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ささみ紗々

#11 断章

 朝から晩まで、ネットサーフィンに明け暮れた日々を過ごしていた時期があった。
 もちろんずっとって訳じゃない。たまにはテレビも見たし、参考書だって読んでた。でも、手が離せなかったのはネット。最初はパソコンで。携帯を買ってもらってからはずっとそっちで。学校にも行かず、外にさえ出ることはほとんどなかった、あの日々。





「ふぅ、」

 ため息をひとつ吐いた。ため息を吐くと幸せが逃げていく、そんなことを聞いた気もするけど、今更だ。私に幸せなんて来ない。来たとしても、どうせすぐに終わるんだから。

 私の年が二桁になるかならないかくらいの、誕生日の日、趣味も持てずに暗かった私に、父が買ってくれたかっこいいギター。見た瞬間に鳥肌が立って、私は虜になった。
 そんなギター。思い入れの深いギター。壁に立てかけてあるそれを見て、私は立ち上がった。

 ほんの少しだけ埃をかぶったそれを、久しぶりに持ち上げてみる。少し持たなかっただけなのに、私の体はだいぶ大きくなっていたのかもしれない。結構軽く感じた。

 気分転換に、ひいてみよっかな。

 ピックを手に取り、弦を弾く。ギターが私の想いに呼応して、喜んだように音を出す。


 奇跡なんていらないから お願い
 ずっとそばに あなたのそばにいさせて


 ゆっくりと音を奏でながら、合わせて声を出していく。
 歌は、好きだ。ただ言葉じゃ誰にも届かないはずの思いは、もしかしたら歌に乗せると誰かの元へ届くかもしれない。
 そしたらみんな、私のこと忘れないでいてくれるかもしれない。

 この時不意に、本当に不意に、私は外に出たくなった。




 久しぶりの外の空気は暖かくて、私はその時ようやく春だということに気づいたのかもしれない。ネットを漁ってばかりの日常に、新しく広がった景色。画面上では絶対味わえないものだ。
 今の時間はまだ学校中だろうし、知り合いに出会うこともないだろう。バッチリメイクも決めてきた。仮に出会ったとしても、私だとバレることは無い……と信じよう。



 駅前の、中央噴水広場に向かう。何時までそこにいるかはわからないが、とにかく人が集まる場所へ。
 私の生きた証を残したい。誰かの中に、残していてほしい。突飛な発想だが、私だってずっとこもってちゃダメだなとは思う。
 都会はチャレンジするには便利だ。生きにくい面も少なからずあるけれど。



 案の定、広場は待ち合わせをする人や、駅の利用者、ただ通りかかった人など、多くの人で賑わっていた。
 私はおもむろに、抱えていたギターケースを下ろし、ギターを取り出す。

 ビィィィィ……ン

 異質な音に、その場の人はほぼ皆こちらを向いた。
 何が起こるのだろうという好奇心と、またこんなことかと呆れているような表情。まちまちな反応に、シンガーソングライターとか目指してる人の凄さを思い知る。路上ライブなんて、なかなかやり続けられるもんじゃないな、と。たまたま気まぐれでここに立った私なんかより、ずっとメンタル強いに決まってる。

 私は一つの願いを込めて、深く大きく、息を吸った。




 目を開けると、そこには大勢の人がいた。ずっと目を瞑っていたから、沢山集まってくれていることに気づかなかった。
 見回してみると、涙を流して立っている人もいれば、祈るように胸に手を当てている人もいる、驚いたようにこちらを見る人もいれば、体を揺らしながらリズムに乗っている人もいる。

 あ、どうしよう今すごく……嬉しい。

 今まで芽生えることのなかった感情が、私の心にふわりと浮かんだ。どうせ終わる命だと達観したように考えていたけれど、こうやって残りを生きるのも悪くないと思った。というより……こうやって生きたいと思った。同時に目頭が熱くなる。


 生きている意味とかもうわかんないし
 でもやっぱ生きたいって思っちゃうし
 神様は無情だ 涙が止まらないよ


 馬鹿みたいにタイミングがいい歌詞に、私は嘲笑する。目からは涙が出てくるし、それでも声は出し続けなきゃいけない。
 私は誰にも覚えられないまま、誰の目にも止まらないまま? そんなの嫌だよ。生きたい、生きたい、こんな力いらないよ!


 神様は無情だ だってずっと願ってるのに!
 こんなに生きたいって 死にたいなんて誰も望んでいないのに!
 無情な世界に満ちた偽善を 笑えるほど抱えて
 生きたい 生きたいと思う
 だからお願い神様 あと少し私を待って


 ゆっくりとフェードアウト。完全に静寂が訪れた時、私は鼻をすすった。あーあ。マスカラ落ちたかな? かっこ悪いなぁ。

「へへっ」

 どうしたらいいか分からなくて後ろ頭をかく。見られてるなあ。と、思った瞬間。

 パチパチパチパチパチパチ!!!
「すごい!」「プロ!?」「名前はなんていうんですか?」「かわいい!」「いくつ!?」「ありがとう!」「感動しました……」「ファンになりました!」

 そこかしこから聞こえる声。静寂が破られて訪れた多くの歓声。
 これが、全部……私に向けられたもの……?

