学生 トヨシマ・アザミの日常

ノベルバユーザー220935

第1話

ボクは深呼吸をしながら、目を開ける。
目の前に広がる光景は、荒廃した市街地だ。
ただし、この景色は本物ではなくて、ボクが装着した専用のバイザーが映し出しているもの。
偽物でしかない。


「トヨシマ・アザミ。 準備はできたのか?」
「はい......。 できてます」


教官の通信に驚き、体がビクッと動いた。


これから、ボクは訓練を受けようとしている。


地球から10万光年離れた星系にある惑星【エテス】。
そしてエテスに住む生命体【エクサ】が地球にやって来て、人類とエクサが共闘。
エテスを襲っていたエイリアン【ズーシャル】と激突してから30年経った現在。
新たに組織された【国連宇宙軍】は世界中に士官学校を設立していた。


ボクは5年前に完成した【千葉新都心】にある士官学校へ通いながら、30年前の戦いで活躍した人型ロボット【セクタ】のパイロットを目指して訓練を受けている。


「おい、アザミ」
「なに?」
「また"先頭"譲ってやるよ」
「ああ......うん。 ありがとう」


性格が悪いことで有名な男子との通信が切れ、ボクは「またか」と呟きつつ、起動するセクタのシミュレーターの中で伸びをした。
シミュレーターでの訓練が行われる際、ボクだけは決まって隊の先頭に立たされる。
なぜかって?
その理由はね......。


――


『まーたアザミの機体がふらついてるよ』
『いつまで踊ってるか賭けようぜ』
『じゃあ、あたしはアザミが撃墜されて止まる、で3分』
『ウチはギリギリまで耐えるけど5分って予想しとくわ』


クラスメイトの笑い声。
オープン回線で聞こえてくる、教官たちのため息。
酔っぱらいのように動き回るボクのセクタ。


『アザミ。 どうして操縦はヘタクソなんだ』
「わかりません......」


ボクはセクタの操縦"だけ"は下手だった。
ある時は軽くスラスターを吹かしただけで転倒し、またある時は二歩目を踏み出そうとした直後にぶっ倒れる。
シミュレーターによる訓練で、まともに授業を受けられた試しがない。
歩兵として訓練を受けようかと考えたこともあったけど、パパとママの命令があるから無理だし、整備士やエンジニアを目指そうとしても勉強ができない。
だから、ボクはパイロットになるしかなかった。


『転倒はしてないんだな?』
「はい。 移動だけならギリギリできます」
『なら、隊の誘導と移動中の索敵にだけ専念しろ。 ズーシャルと会敵しても、戦闘には参加しなくていい』
「了解」


やっと機体のバランスを立て直したボクは、サブウインドウで後に続く部隊を確認した。
ボク以外の初等部3年の生徒たちが95名、高等部3年の生徒も96名。
合計191機のセクタがひとつの部隊としてまとまり、ボクの後を追っていた。


今回の訓練は、高等部3年との合同演習。
普段の訓練よりも実戦に近いセッティングがされ、初等部は高等部の戦闘を間近で見て覚えるのが目的だと聞いていた。
......ボクだけ恥をかいてるけど。


「おい。 先頭の」
「は、はいっ!?」


すぐ隣で滑走するセクタから通信がきた。
あれはたしか、高等部の人のはず。


「お前、シミュレーターの整備はしてもらってんのか? データにバグが無いかの確認は? そんなに機体が暴れるのは異常だぞ」
「実は、何度も確認はしてもらってるんですけど、異常は見つからなくって」
「そうか」


通信が切れた。
ボクの機体の動きが気になるのだろう。
少し落ち込んでいた時だった。
機体の警報が鳴り出し、レーダーが拡大され視界の中に割り込んでくる。


「ズーシャルの反応です! 数は不明!」


さっきまで話していた全員が一斉に黙った。
100mほど先の所では土煙が上がり、棘のある鱗をまとった芋虫型のズーシャルが姿を現す。
データベースでは中型に分類されるエイリアンだ。


「ボクは下がります。 あの、先頭はお任せします!」
「ああ、わかった」


ボクは先程話した隣の人に通信する。
そのまま機体を反転させようと、ペダルを踏み込んだ時だった。


大通りに乗り捨てられたマイクロバスに、機体の左脚部が引っかかった。
全高6mほどのマイクロバスは、全高15mほどのセクタには結構な障害物になる。
金属が擦れる音と共にボクの機体はバランスを崩し、そのまま転倒してしまった。


「なんでこんな時に!」
『またコケたの!?』
「すぐに立て直す!」


機体を起こそうとするが、そこであることに気付く。
ボクの機体が、誰かのセクタを下敷きにしていた。
この機体は、左隣に居た高等部の人の機体だ。


「ごめんなさい! すぐどきますから!」


機体を起こそうとした瞬間、背後に気配を感じた。
まだ距離があったはずなのに......あの芋虫が、棘のある鱗に覆われた太い尻尾を振り上げていた。
下敷きにした機体だけでも助けようとしたが、もう遅い。


倒れたボク達の機体に、エイリアンの尾が叩きつけられていた。

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