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ささみ紗々

#13 大江戸温泉物語

 左手には有名な山、右手には水族館『オーシャンEGG』。
 三車線あるうちの真ん中を、時速七十キロで走る車。
 通り過ぎる景色、水族館が見えなくなったら反対車線に歩道が見えるようになる。等間隔で並ぶ木。その向こうに海。

 海と山に囲まれた道路を抜けたら、高校の近くでは見られないほど多くの店やホテルが連ねている。
 広場みたいなところではフードフェスタが開かれているらしい。白と赤のストライプで出来たテントの周りに、人が大勢集まっている。


「ダメ! ダメだって、ああああぁあぁ~!?」

「はっはっは! ざーんねん、俺の勝ち」

 車の中で繰り広げられるバトル。悶えるうみちゃんと、そんな彼女を腹立つ顔で見る袴田。こんな表情も、ファンからしたらレアものなのかもしれない。

 僕らが何をやっているかというと、誰でも知ってるババ抜きだ。
 僕、竜太郎、ミッキー、ヒメはさっさと終わらせて、戦いを傍観していた。袴田はうみちゃんを弄んでいたも同然、僕の彼女は表情に出やすいのだ。

「ぐぬぅぅ……もう一回!」

「どれだけやっても勝てないんじゃないの?」

「うるさあああい!」

 喚くうみちゃん。シャッターチャンスだねっ! 撮っちゃお撮っちゃお! みんなスマホを構える。文明ってすっごーい!


「みんなウキウキだねぇ」

 優しい声で言うのは、うみちゃんのお父さん。
 当初は電車で行くつもりだったのだが結構な金額になるということで、うみちゃんのお父さんが運転をかってでてくれたのだ。
 顔はほんとほわほわしてて、うみちゃんのクールな感じはあまり窺えない。お母さん似なのだろうか?


「ウキウキですよ~! こういうの、初めてですもんっ」

「ほんとありがとうございます! 助かりました!」

 ミッキーと竜太郎、だいぶ食い気味だ。

「いやいやいいんだよ……ふむ」

 お父さんはバックミラー越しにこちらを一瞥し、二人の関係を瞬時に把握したようだ。ニヤつく顔はわかりやすい。

「すると、うみの彼氏さんとやらはそちらの……」

 僕と目が合う。ん? 普通は、仲良さそうにトランプしてる袴田だと思うものでは……?

「ははっ! うみから結構聞いているからね。特徴なら知っているんだよ」

「あっ……」

 うみちゃんを見ると、真っ赤になった顔はトランプで見えないように隠されていた。いや、見えてるんだけど。

 ……そっか、僕のこと話してるんだ。……結構嬉しいものなんだな。

「僕、浦田 舜って言います! うみちゃんとお付き合いさせていただいてます!」

 握りしめた拳に滲む手汗。緊張しているとかではない。あの、いつもの事なのだ。手汗。

「改まらないでよ、舜くん。うん、うん……。うみのこと、よろしくね」

「はいっ!」


『目的地に到着します』

 丁度いいタイミングでカーナビが告げると、トランプもキリが着いたようで皆まっすぐ座り直した。


「よし、降りていいよ~」

「「「ありがとうございました!」」」


 軽く手を振って別れた僕らとうみちゃんのお父さん。別れ際、耳元で「避妊はしなきゃダメだよ」と言われた。にたっと笑うその顔に、少々恐怖を覚える。女の子の父親が、こんなこと言うなんて……!


