を三段上り、苔が生えたドアノブをひねる。すると、普通に開いた。テレポートするわけでもなく、開かないわけでもなかった。ということは、クエストがバグっていたのだ。
「お~い!二人とも!開いた」
言い終わる寸前に、背後、廃墟の中から、猛烈な勢いでこちらに向かってくる気配を感じた。
振り向き様に腰にある刀を引き抜きかけて、光る鋭い物体を見つけたので、それ目掛けて思いっきり刀を振った。
ぶつかった瞬間、敵の姿が見えたが、その姿はなんと、あのアサシンだった。しかも、そいつは笑っていた。狂気に洗脳されたような顔で笑っていた。
「っ・・・!」
力を加えて、アサシンの小太刀を吹き飛ばそうとしたが、相手も同じことをしてきたので、シオンは地面に直撃し、アサシンはドアの天井に背中を打ち付けた。
どちらも受け身を取って、武器を構えて正面に向き直った。
強い、そう直感で相手を評価し、シオンは本気で相手と対峙しないと負けそうな気がした。
「君、強いね~」
アサシンの口が開き、艶めかしい声が耳に届いて、シオンはわざと余裕の表情で返事をした。
「そりゃどうも。あなたも強いし綺麗ですね」
シオンの返事に、アサシンは恥ずかしそうに頬を赤らめたように見えたが、すぐに白い歯を見せて襲い掛かってきた。
木をえぐったスピードはまるで弾丸のようだったが、そのスピードにシオンは反応できる。
冷静に相手のフォームを見極め、どの攻撃をしてくるか予測する。そして、最速、最低限の動きで対応する。
シオンが見たアサシンの最初の攻撃は、横の大振り。この攻撃は少し後ろに下がって、刀の腹で擦るように受け流す。続けて刀を敵の方に流し、敵にダメージを与える、つもりだったのだが、小太刀で刀を押され、上空を通り過ぎられて、その攻撃は失敗に終わった。だが、攻撃は終わっていない。
カイトが敵に跳びついて、小太刀どうしで斬撃がぶつかる。単純な力比べなら、相手に軍配が上がったが、カイトは防御しにくい、持ち手の手首を器用に狙った。
一対一なら、こんな些細な攻撃は無視して、致命的な一撃を叩き込めばいいのだが、今回は人数が多いので、無視すれば腕が一つ使えなくなってしまう。
それを考えてカイトは的確に一点を狙った。当然、相手は無視するわけにもいかず、舌打ちをして、腕の位置を少しずらして、そのまま当てた。
馬鹿みたいに引っかかってくれたな、とシオンはニヤリと笑い、一太刀をお見舞いした。
アサシンからは完全に意識の外だと思ったのだが、ものの見事に避けられた。しかも、避け方は当たる直前に姿が分身したように消え、気がつけば、廃墟の階段の上に再び立っていた、というありえない動きをしていた。
「なんだよそれ?」
シオンは呆れて、つい敵に訊いてしまったのだが、一方のアサシンは心底驚いている様子だった。答えることはなく、拳を握り、ギリギリとこちらに聞こえるほどの大きさで歯ぎしりをしただけで、再度攻撃を繰り出してきた。同じ手は使わず、地面を滑るように接近し、鋭い突き。これもシオンには見切れる。
刀を縦に構え、小太刀の先端から、少し左にずらしてこれも受け流す。今回もカウンターを取れるポジションなのだが、縦に斬る斬撃は空を切るだけで、物体を斬った感触はなかった。
「なん」
「どうして!?」
シオンの独り言は、唐突に聞こえた怒号、アサシンの声でかき消され、その顔は怒っていたが、半泣きの状態だった。
そして、もう一度彼女は叫んだ。
「どうして勝てないの!?」
シオンはその声が聞こえた瞬間、そこから飛び退き、声の主を確かめようとしたが、カイトしかいない。
