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ささみ紗々

#5 バレンタイン大作戦2

「止まれ」の文字。カーブミラー。
 普段の通学路を、少し顔を上げて歩くだけで、なんだか気分が上がってくる。

 まだ寒くてマフラーが欠かせないけれど、雪の予報は外れて今日は雨。気まぐれな天気に頬を緩めると、ふと脳裏に浮かぶのはうみちゃんの顔。


 そう、今日は、バレンタイン。
 母に手伝ってもらって作ったマカロンが、小さな紙袋の中に入っている。もちろんそのままじゃない。
 ワックスペーパーっていう柄付きの紙に包んで、小さな箱に収めたマカロン。

 どうしようか、手汗が……。


 今日は勝負の日。多くの場合その「勝負」という言葉には、「女子の」という冠詞が付けられているけれど。
 男子は朝からソワソワし、いろんな難関に挑む。無情にも一日が終わる頃の表情で、勝負の行方がわかってしまう。


 まずは靴箱!
 ザ・王道ではあるが、ここではあまりダメージを受けるものは少ない。
 学年のプリンスと言われる袴田くらいしか、ここで大量の戦利品を得ることはない。これはもうわかりきったことッッ……!
 ちなみに袴田は僕の友達なので少し恵んでもらうのだ。見たか女子共。


 次に机の中!
 メンヘラ気質な彼女や彼女や彼女たちは、机の中にハートのブツを入れていることがある。ひどい時には「私の想い、届きますように♡」なんて本気で願いながら髪の毛やら血やら入れる輩がいるらしい。届いたわ、うん、重い。


 やっぱり一番嬉しいのは手渡しか……!
 元気な子達は声を張り上げながらチョコを配り歩いている。まるで配給。
 あのー、あれだ。スクールカーストの中間から上の子?
 ここで巻き起こるバトルが味。あげたはいいものの美味しくないなんて影で言われちゃたまらない。


 うん、ねぇ。

 一個聞いてもいいかな。

 こう実況みたいにしてると尚虚しいんだよね。

 どうして……

 どうして僕にはチョコがないのッッ!?


 朝だから?! 違うでしょ!
 だってさっきから岡崎さんも笹岡さんもみんなに配ってるし! 明らかに僕だけだし!!

 去年までは何も考えずとも義理の二個や三個貰えていたというのに。如何……。


 どよーんオーラを振りまいていると、あからさまに嬉しそうな顔をした竜太郎がやってきた。
 くそ。右手に持ってるのよこせ。

「ど? もらえた??」

「うるせえこんちくしょう!!!」

「うわぁお大爆発」

 慣れたもんでこんな扱いだ。これ結構深刻なんだぞ!

 いや、まぁでも……まだ朝だもんな。希望はある! ……ってあれ? うみちゃんは?

 バッグから覗いてたあの雑誌を思い出す。僕が三回読んだやつ。うみちゃん、誰かにあげるんだろうな。誰にあげるんだろうか。
 見たところ、僕に一番構ってくれてる気がするけれど。それでも転校生だから、きっと僕の知らないところで誰かといい関係になっていてもおかしくはない……なんて、そんなことを言ってたら戦意喪失してしまう!


「手に持ってるやつはなんなの?」

 まだいたのか竜太郎。

「え、もしかして手作り? 中身なに?」

「マカロン」

「えっ? ……ってお前、マカロンって! 女子かよ! だってそれあげるやつでしょ、うみちゃんにギブしちゃうやつでしょ、お前作ったの? やばくない? アメイジング……! アンビリーバボーだよ……」

「だぁぁ騒ぐな! 女子はマカロン好きじゃん!」


「そう思われがちだけど、そうとも言えないんだなあ~これが」

「えっ」

 僕の背後から新たな刺客が現れる。誰だ。

 目の前のオスザルの顔が赤くなってる様子からして、これはミッキーだな。

「てかなに? マカロンもらったの? うわぁ~……舜君にバレンタインとか、強い女子もいるもんだねえ」

「んぇ?」

 どういうことだろう。何、まさか僕、嫌われてるとか。女子の間で嫌われてるとか、ある? ないよね?

 不安になって竜太郎の顔を見ると、竜太郎は斜め下を向いて顔を隠していた。まるで笑いを抑えているようなその仕草に、僕は変な心地がする。
 エッ何、何これ。


「ふぅん、マカロンもらったんだ」

 この声は!

「で、誰に?」

 うみちゃん!!!

 どこからやって来たのか、うみちゃんが僕の持つ紙袋をのぞき込む。おいしそーって棒読みで呟いてから、ため息。なに、今日のうみちゃん怖い。

 何かいたたまれない気持ちになり、僕は視線を逸らす。その先には遠ざかるミッキーと竜太郎。何逃げてんだあいつら……!
 あの浮かれ具合からして、竜太郎の右手にある箱はミッキーから貰ったものなんだろうな。上手くいったってことだろうか。
 それならいいけど、僕はとりあえず右の人物をどうにかしなくては。

「で、誰にもらったの」

 出会った時のような抑揚のない声で、うみちゃんが鋭く追及する。出会った時よりもだいぶきついかもしれない、これは。

「いや、これは、その……」

「なに、言えない相手?」

 言うべき? 隠すのは良くないよねってかうみちゃんにあげるやつなんだよね、隠すもクソもねえってか!

「はい!」

 勢いよく差し出した紙袋が、手の動きに合わせて揺れた。
 パステルカラーの小さな紙袋、ラメで書かれた「love」の文字。
 変じゃないかな。重くないかな。やっぱこれ、男子があげるって引かないかな。


「え……これ、私に?」

 こくりと頷く。
 顔が赤くなっていくのが自分でもわかる。あっつい。エアコン効きすぎなんじゃない……?

