妖精の羽

ささみ紗々

柊二の記憶

ヘリコプターに乗り込んだ俺は、ずっと、そうずっと、考え事をしていた。何を考えていたのかなんてそんなこと、わざわざ言わなくてもわかるだろう?ほら、一人で誰かに問いかけを始める始末だ。俺はもう、末期かもしれない。
「はぁ……」数分たって、「はぁ……」何度も繰り返す俺を憐れむように、隣に座っている操縦士は横目で見る。

「そんなことない……!次は……次はそう、」
「あなたのもとへ、私が会いに行くから!絶対に!だから行って……あなたのいるべき場所は、ここじゃない!」

叫ぶように、懇願するように俺に言ったセッちゃんの言葉が、俺の胸に深く響く。
「はぁ……」
思い出す度ぎゅっと締め付けられる胸が、痛い。また、会えるのだろうか。


「しかしまぁ、よく生きてたよ!なぁ!!」
と言って俺の背中をバシバシ叩く山部は、いやはや本当に俺のことなんて心配してたのかというほどあっけらかんとしている。
芳樹はいつものように冷静な顔を見せるが、目は真っ赤だ。隠せてないぞ。
岡野は涙をぼろぼろ流しながら俺に抱きついてくる。
「おぇっ、いっ生きでで……ぇうっよがっだぁ!」
もはや何を言っているのかすらわからない。
「……芳樹、潤、陸人。本当にありがとう。迷惑かけてごめん。」
3人の顔が─主に山部と岡野の顔が─一瞬にして固まる。
気付かないふりをして首を傾げると、さっきとは比にならないぐらいの涙と鼻水をドバドバ流しながら、岡野が俺に抱きついた。
「やっと……七島だけじゃなくて、俺もっ!名前で呼んでもらえだぁア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
少し気色悪いので、軽く追い払う。
「おい、にやけてる」
芳樹が俺の肩を押す。いつもお調子者の山部も、この時ばかりはなんだかやけに静かでおかしいな、と思った。顔を見ると鼻の下が伸びていて猿のような顔になっている。……こちらも気色悪い。俺はどうしてこうも気色悪い奴らに囲まれてるんだ……?
そんなことを思いながらも、やっぱり嬉しいのには変わりなかった。認めたくはなかったが。呼び方一つでこんなに喜んでもらえるなら、いっそ変えてしまおう……七島芳樹、山部潤、岡野陸人、俺はいい友達に恵まれたな、なんて今更思ってみる。

「俺らも呼び方変えようぜっ!!」
潤がそうやって言ったので、みんな下の名前で呼び合うことになった。
今までは潤と陸人が互いに呼び捨て、俺と芳樹が互いに呼び捨てで、つまりみんな2人ずつ苗字呼びがいたってことだ。確かになんだかよそよそしいと思っていたが、いざ変えるとなるとむず痒い。今更思春期のような、照れくさい気持ちになった。

俺達は予定を変更して、俺達の家がある街に戻ることにした。さすがにみんな疲れきってしまったようで、せっかくの卒業旅行だったけれど、また今度どこかに出かけようという話になった。その時は俺のおごりらしい。


俺は家に帰ると、部屋に戻り、ベッドに横になった。一人暮らしの部屋は物寂しく、誰も、何もやってこない。なんだか無性に、誰かに会いたい気分だった。
あの子は……セッちゃんは、今どうしているだろうか。まだあそこで泣いているだろうか。それとも、あの言葉通りに会いに来ようとしてくれているのだろうか……?
いろんな考えが頭の中を巡る。会いたい。まだ別れて一日もたっていないけれど、彼女に会いたい。ただ、それだけだった。
心の中を満たすものは現代の科学技術だった。つまり携帯やらテレビやら、そんなものだった。
画面の向こうのニュースキャスターは、遭難した男性が見つかった、と事務的に話していた。俺のことがニュースになっている!と驚きはしたが、それでも一緒に驚く相手はいない。何をしても、何を見ても、辛かった。