カイトは小太刀を逆手に持っており、謎の人物を撃退させようと、横に振ったところだった。
「な、何だ今の?」
カイトは落ち着かない様子で、きょろきょろと注意深く辺りを観察している。視線が一点に止まらないということは、誰も見つかっていないということだ。
「大丈夫!?」
シーナが下から声を掛けてきてくれたおかげで、二人とも精神的に楽になったが、それでもずっと警戒体制のままだ。
群衆の人たちも、こちらで起こった事態に危機感を持ったのか、数人武器を構えている。そして、周りの人を信じていない。これでは混乱が広まってしまう。場の異様な空気に、誰も動くことができず、膠着している。
「愚かだねぇ~」
また聞こえた。少し高く、言葉に毒がついているかもようなドロッとした声が。
今度は、泣き叫んでいた女性のすぐそばに立っていた。
シオンはその姿を見て、目を見開いた。立っていたのは、肩下までの黒い髪をなびかせ、にぃっと笑っている女だったのだ。装備はまさにアサシン、と言った装備で、全身が黒い。武器は小太刀で、右の太ももに鞘が掛けられており、他にもいくつかポーチが備え付けられてあって、そこにも何かが入っていた。
その女は、オレンジ色の髪に、ドレスのような綺麗な服装の泣いていた女の子を片腕だけで抱えると、
「じゃあね~」
そう言って、消えるように街に溶けていった。その能力にシオンは気付き、反射的に叫んだ。
「ハイドだ!探して!」
さっき、アサシンの女が使ったのは、<ハイド>と呼ばれる隠蔽スキルで、周りから自身の姿を見えなくするという、シノビのクラスで手に入るスキルだ。
そして、このスキルはあくまで隠すだけであり、何かにぶつかったり、視線をたくさん浴びたり、長時間居場所がばれているとスキルが解けるようになっている。
つまり、一回でもだれかの腕に当たったり、たまたま数人の視線が重なり、偶然にもそこに居合わせた場合、ハイドが解けて姿が確認できるようになるわけだ。
そうなるはずなのだが、誰も見つけた、というような声を言わない。なぜ、見つからない?それだけが頭の中で渦巻いていた。
考えられる原因は、スキルのレベルが高いか、単純に運が良かったか、アサシンの技術が優れていたかのどれかだろう。
というか、根本的におかしい点があった。装備にスキル、動きからして、あいつは一般プレイヤーじゃない。可能性は、イベントか何かで配置されていたNPCか、製作スタッフがスーパーアカウントを使用して操作しているかだろう。
「また面倒なことになったな・・・」
カイトが小太刀を仕舞いながら、パネルを見ていた。
それにつられてシオンも左パネルを見ると、クエストに金色の文字で<New>というマークがついていた。
予想はしていたが、クエストはさっきの連れ去られたNPCを救い出し、アサシンを倒すことだ。そして、クエストの報酬は、大量の経験値と武器のみ。
「あれ?お金はないの?」
「らしいな」
シオンはカイトに訊き、バグじゃないことを確かめ、黙考に移った。
このクエストは今行われている、ジェイス・ドラゴンズへの関連クエストかと思い、莫大なお金が報酬としてもらえると思ったが、どうやら無関係らしい。流石に<報酬・ゼロヴェノム>と書かれていたら、このクエストを今から進めるプレイヤーはほとんどいないだろう。
今はそれどころじゃない。一刻も早く百万ヴェノムを投資し、何かに備えなければならない。でも、この百万ヴェノムは何に使われるのだろう?騎士の強化?町の建設?それとも防御壁か?
