学生 トヨシマ・アザミの日常

ノベルバユーザー220935

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「試作機は、スラスター推力と反応速度を25%も向上させたの。 あとは機体重量の若干の軽量化」
「実物も建造されたんですか?」
「外装はズムウォルトのままだったけどね」


ボクはハルザが先日見せてくれたデータを思い出す。
実機をあの性能のまま作っても、乗りこなせる人が居ないはずだ。


「試作機を乗りこなせるニンゲンは居たのか?」


ボクの代わりにハルザが質問した。


「試作機は最初の一歩で転倒したわ。 姿勢制御プログラムやOSに手を加えていなかったから」


ああ、やっぱり。


「どうしてOSのセッティングなどはできなかったんですか?」
「ティターンやズムウォルト、インディペンデンスは、細かな違いはあるけれど、みんな汎用型。 ZEODのような突き詰めた設計の機体を開発したことはないのよ」


セクタは国連の技術開発局が開発し、各国のメーカーでライセンス生産されている。
装備の共有や、現地修理ができるように配慮した結果らしい。
まあ、戦闘中に「これはウチじゃ直せません!」なんて言われたら困るしね。


「OSや姿勢制御プログラムの調整もしたかったけど、ズムウォルトのアップグレードや、インディペンデンスの戦闘データ解析でウチも忙しいからね」
「だから、士官学校のシミュレーターに機体データを仕込んだんですか?」


ボクが毅然とした態度で聞くと、ミカミさんはコーヒーを一口すすりながら頷く。


「シミュレーターでどんどん機体を使ってもらって、問題のある部分を洗い出してもらいたかったのよ。 その方が時間も節約できるし」
「他の人のシミュレーターにも同じ仕掛けを?」
「いいえ。 あなたのシミュレーターだけよ」


その言葉に、ボクよりもハルザの方が驚いていた。


「なんでボクにだけ?」
「あなたは市立の中学校から、両親のコネで士官学校の初等部3年に転校してきた。 その間、一度もセクタに触れたことはなかった。 エクサはね、自分自身のソフトウェアで最適化させてしまうから、テストパイロットには不向きなのよ。
あと、セクタに少し慣れた人も」


士官学校に入学を希望する人は、体験授業として3日間セクタのシミュレーターをやらせてもらえると聞いたことがある。
ボクは今年3月まで市立中学校に通うただの中学二年生だった。
士官学校へ行く気はなかったから、体験授業には参加しなかったし、両親から士官学校へ転校しないかと言われた時も「歩兵訓練受けなくていいなら」という条件で簡単にOKしている。


「同じ時期、"これから訓練を受ける生徒に、突き詰めた設計の機体を与えたらどうなるか?" という実験をしたいという声もあった。 アザミくんは、そんな時期に現れた貴重な人材だったのよ」
「ボクは実験用のネズミってことですか?」
「そんな酷い扱いじゃないわよぅ。 こう、なんていうか......あなたの言葉をちょっと引用するようだけど、あなたは『たまたま被験者として最適だっただけの』普通の訓練生よ」


以前のハルザとの会話が他人に聞かれていた挙句、苦手な作者に対するボクの言葉が、こんなタイミングでブーメランになって帰ってくるなんて......。
少しだけ哀しい気分になった。


「アンタ。 オレたちの会話を聞いていたのか!」


ハルザは怒鳴りながらテーブルを叩き、立ち上がった。


「何か改修のアイデアでも拾えないかと思って、ログを辿ってるだけよ! そんなに怒らないで」


ミカミさんは怒ったハルザに驚き、目を見開いていた。
ボクは肩で息をしていたハルザの手を掴み、座ってと仕草で合図する。


「あら? アザミくんは冷静なのね」
「いま感情的になっても意味はないですからね」


いいえ。 本当は怒鳴ってしまいたいけど抑えているだけです。
こんな時でも丁寧な対応で返すべきなんだ。


「ボクはセクタのパイロットを目指し、訓練を受けている訓練生です。 その生徒に特殊なシミュレーターを与えたのはまだ許せますけど、その生徒の会話を無断で録音したどころか、生徒の言葉の一部を引用して、生徒を『被験者』と呼ぶのはいかがなものかと。 せめて『テストパイロット』と呼称すべきではないでしょうか?」


冷静に、自分を落ち着かせながらボクは言ってやった。
笑っていたミカミさんも、キリッとした表情でボクを見ている。


「あなたを怒らせてしまったみたいね。 ごめんなさい。 さっきの言葉は撤回するわ」
「......謝らないでくださいよ。 正直な話、あのシミュレーターには感謝していますから」


ミカミさんは「どうして?」と聞いてきた。


「あのシミュレーターがあったから、ボクはハルザと出会えたし、友達になれた。 それに"誰かに必要とされる"のは心地がいい。 市立に居たときは......一人ぼっちだったから」


うつむいたボクの肩を、黙ってハルザが抱いてくれた。


「なら良かったわ。 アザミくんがテストパイロットを辞めたいなんて言い出したらどうしようか? って考えていたものだから」
「まさか。 ちょっとだけ待遇を見直してもらいたいですけど、テストパイロットを辞めたりはしませんよ。 絶対に」


ハルザと会う口実がなくなっちゃうし。


「なら安心して、録音はもう削除してあるから」
「じゃあ、クラスメイトのみんなに、プログラムの説明をしてもいいですね?」
「あなたに機密データは渡していないからね。 説明すれば、バカにされなくなるわ」


ボクがバカにされていたことも把握していたのね。


「シミュレーターの姿勢制御プログラムとOSもアップデートしたわ。 ついでにスラスターの推進剤消費量。 これで転倒はしなくなるし、燃費も伸びたはずよ」
「え。 それだけ......?」
「あとはあなたの努力次第よ。 頑張りなさい」


機体を自由に操縦できるようになるまで、しばらくかかりそうだ。
落ち込むボクを気遣ってか、ハルザはボクの頭をぽんぽんと叩いてくる。


「あなたには早く実機訓練を受けられるようになってほしいのよ。 実機の再調整も始まってるんだから」
「じゃあ、実機訓練に移れば本物に?」
「乗れるわよ。 機体の名前とカラーリングはテストパイロットの要望で決めるつもりだし。 あなたがこのプロジェクトで実績を残せば、士官学校を卒業した頃に、まだ前例のない『パイロット専用機』が与えられるかもしれないわ」


ボクの専用機が与えられる......。
その時は、ハルザも一緒かな?


「ボク、もっと頑張ります! やっぱりボクも男の子なので、専用機とかには憧れちゃいますしね」


ミカミさんはラップトップを小脇に抱えながら立ち上がっていた。
そして、ボクに向かって微笑んだ。


「私達も全力でフォローするわ。 頑張ってね」
「はい。 立派なパイロットになるために、専用機をゲットするために努力しますね」


あと、ハルザのために。

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