学生 トヨシマ・アザミの日常
1-4
機体の起動が終わってからすぐに出撃したものの、ボクの機体は前のめりに倒れてしまった。
スラスターを軽く吹かしただけなのに。
「力みすぎだ!」
「いや、操縦桿の"遊び"からちょっと動かしただけだよ!」
後ろで見ているハルザは、ボクの操縦を目の当たりにしてどんな気分なんだろう。
いますぐ操縦を代わりたいとか、そんな感じかな?
ボクは機体を起き上がらせながら考える。
でも、カマキリのような姿をしたズーシャルの鎌がコックピットを切り裂き、HUDは戦死を意味する赤い画面に切り替わった。
「お前な、肩に力を入れすぎなんだよ。 こんなに力を入れてたって、なんの意味も無いぞ」
「だって、シミュレーターとはいえズーシャルと戦うのは怖いし、さっきみたいに機体が転んだり、吹っ飛んだりするのが嫌で......」
小さな声で呟き、落ち込んでいたボクの肩を、ハルザが優しく揉んできた。
「やっぱりな。 肩こりがひどいぞ」
HUDを外してハルザを見てみると、サメのように白く鋭い歯を見せながら、ハルザは笑っていた。
これはハルザなりの優しさ......なのかな。
「少し休憩するか? それとも終わりにして帰るか?」
「まだ時間はあるし、できるところまではシミュレーションしておきたいな」
「わかった。 オレはネットでもしてるから、アザミも適当に休んでろ。 30分くらい」
ハルザは背もたれに寄りかかると、スマートフォンを取り出して操作し始めた。
「うん」
ボクはシミュレーターのモニターに触れ、一つのウインドウを展開した。
シミュレーターによる訓練が始まってから1ヶ月。
スマートフォンからシミュレーターのウインドウに電子書籍を転送させ、静かに小説を読むのがボクの習慣になっている。
「ライトノベルか? ハウツー本か?」
ハルザがスマートフォンから視線を移し、ボクが読書をしていたことに気づいたらしい。
「うーんと......ライトノベルかな? 本当は違うらしいけど」
「どんな物語だ?」
「本を守るために戦う組織と、そこに属する本が好きな女の子の物語」
「昔流行ったあの小説か」
「そ。 このシリーズが好きでね」
物語が進むごとに進展する主人公とその教官の関係とか、難聴の女の子とよく笑う男の関係とか。
「逆に嫌いなタイプの小説ってあるのか?」
「ハーレムもの以外だと......あー、少し考えさせて」
嫌なタイプの小説を説明するのに、考えをまとめる必要があった。
「話すと長くなるよ?」
ボクが聞くと、ハルザは「大丈夫だ」と答えてくれた。
これで心置き無く自分の言いたいことが言える。
「まず、作品ではなく作家のタイプから言わせて。
ボクはね、【時代の流れがもてはやす、民衆の疑似餌にされたにすぎない、たまたまそこに人材が居ただけ】の作家とか、【ただ一般的な単語を、同じ意味の小難しい単語に変えただけで「スゲーっ!」って異常に持ち上げる読者】が付いてる作家とか、【秀逸なダジャレで強い癖を醸し出したり、日本語でラップしちゃってる】作家が苦手......いや、地雷なんだ」
「どうしてだ?」
「だってさ、その部分で読者の読むスピードを落とさせてるだけで、全体的なボリュームやストーリー自体は薄かったりするんだよ?