 みっともないほどに涙を流す。ついでに鼻もダバダバ。視界は非常に悪い。でもあの塗りつぶされたキャンパスよりは断然いい。すごい、すごい。生きてて、よかった。


 やっと涙が落ち着いてから、私はゆっくり口を開く。

「ありがとう、ございました。名前は……うみです。またいつか、お会いできたら嬉しいです。本当に……ありがとう」

 深々と頭を下げる。感謝しかない。歌はすごい。こんなにも力をくれる。歌が好きだ!


 ウキウキ気分で家に帰ると、私は早速余韻に浸った。学校になんて行かなくても、私は生きていた証を残せる。ここにいたんだよって、わかってもらえる。
 ベッドの上に置きっ放しだった携帯を手に取り、ツイッターを開く。この気持ちをバーッて書いちゃいたい。フォロワーはネットの人ばかりなんだけどね。それでもこの空間は落ち着く。

 自分のプロフィールへ移動する。……おかしい。何かの間違い? フォロワーが……今まで数十人しかいなかったのに、どうしてか……千人越えしていた。いや、どうしてかなんてそりゃわかる。わかるけど、わかるけど! そんな一気に増える!? 軽くホラー……。
 ユーザーネームはうみ。どこ住みかまでご丁寧に書いた過去の自分に苦笑。
 もしかしてと思いエゴサーチすると、有難いのか、小っ恥ずかしい動画が載っけられていた。

「ふはっ! ……私って、すごいのかも」

 またも滲んできた涙。いつの間に私はこんなに涙脆くなってしまったのだろう? 冷たかった心が溶けていくよう。でも、少しだけ後悔。これじゃ、死ぬの辛いじゃん……。

 いくら泣けば涙は乾くのだろう。なんで私は他の人と違うのだろう。ほんと、神様は無情だ。こんな力いらない。なんの役に立つって言うの?

 椅子に深く座って、背もたれを使って頭をだらりと後ろへやる。黒い髪がストンと落ちたのを感じる。窓の向こうには真っ青な空。さっきまであっちにいたのかと思うと、なんだか変な感じがした。


「こんな時は、好きな歌聞くに限るね」

 呟きながら、頭を元に戻して『ZUCK』と打つ。出てきたのは新曲動画。そういえば、まだ聞いてなかったな。
 話題の欄でスクロールしていると、気になる記事が目に入った。
『好きなアーティストはZUCKです。そう答える有望作詞家──』
 ……サイトのURLが載っている。気になってタップしてみると、すぐさま画面は移り変わった。

 どうやらパールクォーツの新人作詞家コンテストらしい。コンテストと言っても、これで作詞家になれる訳では無い。有望作詞家を発掘する、そのためのコンテスト。確か優勝歌詞は、合うアーティストと作曲者を見つけて歌にする……とかそんなんだった気がする。少しでも歌をかじってる人は、知っている常識。

 へぇ、今回の優勝、この人が獲ったんだ。

『高校一年生、期待の新人! ピュアな気持ちを綴ったラブソングで、見事審査員の心を射止めた!』

 ラブソングか………………似合わない。失礼だけど似合わない。いや、モブっぽいとかじゃなくて、なんか似合わない。
 画面の向こうで照れたように笑うその人は、私とは別次元にいる人だった。あぁ、この人、充実してる人だ。……だからこそ似合わない。こういう人は、ラブソングなんて書かない。

『君に届けます
 自分史上最高にビッグな愛を
 ちょっと恥ずかしいけど それでも好きだから
 ずっとそばにいてほしいなんてことは言わない
 無責任に余計な言葉より
 たった一言「愛してる」』

 一部抜粋された歌詞を見て、私はなんだか笑えてきた。バカにしているわけじゃなくて、なんだかすごく真っ直ぐだったから。私と同い年の人で、こんなに真っ直ぐに人を愛せる人がいるのか、そう思ったら笑えてきたのだ。……私の学校の人とは大違い。

「会ってみたいな、この人」

 画面の中の彼をなぞりながら、そっと声に出して言ってみた。

 ZUCKの新曲は、また今度聞くことにする。この人の歌詞が、顔が、頭から離れないからだ。こんな気持ちで聞いたって頭に入ってこないに決まってる。

 ぎゅっと締め付けられたようなこの気持ち。初めての感覚。
 ベッドに仰向けになり、手を天井に向かって開く。グーパーと手を開いたり閉じたり繰り返すと、私も普通の女の子になれた気がした。

「舜……浦田、舜。素敵な人だな」

 両親を利用するのは悪いと思ったけど、結構近くに彼がいるということで頼んでみることにしよう。残り少ない私からのお願い。こういう時だけ都合がいいのもどうかと思う。私はわがままだ。うん、間違いない。


 目を閉じると、すぐに睡魔が襲ってきた。まだ夕方。今から寝てもすぐ起きなきゃいけない。でも、一度襲ってきた睡魔はなかなか離れてくれない。
 そのまま深い沼に落ちていくように、私は夢の世界へ入っていった。

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