「ん~! いい天気!」

 両腕を空に掲げて、白いスカートをはためかせるヒメ。その隣ではミッキーとうみちゃんも、同じようにググッと伸びをしていた。

「行こかー」

 袴田の声に振り向いた三人と、僕と竜太郎、六人は駐車場を抜けて、目の前のでっかい建物を見上げる。

『大江戸温泉物語』

 今日泊まる場所だ。最近出来たホテルで、いろんな施設が揃っているらしい。
 以前行った友達のインスタのストーリーに様子が載っていた。めちゃくちゃ楽しそうだった。




「うっひゃあ~綺麗~!!」

「オーシャンビューってやつだね!!」

「いい匂いする~!」

 女子が三人きゃあきゃあと嬉しそうに声を上げている傍ら、男子は声なく感動していた。

 部屋に入った時の窓から見える景色。海が眼前に広がって、晴れ渡った空の色と溶け合う水平線。

 あ、ちなみに部屋は男女別です。もちろんのこと。




「浴衣選べるんだってっ! 私これにする!」

「漫画やべえ! めっちゃある!」

「夜はカラオケしたいなぁ~」

「ケーキフェア! アイス!」

 弾んだ声は、僕の胸にも届く。次第に緩みが止まらなくなる頬。
 今年はもう受験生。高校生でこんなことできるのも、これが最後かな。


「ていうか、私服どう?」

 うみちゃんが恥ずかしがりながら聞いてくる。強がってるのが見え見えだ。なんて言ってほしいのか、とか。

「めっちゃ可愛い、です」

 実際可愛い。ギンガムチェックのワンピースに身を包んだうみちゃんは、普段制服の時よりもずっと可憐なお嬢さんに見えた。
 ……ただ一つ、胸がない。

「どこ見てんの!!」

 バシン!! 叩かれた背中がじんじんした。

 ☆


 ──ちゃぷん。
 手でひとひらすくった水が零れる。

 午後三時から入ってもいいことになっている露天風呂。外の景色は絶景で、まだ明るい空に浮かんだ真っ白な雲が、眩しく自分の存在を主張していた。
 迫る空に圧倒されつつ、私はほっと一つ息をつく。


「うーみん、怪我? 最近ここずっと貼ってるけど」

 スッポンポンなのを気にせずに体操し始めたミッキーが、自分の首をとんとんと指差しながら言った。

「そう、それ気になってたんだよね。……まさか、舜くんにやられちゃった?」

「やられる? なにを?」

 ヒメはミッキーと顔を見合わせる。火照った頬は赤く、ヒメは色っぽい。ヒメの頭の上でいつもよりルーズに結ばれたお団子が、ぼよよんと跳ねた。

「キスマーク、とか……」

「!? ない、ないないない!!」

 顔に熱が通る。血流ぐるぐる、ぼふんと大爆発。
 キスマーク、キスマークってあの、いわゆる内出血のやつだよね? クラスのイケイケの子達が首筋とか鎖骨あたりにつけてるやつだよね?

「そんなわけ、ないじゃあぁあああ#@&%→☆」

 ぼごぼごぼご。お湯に身を委ねて私は消える。

 こんな会話でさえ……女子高生なら誰でもするような会話でさえ、私にはすごく新鮮で。恥ずかしさと同時にこみ上げてきた感情に、少し戸惑う。

 こうやってヒメやミッキー、舜くん達といると、自分が普通の女の子になれたような気がして嬉しい。いつまで隠し通せるかわからない自分に定められた運命、そんなのも全部忘れられそうで、いっそなくなりそうな気もする。

 ──このまま、普通の女の子になれたらいいのに。


「ちょっと、意識ある!? 溺れてない?」

 ぐいと引き上げられる。

「いつまで潜ってんの!」

 目の前にミッキーの怒った顔。心配したんだからね! と告げる彼女と、脇で眉を下げてこちらを見るヒメ。ごめんね、私のせいで、と。

 ううん、違うの。私は首を振る。ブンブンと飛び散る水滴にミッキーは顔をしかめ、私から離れる。

「ヒメって、胸デカイよね」

 思わず口をついて出た言葉に、二人は笑ってくれた。





「ねぇちょっと、ちょっと!? わわ、ひゃわああああああ!」

 白地に水色の小さな花が描かれた浴衣の向こうに、豊満な胸がチラリ。膨張色でも全く気にならない、むしろ細すぎて気後れしてしまうようなスレンダーな体つきなのに、どうして胸だけはこんなにでかいのか。

「あれだよね、もう七不思議だよね」

「ほんとそれね」

 私とミッキーは真顔で彼女の胸をふにふにし続ける。というかミッキーは揉んでる。がっしりと。
 ヒメは口をワナワナさせながら顔をどんどん赤らめて……

「やめなさあああい!!!!」

 二人同時にビンタされた。いひゃい……。


 濡れたままだった髪をざっと乾かして、ヘアバンドで後ろに持っていく。
 その間にチラリと見たヒメの胸はやっぱり大きくて、ミッキーは残念なくらいに小さかった。人のこと言えないけど。

 紫地に白く大きい花が咲いた私の浴衣と、白地にピンクや黄色の蝶が飛ぶミッキーの浴衣。ここは本当にたくさんの浴衣があって、しかも自由に選べて、最高だと思う。女心をわかってる。
 ……可愛いって言ってくれるかな、と淡い期待を抱く。





「なんすかせんぱぁぁぁいそれめっちゃ可愛いじゃんすかぁァ」

 にへらと破顔する舜くん。可愛いって言ってくれたけど、なんか違くない??