ボクはね、ノートに場面場面で感想を書いたり、その場面に自分なりの考察を入れたり、気に入った一文を書き留めたりするんだけど、それを苦手な作家の作品でやるとさ、ノート数ページにしかならないの!」
最初に言いたいことが言えて満足した。
ボクは深呼吸しつつ、自分を落ち着かせる。
「読むだけ無駄だった、みたいなのは嫌だしな」
「そうそう」
「他には?」
ボクは、ウインドウに何冊かライトノベルの表紙を並べ、ハルザに見せた。
「死に戻りしか能のないクズ主人公、MMOの世界に残されたチート使いのサイコパス、戦争中の異世界で女の子に転生したリーマン、異世界でロボ作りたいだけのロボオタ。
他は食堂を開いたり、世界を素晴らしいって言ってる変態......」
ボクが言い終えると、ハルザは可笑しそうに笑った。
「笑わないでよ」
「すまない。 苦手なモノを話している時のアザミの表情が面白くてな」
良かった......ボクのことをただのアンチだって言わないでくれて。
「じゃあ、アザミの好きなタイプの作品は?」
ハルザは無意識でボクを抱え上げて、対面するようなかたちで膝に座らせた。
ボクはハルザの肩に手を置き、微笑む。
「銀河を舞台にしたSFに、現代モノ......それにBL。 内容が凝ってる作品はね、読書ノートに書き込んだ自分の考察も複雑になってくれるんだ」
「ほう......BLも読むのか」
クラスの数人にしか話していない趣味を、知り合って間もないハルザに話してしまった。
でも、後悔はしてない。
「Hなシーンだけ読みたいわけじゃないよ? 作品によっては、Hシーン無しで純粋な交流だけで完結させるのもあるし、そういう作品は『Aはこの時Bをどう想っていたのか?』、『CはBが好きだったのに、Aのためにここで身を引く決心をしたんじゃないか?』なんて考察がはかどる」
「なるほど。 アザミはその手の作品で、登場人物の心情を考察するのが好きなんだな」
ボクは力強くうなづいた。
ハルザが、真面目に話を聞いてくれるのが嬉しい。
でも、もう少し話をしたかったところでチャイムが鳴った。
完全下校の時刻になったらしい。
「アザミ。 明日も空いてるか?」
「空いてるよ」
「じゃあ、特別訓練の続きはまた明日だ」
ボクは静かに立ち上がり、シミュレーターから出た。
「今日はありがとう。 ボクの話も聞いてくれて」
「次はオレの話も聞いてくれよ」
シミュレーターから出て、スクールバッグを担いだハルザは笑う。
「はいよ。 じゃあ、ボクはシミュレーターの電源落としたりしないとだから、ハルザは先に帰ってていいよ」
シミュレーターにかけてあった上着を取り、ボクはそれを羽織った。
「任せた。 じゃあな」
「じゃあね」
ボクは上着のボタンを止めながら、シミュレーションルームを後にするハルザを見送った。
スラスターを軽く吹かしただけなのに。
「力みすぎだ!」
「いや、操縦桿の"遊び"からちょっと動かしただけだよ!」
後ろで見ているハルザは、ボクの操縦を目の当たりにしてどんな気分なんだろう。
いますぐ操縦を代わりたいとか、そんな感じかな?
ボクは機体を起き上がらせながら考える。
でも、カマキリのような姿をしたズーシャルの鎌がコックピットを切り裂き、HUDは戦死を意味する赤い画面に切り替わった。
「お前な、肩に力を入れすぎなんだよ。 こんなに力を入れてたって、なんの意味も無いぞ」
「だって、シミュレーターとはいえズーシャルと戦うのは怖いし、さっきみたいに機体が転んだり、吹っ飛んだりするのが嫌で......」
小さな声で呟き、落ち込んでいたボクの肩を、ハルザが優しく揉んできた。
「やっぱりな。 肩こりがひどいぞ」
HUDを外してハルザを見てみると、サメのように白く鋭い歯を見せながら、ハルザは笑っていた。
これはハルザなりの優しさ......なのかな。
「少し休憩するか? それとも終わりにして帰るか?」
「まだ時間はあるし、できるところまではシミュレーションしておきたいな」
「わかった。 オレはネットでもしてるから、アザミも適当に休んでろ。 30分くらい」
ハルザは背もたれに寄りかかると、スマートフォンを取り出して操作し始めた。
「うん」
ボクはシミュレーターのモニターに触れ、一つのウインドウを展開した。
シミュレーターによる訓練が始まってから1ヶ月。
スマートフォンからシミュレーターのウインドウに電子書籍を転送させ、静かに小説を読むのがボクの習慣になっている。
「ライトノベルか? ハウツー本か?」
ハルザがスマートフォンから視線を移し、ボクが読書をしていたことに気づいたらしい。
「うーんと......ライトノベルかな? 本当は違うらしいけど」
「どんな物語だ?」
「本を守るために戦う組織と、そこに属する本が好きな女の子の物語」
「昔流行ったあの小説か」
「そ。 このシリーズが好きでね」
物語が進むごとに進展する主人公とその教官の関係とか、難聴の女の子とよく笑う男の関係とか。
「逆に嫌いなタイプの小説ってあるのか?」
「ハーレムもの以外だと......あー、少し考えさせて」
嫌なタイプの小説を説明するのに、考えをまとめる必要があった。
「話すと長くなるよ?」
ボクが聞くと、ハルザは「大丈夫だ」と答えてくれた。
これで心置き無く自分の言いたいことが言える。
「まず、作品ではなく作家のタイプから言わせて。
ボクはね、【時代の流れがもてはやす、民衆の疑似餌にされたにすぎない、たまたまそこに人材が居ただけ】の作家とか、【ただ一般的な単語を、同じ意味の小難しい単語に変えただけで「スゲーっ!」って異常に持ち上げる読者】が付いてる作家とか、【秀逸なダジャレで強い癖を醸し出したり、日本語でラップしちゃってる】作家が苦手......いや、地雷なんだ」
「どうしてだ?」
「だってさ、その部分で読者の読むスピードを落とさせてるだけで、全体的なボリュームやストーリー自体は薄かったりするんだよ?
