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ささみ紗々

#10 プレミアムウィーク~卒業式

「校長、式辞」

 立ち上がった校長先生が、来賓や保護者にむけて礼をする。壇上に上がった彼は、そのまま咳払いをひとつして言葉を発する。

「桜の鮮やかな色さえ目に飛び込んでこないものの、だんだんと近づく春らしい天気に、心踊らせる日々。まさにそんな日であります今日この日に、卒業式を迎えられたこと、ワタクシは非常に嬉しく存じております。ワタクシは、彼らと同時にこの高校に赴任してきました。まだ一年生だった彼らは……」

 ふわぁああ。眠い。
 うちの校長先生はやたらと話が長い。どこの校長先生もだいたい長いものだろうとはわかっているが、なんというか……うちの校長先生は話が下手なのだ。何が話したいのかわからない。そんなこと、口が裂けても本人には言えないが。

「……というわけで、今ここに座っている若き芽たちが、ぐんぐんと成長し、やがて大きな木になることを祈っております。社会で活躍する木に、人を守れる木に。そうして……」

 今日は比較的話がまとまっている。まぁ、事前に書いてあるものを読んでいるからなのだろう。

「ワタクシたちが皆さんに力を添えるのは、今日までです。みなさんの中には未知の世界に飛び出すことに不安の人もいるでしょう。しかし高校時代という期間を、この高校で、ここにいる仲間とともに過ごせたこと、みなさんは忘れてはなりません。その思い出を糧に、新たな世界で頑張ってください。
 保護者の皆様、来賓の皆様……」

 もうそろそろ終わる。

「浦田」で三組前列の僕は、先生から見られやすい位置に座っている。ちなみに「池水」は出席番号だと隣だ。へへっ。

 と考えている間に、校長先生が壇上から降りていた。続いて卒業生の挨拶や記念品の授与など、まだまだ面倒くさいことが残っている。が、校長先生の話と比べると、まだ短いし我慢できるだろう。


 卒業式の終わりに、僕らの学校では『蛍の光』を歌う。テレビで見るようなJ-popを歌う慣習はない。つまらぬ。
 左隣から寝息が聞こえる。なぜこのタイミングでこの子は寝るんだ。




 卒業生が全員退場し、来賓の方々も順に去っていく。
 少し待って、僕らも体育館から出る。重苦しい雰囲気のまま終わった卒業式は、あまり僕らに感動を与えなかった。というかみんな言っていたんだけど、初めて顔と名前が一致した人さえいた。


 いい天気だ。暖かい日光が僕らに降り注ぐ。
 大きく一つ伸びをすると、途端に眠気が襲ってきた。
 隣に立つうみちゃんは、だいぶ目が覚めているようで、ニコニコと笑顔が溢れて止まらないようだ。気持ち悪い。

「どしたの?」

 聞いてほしそうなので聞いてみる。

「楽しみだなって思って!」

 花が咲いたように笑ううみちゃん。たぶん、すぐそこまで迫ったトリプルデートのことだろう。
 真っ黒な髪が陽を反射してキラキラと輝いている。暑そうだ。現に暑いのだろう、今日は珍しく髪をくくっている。可愛い。


 教室に入り席に座ると、僕はそのまま突っ伏した。いつもなら邪魔してきそうな奴らが今日は来ない。僕は微睡みの中で、うみちゃんの声を聞いた。

「あと、134」

 どういう意味だろう? 教室の喧騒の中で、どうしてだろうか、うみちゃんのそのか細い声が、ひときわ響いて聞こえた。今すぐうみちゃんに聞いてみたい気もするが……あとでで……いっか…………。




「なんで誰も起こしてくれないんだよお!!!」

 からっぽの教室に、僕の声が響き渡った。何が嬉しくてこんな仕打ちを受けなきゃならんのだ!

 一度終礼をしたはずだから、みんな僕が突っ伏して寝ているのに気づいていたはず。起立とか着席とか、そういう動きに一人取り残され──しかもそれに気付かないで、気持ちよく寝息を立てていたであろう数時間前の自分が情けない!

 僕は自分の席から動かないまま、立ってじっと考え込んだ。
 これは何かのドッキリなのか? そうなのか? けれど……外は先程よりもだいぶ暗くなっているし、黒板の上の時計が指すのはもう六時。教室棟が閉まってしまう前に起きてよかった。

 ぽこん。

 まるで教室には似合わない音が鳴った。僕の携帯か。
 そういえば、今日は卒業式だからと機内モードにしていなかったのだ。学校で音が鳴ると没収だから、いつもはしている。

