学生 トヨシマ・アザミの日常

ノベルバユーザー220935

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「コイツは、スラスター推力・反応速度をズムウォルトと比して25%向上させてあるらしい」
「それって、なんかすごいの?」
「凄いってもんじゃないさ。 パワー以外は、2年前に完成した新型機【インディペンデンス】を上回ってやがる。
......お前はとんでもない機体のデータを使わされてたってことだな」


スマートフォンの画面を注視したまま、ハルザはニヤニヤと笑っている。
でも、どうしてボクのシミュレーターにだけ、こんなバケモノのデータがインストールされていたんだろう?


「ただし」
「ただし?」
「OSやフレームのセッティングはズムウォルトのままだから、とんでもなくピーキーな機体になっている」


とんでもなくピーキー。 それって、つまり......。


「ボクみたいに、シミュレーターで初めてそのデータを使わされたらどうなるの?」
「反応が良すぎてすぐに機体が吹っ飛ぶし、スラスター周りの燃料系やらコンピューター......つまり燃調のセッティングもやってないから、ズムウォルトと同じように吹かしたらすぐガス欠だな」


それって、いつもボクが起こしてきたトラブルばかりじゃん。
みんなこのデータのせいなんじゃん。


「どうする? ここじゃ元のデータに戻したりはできないぞ」


ボクは考える。


「今はいいや。 明日、校長先生や教官と話してみるから、そのデータのスクリーンショットだけちょうだい」


ボクの答えに、ハルザは「それでいいのか?」と言いたそうな表情で反応する。


「ここで直したりできないんじゃ、考えても無駄だし。 とりあえず、今日はここまでにしようよ」
「だな」


ハルザは納得したのか、ケーブルを外し、スマートフォンをスラックスのポケットにしまった。


「なあ、アザミ。 このあとは何かやってるのか?」
「寮のラウンジでのんびりしてるかな? 歩兵訓練受けてるわけじゃないからその辺の勉強はしないで済むし、シミュレーターがこれじゃあねぇ......」


ボクをどこかに誘うつもりなのだろうか?
予定も無いから、寮の門限まで街に行ったりはできるけど。


「なら、昨日みたいな話をまた聞かせてくれよ」
「いいけど、今度は二次創作やらBL関係の話......というより愚痴になったりするかも」
「基本的な知識はインストールしてきてある。 問題は無いさ」


エクサはその辺がズルいって思っちゃうんだよね。
データをインストールするだけで、ある程度の事は覚えられるから。


「じゃあラウンジに行こうか」


ボクはシミュレーターの足元に置いていたスクールバッグを抱える。
その時、ボクの後ろで「きゅるる〜」と不思議な音が聞こえてきた。


「ハルザ?」
「実は昼食べてなくてよ。 腹が減っちまった」


ハルザは自分の腹をぽんぽんと叩きながら笑う。
ボクはその仕草が面白くて、ふふっと小さく笑ってしまった。


「ラウンジに着いたら、ボクが料理を作ってあげる」



――



学生寮は初等部、中等部、高等部のために、マンション型のものが3棟建てられていて、ラウンジは全ての寮と通路で接続された3階建ての建物になっていた。
ラウンジは全ての学部が共有で使える作りになっていて、寮へ入るには絶対にラウンジを経由しなければいけない。

本当は、全てを一つにまとめた円柱形のマンションにされる予定だったらしいが、エレベーターが中央に大型のが1基、階段はエレベーターシャフトを包む螺旋階段という設計が不便だとして却下されたそうだ。
というかどこの誰だ、太極を取り込むようなデザインを提出した馬鹿者は。 この世に根源なんぞあってたまるか。


「とりあえずスクールバッグは置いてきたし、ボクは簡単な料理を作るよ。 ハルザは適当に座っててよ」
「悪いな。 料理を作らせちまって」
「いいのいいの。 どうせ作れるのなんておつまみ程度なんだし」


寮には食堂もあるが、ラウンジの厨房を使って料理をすることもできる。
厨房にはサポート用のロボットが居て、万が一事故が起きても、こいつが対処してくれるのだ。
食材はコストカットと食中毒対策のために合成品が多いものの、味は悪くないし、肉は見た目も本物そっくりになっている。


「魚肉ハンバーグか魚肉のハムか......」


軽トラックほどの大きさがある冷蔵庫の前で、食材を見ながらボクは唸る。
手間を省いて簡単な食材で済ませるか、少し凝った料理にしてしまうかで迷っていた。


結局、ボクは魚肉ハンバーグを焼くことにして、それを焼きながら、席に座るハルザの様子を見る。
ハルザはラウンジの中央にある大型モニターを見ながら、じっとしていた。
今はバラエティ番組がやってる時間か。


「あれ? アザミ、居たの?」


突然、厨房にエリサさんが入ってきて、ボクを見て驚いていた。
足元の紙袋を見るに、どこかへ買い物に行っていたのだろう。


「うん。 なんか人が沢山来ちゃって、恥ずかしくなったから早めに切り上げた」


シミュレーターのデータが細工されてた、とは言わなかった。
「実は凄腕のパイロットだった!?」みたいな根も葉もない噂とか流れてほしくないし。


「今はハルザのために軽く料理をね」
「なーるほど、ハルザの胃袋をGETする気ね! アザミも隅に置けないわー」


ハンバーグを盛り付けていたボクの背中を、エリサさんが思いきり叩いた。


「違うわ!」


容易に発動するその腐ィルターがうらやましい。
そして背中がヒリヒリして痛い。


「てか、あたしにもちょうだい」
「班の分も焼いてある。 エリサさんはピンクの小皿ね」
「イェーイ」


エリサさんはジャスミン茶のペットボトルを冷蔵庫から取り出してスクールバッグに押し込んだあと、小皿を片手に厨房から出て行った。
あの人、部屋で薄異本を読みながら食べるつもりだな。

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