「え、酔ってんの?」

 ヒメが引いたような目で見ると、竜太郎くんと袴田くんは首を縦に振った。

「なんか遊ぶのが嬉しかったんだって」

「この空気に酔ってんの」

 失笑するヒメ、ちょっと頭のおかしくなった私の彼氏。
 竜太郎くんはミッキーを見ると目を見開いて飛んでいった。「きゃわいいいいいいいいいいい!」聞こえた声は甘々の萌え萌えだった。




「てかさぁ、二人はなんで付き合ってるわけ? きっかけは?」

 みんなで取りに行ったアイスを囲んで、席に着く。
 私とヒメはイチゴ、ミッキーはチョコミント、舜くんはチョコ、袴田くんはブドウ、竜太郎くんはクッキークリーム。自由らしいからまた後で取りに行こっと。

「んん~、美味しいっっ!」

 ひんやりとしたの上で溶けるイチゴのアイス、鼻の奥に広がる香り。幸せ!

「え、俺の質問は無視なの?」

 袴田くん。

「それはねぇ、野暮ってもんだよ」

「僕達はとある休日、そこで運命的な出会いを果たしたのです……天使のような歌声が聞こえ、僕の足はそちらへ向かいました。その奥に見えたのがそう、彼女、池水うみなのです。美しく可憐な少女、それでいて闇を抱えたミステリアスな部分を秘めた彼女、僕はあっちゅう間に惹かれました」

「おい」

「ひゃぁぁ~、一人語りが始まったよ」

「酔ってんなあ」

「まァあの日のうみちゃんといえばわがままで傍若無人な振る舞いのオンパレード、しまいにゃ泣き出す始末。ついていけませんわぁ」

「おい」

「なに、ここに来る前失恋でもしたの?」

「おおっとそれは新事実!?」

「そこのところどうなの??」

 みんながこっちを見る。

 違う。

 違うよ、私はずっと彼だけ。

 舜くん、あなただけなんだよ。

「私、あなたが初めてだよ」





「んんぁ、もう満腹……食べられない」

 ミッキーがはだけた浴衣を気にもせずごろごろと畳の上で寝そべる。男子とは別の部屋だから、こんな光景も大丈夫。竜太郎くんが見たら卒倒しそうだなぁ。

「でも、びっくりだわ。うーみん初めてって、ホントに?」

「ほんとだよ、嘘ついてどうするのさ」

「なんでこんな可愛い子がねぇ……てか何で舜なの? そんなイケメンだった?」

「こら海希、そんな突っ込まないの」

「そんなこと言いながらヒメだって聞きたそうじゃん」

「……あの人、歌詞書いて賞とったでしょ。その様子、ネットで見て、凄いなって、前の学校で色々あったから転校するってなって会えるならと思って、きたの」

「おわ、ロマンチック」

「てかなに舜賞とかとってんの? ひゃ~初耳なんだけど」

「一目見た時、運命だと思った。この人だ! って」

「ぎゃ、一目惚れってやつ?! そんなんリアルであるんかっっ!」

 いつの間にか起き上がったミッキーは、やや食い気味で私の話に頷いたり大仰に仰け反ったりする。
 ミッキーはつくづく不思議な元気っ子って感じがするけど、なんか守ってあげたいって気持ち、わかるなぁ。
 ヒメも最初はミッキーを鎮めていたけれど、私が話し出すとやっぱり聞きたかったのかニヤニヤしながら私の話に耳を傾けていた。全く、素直じゃない。

「ミッキーは? 竜太郎くん、なんでなの?」

「ぎょえ~! そう来たか……」

「そりゃそうよ! ほらほら、吐きなさい」

 私とヒメでミッキーを囲む。某有名ネズミをねずみ捕りでとる光景が目に浮かんだ。ごめんなさい。

「今年の四月に同じクラスになって、元気な人だなあってずっと思ってたの。そしたら文化祭の時に同じグループになって、仲良くなって……でも好きって感情はわかんなかったの、『ただ取られたくない、一番の友達』って感じで」

「あるよね~それ」

「え、ヒメあるの」

「……まぁいいから、それで?」

「そっからはずっと変わんなかったんだけど、その……うーみんが来るちょっと前くらいから、向こうの態度が変わって。あ、好いてくれてるのかなって」

「うんうん!!」

「それで!」

「で、うーみんが来てからちょっとして告られて、返事はバレンタインに」

「それまで何で返事してなかったの? バレンタインまで待ってもらってたってことでしょ?」

「んー、関係性壊れるのが怖かったしね」

「壊れる?」

「別れたら前みたいに話もしなくなる。もしかしたら嫌いになることだってあるかもしれない。そう想像したら怖くて」

「そっかぁ……別れ、かあ」

「海希も考えてるんだね、私今まであんたのことパッパラパーだと思ってた」

「ひゃはっ! 間違いないわ~!」


 コンコン。
「入っていー?」


 まるでミッキーの話が終わるのを見計らっていたかのように、襖の向こうで声が聞こえた。

「今の話、聞こえてないよね?」「大丈夫しょ」

 小声で交わして、ヒメが襖を開ける。

「カラオケしようや~」

 今晩は、まだ先が長そうです。

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