妖精の羽

ささみ紗々

ムッシュの話

──あれはそう、わしがまだロレンダとも出会っていない頃のこと。


「暇だなあ!!」
大きく輝く空を飛びながら、独りごちていた。
ふと目を落とすと、いつの間にか夏の始まりが来ていたようで、せっせせっせと植物の妖精が働いているのが見えた。
その横では羊やらウサギやらがもしゃもしゃと餌を頬張っていた。いつの間にか自分の住んでいた雪原からとても遠いところまで飛んできてしまったようで、見覚えのない景色が広がっていた。それにしても暑い。


目が覚めると、そこは小さな小屋の中だった。体を起こすと、
「あら、目が覚めた?」
声が聞こえる。声の主を探しキョロキョロすると、椅子に座っている妖精が見えた。

「覚えてないの?あなた、空から急に落ちてきたのよ」

……そうか、慣れない暑さに気を失って、そのまま落ちてしまったのか。
「ありがとう」
ぼそりと呟くと、
「どういたしまして!」
まるで満開の花のような笑顔が返ってきた。
「ここには妖精は私しかいないの。寂しいわよね……
あなたは?どこから来たの?その様子だと雪の妖精かしら」
「うん、暇で空を飛んでいたら、いつの間にか雪原を離れてしまってて……」
「雪原?また随分遠くからやってきたのね」
やはり、相当遠いようだ。
落ち込んでいると、
「ねぇ、せっかくだから私の話を聞いていってよ!久しぶりに妖精に会って、私嬉しいのよ。私はサラ!よろしくね!!」
ニコリと笑顔を向けられ、こくこくと頷く。……まぁいいか。どうせ暇だったんだし。


「私ね、羊になりたいんだぁ」
「へ?」
「自由じゃない、羊って。モコモコの毛に包まれたからだ、愛らしい顔、太陽の下で照らされて生きる羊がもう……これでもかってくらい、大好きなの!」
この子、頭大丈夫か?……そう思った。

「それでね私、いろいろ調べて、シャルロット様を見つけたのよ!」
誰だそれ。
この不思議な発想をした妖精は、赤くなった頬に手を当てて身をよじりながら、興奮気味に話す。

「えっ、シャルロット様を知らない!?……うそぉ、そんな人もいるのね!彼女は私の神様みたいなものよ、お母様から彼女の話を聞いていたから、私はもうすっかりファンになっちゃって!!」

だんだん高くなる声のトーンに気圧される。

「彼女なんでもできるの!本当に魔法使いなのかしらねー?すごい人がいるってお母様は言っていたけれど、本当だったわ!私が羊になりたいってお願いしたら、彼女、快くオーケーしてくれたの!」

シャルロット……魔法使い……?そんな話、聴いたことがない。

「その……シャルロットさん?は、どこにいるの?」
「空の上よ」
「……は?」
「あら、信じられないのなら行ってみる?雲の上に城があって、そこにひとりで住んでいるの」
「いや!いい!!!」
なんだか危なそうな話になってきたのでとりあえず断る。


その植物の妖精─サラは、本当に羊として暮らし始めたようだ。
あの後、自分が暮らしていた雪原へ無事に変えることが出来た自分は、もう1度サラとあった場所に行ってみたのだが。そこにはサラの姿はなく、代わりに羊が一匹増えていた。
近づいてみてみると、1匹だけなんとなく違う羊がいた。その羊は、彼女の綺麗な茶髪によく似た毛が何本も生えていて、彼女と同じ、青い目をしていた。

不思議な出会いだった。違う生き物になっただけで、全然別のもののようだった。もとはあの子なのに……

「あら、この前の!本当に羊になったのよ、いいでしょう?」

メェェェメェェェとなくその羊は、自慢しているようにも聞こえた。
シャルロットか……世界にはまだまだ知らないことが沢山あるのだな。


──という、幼い頃の思い出。
「あれからわしは、たくさんのことを知るため、多くの地へ足を……羽を運んだ。そこで出会ったのが、お前さんのおばあちゃんであるロレンダじゃ。
……どうか?参考になったかな?」

「シャルロット……空の上……ありがとう、ムッシュさん!すっごく参考になった!」
「……もしやお前さん、妖精を捨てて他の動物に…?」
「やりたいことが出来たのよ!ムッシュさん、本当にありがとう!長生きしてね!」

「なんだか、ロレンダの若い頃を見ているようじゃな……」
走り去るセツナの後ろ姿に、ムッシュは呟いた。

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