学生 トヨシマ・アザミの日常

ノベルバユーザー220935

第2話

―― 翌日 ――


「アザミ、おはよう」
「おはよー」


ボクが初等部3年C組の教室に入ると、エリサが挨拶をしてきた。


「あのあとハルザと何かあった?」
「何か?」
「たとえば狭いシミュレーターの中で意味深なことしたりとか」
「殴るよ」


エリサさんはいつもこうだ。


「まぁいいや。 あ、おととい借りたマンガ返すね」
「はいよー」


ボクはエリサさんから本(BL)を受け取り、スクールバッグに入れた。


「どうだった? これ」
「めっちゃ良かった。 このマンガさ、日常パートのあと必ずHしてくれるよね」
「そう、必ず......ラッパーみたいに!」
「ラッパー! いい例えだわ」


エリサさんはボクの前の席に座り、ボクは机のモニターが起動するか確認する。


「エリサさん。 夏イベに向けて描いてる新作の進捗はどう?」
「写植も終わらせたー」
「早いな」
「だって、あたし歩兵訓練も受けてるじゃん? 6月前には済ませないと、原稿に取り掛かる時間が作れないんだもん」


エリサさんは椅子をこちら側に向けて座り直し、ボクに作業中の液タブを見せてくれた。


「そのジャンルって良いよねー。 本家が別次元を推奨してくれるから、うちとよそが理解しやすくなって、解釈に幅も出て」
「あたしは兎虎推しだけどね」
「他人は別次元なんだから兎虎とか無問題のはずなのに、ボクは何故かダメージ受けるんよね」
「アザミは虎兎推しだっけ」
「うん。 マイナーだけど」


自分の好きなカップリングを思い浮かべている最中、昔のことを思い出した。
剣士×料理家か料理家×剣士かで意見が分かれ、自分のタイムラインが大炎上していた時のことを。
あの時は別次元なんて考え方も無かったから、お互い叩き合うだけだったし。


「1時限目から3時限目まで歩兵訓練だから、アザミはシミュレーター?」
「だね。 高等部の3年は自習らしいから、ハルザを呼んでもらってる」
「一緒にできるんだ?」
「教官達も『優秀な人に教えてもらえるなら最高だろう』って二つ返事だったし」
「そんなもんなのね」


教室が少し騒がしくなってきた。
時間を見ると、始業まで5分を切っている。


「みんなー! ちゃんと席に座ってー。 出席確認したらすぐに移動なんだから」


クラスの皆と混ざってC組の担任【ホソカワ】教官が入ってきて、少し眠そうな声で言った。
ホソカワ教官、寝癖が直ってないし、また寝坊したんだな。


「じゃあ、みんな出席してるか確認するよー。 確認が終わったら、アザミくん以外は着替えを持って二階の更衣室に移動してねー」



――



現在、主力として運用されているセクタは「ズムウォルト」という。
ズムウォルトは操縦がしやすく、素直な挙動で応えてくれる機体だと授業で教わった。
でも、ボクが操縦するズムウォルトの場合、バックステップすればビルに激突し、水上を滑走しようとすれば、何かに脚部を引っ掛けて転び、機体は池の底に突き刺さって逆さまになる。


「アザミ。 お前、呪われてるんじゃないのか?」


ハルザはボクの操縦に頭を抱えているようだった。


「ボクは普通でーす」


ボクはHUDを外して伸びをする。


『噂以上のやつだな、アザミってやつ』
『声を抑えろよ。 聞かれるぞ』
『構うもんか』


ボクの操縦を見ていたらしい高等部の誰かが、笑いながら話している。
あなた達に迷惑をかけたわけじゃないでしょ?
それなのに、どうしてボクを馬鹿にしてくるんだろう。


「気にすることはない。 アイツらは成績がぎりぎりの落ちこぼれなんだから」
「わかってる。 ありがとう」
「ちょっと立ち上がってくれるか? シミュレーターから出たい」
「ん、OK」


ボクがシートから立ち上がると、ハルザはさっさとシミュレーターから出た。
そしてコンソールの側でしゃがみ、一本のケーブルを引き出して、スマートフォンと接続した。
有線接続は、大規模な整備の時に行うやり方のはず。


「なにしてんの?」
「お前のシミュレーターのデータを見る。 操縦データというよりは、機体そのもののデータを確認したいんだ」
「いや、意味無いでしょ」
「お前達が普段確認するのは、個人の戦闘ログやら基本的な部分までで、そのデータは整備士でもないただの教官が見るだけだったろ?
だから、このオレがもっと詳細な部分まで見てやるよ」


そんなことをしても無駄だと思うけど、止めないでおこう。
仲が悪くなるのは嫌だし。


「準備はできた。 アザミ、お前のIDだけ自分のスマートフォンで入力してくれ。 もう画面が表示されてるはずだ」
「この画面か。 ......入力したよ」
「これで整備モードに切り替えて、ログの吸い出しができるようにしつつ、ズムウォルトのソフトウェアを呼び出す......」


ハルザはスマートフォンを睨んだまま途中で手を止め、黙ってしまった。
バグでも見つけたのかな?


「なあ、アザミ」
「なに?」
「お前のズムウォルト。 どうして"2機分のデータ"がインストールされてるんだ?」
「え?」


ハルザの言葉の意味がわからず、首を傾げてしまった。
ボクは整備士を目指しているわけじゃないから、ソフトウェアのことはよく分からない。


「つまり、お前のズムウォルトは本来のデータを隠すように、偽の機体データを表示させるようになっているんだ」
「どうしてそんなことを?」
「知らねぇ。 だが、もう見れるようにはしたから、オレが見てやるよ」
「お願い。 ボク、ソフトウェア方面は素人だからさ」


エクサの頭脳は地球のものより高性能なCPUで構成されていて、個体によってはスーパーコンピューター3台分の演算ができる者もいると聞いた。
この手の作業は、ハルザに任せたほうがいいだろう。

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