 ぽこん、ぽこん。

 続けて鳴る。ラインの通知だ。バッグから携帯を取り出し、中身を見ようとする。教室の電気までご丁寧に消されているので、少し探しづらい。

「ん……あった」

 暗い教室に光る携帯の画面。手に取るとラインの通知が五十件。ロック画面が埋め尽くされる文字に、珍しいと思ったが……よく見るとこれ、全部グループ?
 そういえばと思い出す。
 昨日の夜、招待されたグループ。寝ぼけていたから適当に参加したが、そのまま通知をオフにするのを忘れていたようだ。

 ホームボタンを押して、馴れた手つきで四桁のロック番号をタップする。ラインを開き、中身を見る。

『仲良し組♡♡』

 うわぁ……。ふざけた女子がやりそうな名前に、ハートのプレゼント。
 僕の現在の状況もあり、非常に腹立たしい。呑気なヤツらめ。起こしてくれたってよかったのに。

 未だに増え続けるトーク横の数字。仕方なしに開いてみると、今度の予定のことが話し合われていた。朝の電車と泊まる場所、ついでにいつどこに行くというプランまで、しっかり組んでいるようだ。女子ってこういうとこオカン気質ある……間違いない。



 ~♪~♪

 電話だ。画面を見ると、袴田碧斗あおとという名前がでかでかと輝いている。珍しい。
 そういえばまだ学校の中だったなと、僕は急いで外に出た。

「もしもし!」

『おっせえーよおー』

 無駄に声を伸ばす袴田。きっとどうせ、人をダメにするソファにでも横になっているのだろう。放り投げているであろう美脚が頭の中に浮かぶ。

「どうした?」

『いや……なんとなく』

「嘘だろ。なんか最近、お前変わったよな。女子に対する対応? ヒメちゃんと他の子違くない?」

『……よく見てるよな、ほんとお前』

「いや、わかるよ。何年一緒にいると思ってる?」

『生まれた時から君のそばに』

「いいからそういうの……。で? 実際のところどうなの? 好きになっちゃった?」

『……わっかんね! でもモヤモヤすんだよな。なんていうか、俺さ、今まで一人としか付き合ってこなかったじゃん? 結構モテる割に。ただな、その一人が結構強かったんだわ……。思い出って離れねえよな。いつまで経っても、頭の中から。別に好きってわけじゃないけど、でもやっぱいつか終わるって考えると、踏みとどまってしまうっていうか』

 袴田が珍しく自分語りをしている間、僕は真剣に、割と真剣に聞いていた。なにせ袴田がこうやって相談してくれるのが珍しい。うん、うんと相槌を打ちながら、僕は袴田の言葉を心の中で復唱した。

 ──いつか終わるって考えると、踏みとどまってしまうっていうか──

 いつか、終わるのか。僕とうみちゃんも。……正直、うみちゃんみたいな可愛い子と、ずっと続いていられるなんて甘い考えは持っちゃいない。もったとして……卒業後一年。長く見積もって、だ。学生時代からの恋人と見事ゴールインなんて、そんなの滅多にあることじゃない。そう考えると、僕は袴田の言葉にひどく不安になった。
 でも……。

「辛いかも、しれない」

 僕はひとりでに呟いた。袴田の役には立てないかもしれないが。

「思い出に潰されることも、あるかもしれない。けど……けど、楽しい時間、この子と一緒に過ごしたいって思えたら、それだけで充分すぎる気がするんだ。何もせずにその子が他のやつに持っていかれて、僕以外のやつに笑顔見せてるのなんて耐えられない。それなら今、この瞬間、一緒にいたいと思える時間を大切にするよ……僕は」

『お前は、ほんとにうみちゃんのことが好きなんだな』

「もちろんだよ。これから先何が起こるかなんて誰にもわからないけど、行動しないよりいい。希望が形になったら、それからは二人で考えればいいだけの事なんだから」

『……眩しいな』

「ありがとう」

『星が』

「今のは僕の流れでしょ! 学校一のイケメンくんに恋愛の何たるかを教えた僕、眩しいって流れ! 費やした時間返せ!」

『あははっ!! 嘘だよ、ありがとな。ほんと……眩しいよ、お前』

 どうしたことか、僕にお礼を言うなんて。まるで袴田らしくない。とはいえ嬉しいのには間違いないので、ドヤ顔でもしておく。相手に表情が見られないのが残念だ。

『じゃあな、また』

「おう」

 電話の向こうから袴田のクールな声は聞こえてこなくなり、切れた後の寂しさが少しだけやってくる。
 袴田の言葉が、頭に残って離れない。それであいつは、あれから彼女を作ろうとしなかったのか。色々考えてるんだなあ……。

 考えながら空を見上げると、袴田の言葉通り、確かに星が輝いていた。もう少し暗くなったら、きっともっと見えるのだろう。
 人は死んだら星になるというが、本当なんだろうか。……いやいや、ロマンチストかよ。本当なわけない。けれど今の僕は、何故か笑えなかった。

 星、か。うみちゃんも、見ているだろうか。

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