まあ、とりあえず収めろ、ということだろう。
「じゃあ、クエスト適当に受注してクリアしようか」
シオンの提案に二人は異論を唱えなかった。
事件があった場所は、あまり収まりそうになかったので、屋根を渡って大神殿まで来た。以外にも、大神殿にいたプレイヤーは多く、シオンはさっきの場所に集まるかな、と思っていたので、人で溢れ返っていると分かった時には、溜め息が出てしまった。
でも、プレイヤーの会話はカイトが流した<ジェイカンド都市は安全じゃない>という情報と、謎のワールドクエストで持ち切りだった。
そんな中でも、順調にクエストを進めている人もいないわけではない。パーティーでクエストをこなそうとしたり、一人で頑張ろうとしている人もいた。
そのグループに今からシオンたちは混ざろうとしているのだが、クエストは思いのほか多かった。討伐クエストはまだモンスターの種類がそんなに多くないから数が少ないが、収集クエストと、探検クエストは非常に多かった。
あの膨大なワールドの中には、色んな地形が生成されていて、遺跡や廃墟などへ行って、決められたことをするのが探検クエストになっている。
採取クエストも同じで、特定の場所でしか手に入らないアイテムを集めたり、モンスターのドロップアイテムを集めるとクリアになるから、シオンたちは受けられるクエストをできる限り受けて、いくつものクエストを同時に進めることにした。
シオンもシーナもカイトも学生であり、決して二十四時間ずっとゲームしぱなっしは到底無理だ。
春休みとはいえ、やらなければいけないはある。課題はできるだけ多くの時間このゲームをやりたかったので、全て終わらせたが、掃除や食事、生きるために必要なことはしないといけない。
したがって、時間が惜しい。
「クエスト受けた?」
「うん。受けたよ」
「おうよ。バッチリだぜ」
確認するや否や大理石の階段を駆けあがり、素早くバッチを見せてファーストワールドに飛ぶ。
着いたと共にグランドウォッチを起動し、地図を表示させる。
起動するときに見えたのだが、現在時刻は午前三時だ。睦月家は六時に起床、その後身支度などなどを済ませて、自由時間が訪れるのはだいたい八時半だ。それまでに大体のクエストは終わらせておきたいのだが、ファーストワールドが以上に広いため、終わるかどうか微妙だ。微妙と言っても、終わる努力は精一杯行う。
「とりあえず探検しながら、見つけたモンスターは片っ端から闘っていこう」
「そうだな。それがいい」
プレイヤーが休憩場として使っている、光の柱周辺だが、モンスターは狩り尽されて一種の安全地帯となっている。
ほとんどのプレイヤーは休んで、他のプレイヤーと雑談やクエストにどれだけお金を払うかなどで盛り上がっているが、ごく一部の集団は、これからのダンジョン攻略についての作戦会議をしているところだった。
だけど、シオンたちはそんなことをしている暇はないので、臨機応変に対処したら大丈夫だろう、という気の抜けきった態度で攻略に当たるつもりだ。
さっきジェイカンド都市に帰ったときに、アイテムショップで回復薬をかなり買ってきたので、HPがゼロになるなんてことは余程の大惨事がない限り心配しなくてもいいだろう。
それよりも時間。とにかく時間がない。
三人は速攻ジョギング、実際は風を切るくらいの速さでファーストワールドを駆け始めた。
まずはマップの左を埋めたい、ということでそちらから終わらせていく。
エンカウント(敵と遭遇すること)したら必ず戦闘、そして倒したらすぐさま駆け出す。それを繰り返していると、嫌でもマップは埋まっていた。たまにモンスターの集団とエンカウントしたが、この三人組は全くダメージを負わずに討伐していた。その様子を見ていたプレイヤー達は、皆口を開けて呆然とこちらを見ているだけだった。
そして、四個目の探検クエストの目的地、<カナリア廃墟>に来た時にまさかの事態が起こった。
今回のクエストのクリア条件が、廃墟の撮影という、<ズーマー>と呼ばれるキューブ状の小型のカメラのようなもので、建物を撮影するだけなのだが、撮ってもクエストがクリアにならなかったのだ。
普通は撮った時点でクリアになるのだが、クリアにならないということは、何かが違うか、
「バグか?これ」