ボクはね、ノートに場面場面で感想を書いたり、その場面に自分なりの考察を入れたり、気に入った一文を書き留めたりするんだけど、それを苦手な作家の作品でやるとさ、ノート数ページにしかならないの!」
最初に言いたいことが言えて満足した。
ボクは深呼吸しつつ、自分を落ち着かせる。
「読むだけ無駄だった、みたいなのは嫌だしな」
「そうそう」
「他には?」
ボクは、ウインドウに何冊かライトノベルの表紙を並べ、ハルザに見せた。
「死に戻りしか能のないクズ主人公、MMOの世界に残されたチート使いのサイコパス、戦争中の異世界で女の子に転生したリーマン、異世界でロボ作りたいだけのロボオタ。
他は食堂を開いたり、世界を素晴らしいって言ってる変態......」
ボクが言い終えると、ハルザは可笑しそうに笑った。
「笑わないでよ」
「すまない。 苦手なモノを話している時のアザミの表情が面白くてな」
良かった......ボクのことをただのアンチだって言わないでくれて。
「じゃあ、アザミの好きなタイプの作品は?」
ハルザは無意識でボクを抱え上げて、対面するようなかたちで膝に座らせた。
ボクはハルザの肩に手を置き、微笑む。
「銀河を舞台にしたSFに、現代モノ......それにBL。 内容が凝ってる作品はね、読書ノートに書き込んだ自分の考察も複雑になってくれるんだ」
「ほう......BLも読むのか」
クラスの数人にしか話していない趣味を、知り合って間もないハルザに話してしまった。
でも、後悔はしてない。
「Hなシーンだけ読みたいわけじゃないよ? 作品によっては、Hシーン無しで純粋な交流だけで完結させるのもあるし、そういう作品は『Aはこの時Bをどう想っていたのか?』、『CはBが好きだったのに、Aのためにここで身を引く決心をしたんじゃないか?』なんて考察がはかどる」
「なるほど。 アザミはその手の作品で、登場人物の心情を考察するのが好きなんだな」
ボクは力強くうなづいた。
ハルザが、真面目に話を聞いてくれるのが嬉しい。
でも、もう少し話をしたかったところでチャイムが鳴った。
完全下校の時刻になったらしい。
「アザミ。 明日も空いてるか?」
「空いてるよ」
「じゃあ、特別訓練の続きはまた明日だ」
ボクは静かに立ち上がり、シミュレーターから出た。
「今日はありがとう。 ボクの話も聞いてくれて」
「次はオレの話も聞いてくれよ」
シミュレーターから出て、スクールバッグを担いだハルザは笑う。
「はいよ。 じゃあ、ボクはシミュレーターの電源落としたりしないとだから、ハルザは先に帰ってていいよ」
シミュレーターにかけてあった上着を取り、ボクはそれを羽織った。
「任せた。 じゃあな」
「じゃあね」
ボクは上着のボタンを止めながら、シミュレーションルームを後にするハルザを見送った。
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