あの日から、三日たった。
四人とも就職先が決まっていたので、荷物を運んだり、必要なものを買い揃えたり……そんなことをしていると、めまぐるしく時間は回っていった。
俺は決まって夜になると、あの日の星空を思い出していた。春の大三角形をそっと指で空中に描いてみる。

「これが、アルクトゥルス」
「デネボラ」
「スピカ」

一人呟いていると、優しい風を頬に感じた。
目を瞑ると、あの日のことが忠実に、頭の中で再現されていく。背中に草を感じ、隣でセッちゃんが横になっている。ふっくらとした唇から漏れる吐息が、暗い空に白く輝いた。


次の日、俺は荷物をすべて学校へ運び終わった。これから通うのは、「公立 星蘭高校」。
白い外壁に塗られた校舎には、大きく「輝け 星蘭」という文字が見える。明朝体のその文字と真っ白な壁に気圧されて、少しだけ俺は緊張した。
まだ生徒は春休みで登校してきていないが、部活動をする威勢のいい男子生徒の声が、グラウンドの方から聞こえてきた。
俺も部活を持つことになっている。新学期が始まる前から行くことになっている。俺が持つのは、卓球部だった。

中学の頃三年間、楽そうだからという理由で卓球を始めた。実際やってみると案外……いや、相当楽しかった。奥が深いスポーツだと思う。普段できない攻撃やサーブが入った時の嬉しさは、飛び上がって喜びたくなるほどだった。

経験したことのある部活だったので、俺は正直ワクワクしていた。今日は行かないが、自己紹介をしに近々顔を出すだろう。


職員専用の玄関から入り、自分のスリッパをとり、代わりに外履きの靴を入れる。
スゥーっと息を吸い込む。新しい、木の香りがした。
ここには荷物を運びに何度も来ているが、ちゃんと教師になったのだという実感が湧いたのは、今日が初めてだった。ちゃんとやっていけるが不安だが、夢を叶えられたのだから、頑張りたい。

そういえば……セッちゃんともこんな話をしたな。俺の、夢の話。セッちゃんは頑張れって言ってくれた。
あれから、どれだけの日にちが経っただろう?夢を叶えたよって、伝えたい。

階段を上がり、職員室へ向かう。壁に貼られたポスターには英検やGTECなどの情報や、学校の新聞などが貼ってある。軽く横目で流しながら、俺は職員室の扉を開いた。
広い職員室にはたくさんの机がならべてあり、入口近くにコピー機やプリントを整理するボックスが置かれてある。俺の席は一つ目のグループの、右から三番目。手前に六個ずつ机が並べてあり、向かいに六個。それが三グループあり、学年別で分かれている。
席はまだ綺麗なままで、私物はほとんど置かれていない。何年もこの学校に通う先生の机には、写真や手紙、キーホルダーなど、生徒からの貰い物が置かれてある。
俺も、頑張ろう……そう思って、席につく。持ってきていたお弁当を食べて、俺はプリントを作成する予定だった。

弁当に入れた白身魚を食べながら、セッちゃんのことを考えた。
あの日俺達は缶詰をあけて一緒に食べたんだ、思い出す。
人間の食べ物を食べるのは初めてだと嬉嬉として語るセッちゃんがなんだか可愛くて、たくさん食べてと言ったが、
「柊二君のがなくなっちゃう」
と言われてしまったのだ。

元気にしているかな。ちゃんと笑えているかな。あの城はまだちゃんとあそこに建っているかな。
いろいろ、いろいろ、考えていたら止まらなくなって、俺は夢中で弁当を食べた。肉の味もほうれん草の味も梅干しの味も、何もわからなかった。


ズン、と頭に衝撃が来た。あいたたた、と頭を抑える。鈍器で殴られたような……?いや、そこまで酷くはない。重いものが一瞬のしかかったような、そんな感じの痛みだった。
梅干しの跡でほんのりピンク色になったご飯を、思わず落としてしまう。
「あぁっ」
買ったばかりのスーツにご飯が付いていた。
まずなんで俺は今日、スーツを着てきたんだ!?

何かを考えていたような気がする。……何だったかな。

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