一応説明しておくと、<バグ>とは、ゲームシステムが正常に働かなかったり、おかしく働いてしまうことで、簡単に言えば、エラーになるだろう。前にやっていたゲームでは、アップデート後に、あるアイテムショップに入れないバグが発生し、ドアを開けて入店すると、次見た場所が武器屋だった、というテレポートバグも同時に発生して、運営が焦って更新した、なんて事例がある。
「えぇ~ここまで来たのに~」
シーナはズーマーを持ちながら肩を落として、カイトはサイトにこれはバグかどうかを知っている人がいるか、を確かめているところだ。
じゃあ、シオンは廃墟に入ってみるしかない。
「ちょっと行ってくる」
二人に一言言って、踏むたびに軋む風化した木製の階段を三段上り、苔が生えたドアノブをひねる。すると、普通に開いた。テレポートするわけでもなく、開かないわけでもなかった。ということは、クエストがバグっていたのだ。
「お~い!二人とも!開いた」
言い終わる寸前に、背後、廃墟の中から、猛烈な勢いでこちらに向かってくる気配を感じた。
振り向き様に腰にある刀を引き抜きかけて、光る鋭い物体を見つけたので、それ目掛けて思いっきり刀を振った。
ぶつかった瞬間、敵の姿が見えたが、その姿はなんと、あのアサシンだった。しかも、そいつは笑っていた。狂気に洗脳されたような顔で笑っていた。
「っ・・・!」
力を加えて、アサシンの小太刀を吹き飛ばそうとしたが、相手も同じことをしてきたので、シオンは地面に直撃し、アサシンはドアの天井に背中を打ち付けた。
どちらも受け身を取って、武器を構えて正面に向き直った。
強い、そう直感で相手を評価し、シオンは本気で相手と対峙しないと負けそうな気がした。
「君、強いね~」
アサシンの口が開き、艶めかしい声が耳に届いて、シオンはわざと余裕の表情で返事をした。
「そりゃどうも。あなたも強いし綺麗ですね」
シオンの返事に、アサシンは恥ずかしそうに頬を赤らめたように見えたが、すぐに白い歯を見せて襲い掛かってきた。
木をえぐったスピードはまるで弾丸のようだったが、そのスピードにシオンは反応できる。
冷静に相手のフォームを見極め、どの攻撃をしてくるか予測する。そして、最速、最低限の動きで対応する。
シオンが見たアサシンの最初の攻撃は、横の大振り。この攻撃は少し後ろに下がって、刀の腹で擦るように受け流す。続けて刀を敵の方に流し、敵にダメージを与える、つもりだったのだが、小太刀で刀を押され、上空を通り過ぎられて、その攻撃は失敗に終わった。だが、攻撃は終わっていない。
カイトが敵に跳びついて、小太刀どうしで斬撃がぶつかる。単純な力比べなら、相手に軍配が上がったが、カイトは防御しにくい、持ち手の手首を器用に狙った。
一対一なら、こんな些細な攻撃は無視して、致命的な一撃を叩き込めばいいのだが、今回は人数が多いので、無視すれば腕が一つ使えなくなってしまう。
それを考えてカイトは的確に一点を狙った。当然、相手は無視するわけにもいかず、舌打ちをして、腕の位置を少しずらして、そのまま当てた。
馬鹿みたいに引っかかってくれたな、とシオンはニヤリと笑い、一太刀をお見舞いした。
アサシンからは完全に意識の外だと思ったのだが、ものの見事に避けられた。しかも、避け方は当たる直前に姿が分身したように消え、気がつけば、廃墟の階段の上に再び立っていた、というありえない動きをしていた。
「なんだよそれ?」
シオンは呆れて、つい敵に訊いてしまったのだが、一方のアサシンは心底驚いている様子だった。答えることはなく、拳を握り、ギリギリとこちらに聞こえるほどの大きさで歯ぎしりをしただけで、再度攻撃を繰り出してきた。同じ手は使わず、地面を滑るように接近し、鋭い突き。これもシオンには見切れる。
刀を縦に構え、小太刀の先端から、少し左にずらしてこれも受け流す。今回もカウンターを取れるポジションなのだが、縦に斬る斬撃は空を切るだけで、物体を斬った感触はなかった。
「なん」
「どうして!?」
シオンの独り言は、唐突に聞こえた怒号、アサシンの声でかき消され、その顔は怒っていたが、半泣きの状態だった。
そして、もう一度彼女は叫んだ。
「どうして勝てないの!?」
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