「ありがと……」

 しおらしくなっちゃって。いっつもそんなだったら可愛いのに。
 うみちゃんの顔が赤くなっていく。ゆでダコみたいだ、なんて思いついたことを口にしたら、きっとこのいい感じのムードは台無しになるんだろうな。あれ、何考えてるんだろ。

 うみちゃんが再度口を開く。小さくて聞き取りにくくて、最初はかすれた声を、なんとか振り絞って、そして発した言葉。

「なんで……?」

 可愛いなあ!!!

「なんで? なんで私にくれるの?」

 ねぇ待って幼く見えてきた。ストレートの黒髪が「なんで」って繰り返すたび艶めいて、天使の輪っかが上に乗っているみたいだ。そういえば、最初に彼女を天使と思ったな、と思い出す。

「なんでって……」

 これワンチャンいけるんじゃないか?

「す、」

「す?」

「すすすす……」

「すすすす?」

「好きだからだよ! 真似すんな!」

「ごめん!?」

「え!?」

「「えぇ!?」」

 ……んん??! こ、こ、断られた? オーマイゴッド! 誰だよワンチャンいけるって言ったやつ! 僕か!

「そっか……とりあえずこれは、受け取っといて」

 トホホな顔で僕はうみちゃんに背を向ける。

 背後のうみちゃんはずっと「えっ? えぇ??」変な声を上げている。なんという情けない声。僕があげるべき声だよね、それ。


 こういう時に隣の席だと、非常にやりづらい。左手で壁を作って、できるだけ隣を見ないようにする。
 途中でうみちゃんが何度は話しかけてきたけど、声が小さかったので聞こえないふりをした。僕もなかなか小心者というかなんというか。だけどわかってください少し傷が……。

 過ぎゆく窓の向こうの景色なんて大層なものじゃないけれど、みんなが行き来する廊下が僕の心を癒してくれる。人の流れを見ていると、なんか僕ってちっぽけだなあって……トホホ。

 あ、袴田。

 歩く人達の中で一際輝くスタイリッシュな男子を見つけた。そう、かの袴田である。
 両手に持つ紙袋は、中身を聞かなくてもわかる。

「舜ー!」

 僕のクラスにこうして話しに来る袴田とは、小学生の時からの腐れ縁ってやつだ。男女で腐れ縁とか言ったら恋愛が始まる感じがするけど、断じて違う。男子同士の腐れ縁なんてほんとに腐れてる。
 と言いつつも、こいつはまじでいいやつだから正直腐ってはない。

「おぉ……今年も大量だな」

 高校から友達になった竜太郎も加わり、三人で他愛もない話をすることが多い。イケメンな袴田と明るい竜太郎、こいつらと一緒にいると僕までイケてるやつみたいだ。

「今日一緒に昼食おうぜ、チョコ、こんなに食えねえ」

 目尻をクシャッとさせて、いかにも嬉しそうにひゃっひゃっひゃと笑う。笑い方はいつも気になるが、そこすらも可愛いって罪だと思う。

「いいよ、食べよ」

「竜太郎は?」

「あ~」

 ちらっと見ると、鼻の下を伸ばしながらミッキーと話している姿が。

「ほたっとこうか」

「浮かれちゃって、まあ」

 つっつくような視線を向けて、僕と袴田はお互いに顔を見合わせる。
 浮かれちゃってるのは袴田も同じだろうよ。告白されるたび満更でもないような顔をして、そのくせ振るんだ。ちくしょう。

「じゃ、また昼に!」

「おうよ」

 颯爽と去っていく袴田の姿をずっと追っていると、今度は入れ違いに担任がやってきた。今から四限目だ。




 昼、僕は袴田の教室に出向いていた。
 彼は一組、理系クラスだ。しかも一組はエリート揃い。顔も良くて勉強もできるって、もう嫉妬とかより尊敬だよな。ちなみにあいつは運動もこなす。てか何やらせてもこなす。
 かくいう僕は三組、文系クラス。まぁ僕が理系なわけない。


「袴田~」

「おぉ、俺が行こうと思ってたのに!」

「や、今日は……ちょっと違うクラスでご飯食べたかったってゆーか……?」

「なにモジモジしてんの」

 怪訝な顔で僕を見るが、あえて目を合わせずに、僕は断りなく袴田の席に座った。

「空いてる椅子使えや!!」

「はあい」

 ちっ、優しくない。のくせになんでこいつはこんなに女子の視線集めてるんだ?
 僕が空いてる椅子を持って袴田の席まで行き、そこに座る。机と机の間の狭い通路を埋めるように、僕らは顔を合わせた。

「で、なんかあった?」

 袴田はため息をついて、やれやれといった感じで僕を見る。頬杖をついた顔が近くて、綺麗な肌に見惚れそうになる。あぁ、なんだ、熱くこみ上げてくるぞ……。

「ふぇ」

 じわじわとせり上がってくる熱い塊を、僕は無意識に押し出した。

「ふええええええええええ……」

 左右の目からボロボロなにか落ちてくる。なにかってもう拭わなくてもわかるが、これは涙だ。泣き方が無駄にキモい。
 くそっ、なんで僕がっ、くっ……って感じで男泣きしたかったのに、赤ちゃんみたいな泣き方だ。それとも失恋した時ってみんなこんな泣き方なのか。

 袴田は特に慌てることもなく、僕の背中をさすってくれている。そんな様子を見て女子がまた黄色い声を上げる。いいかお前らの袴田は、今俺の袴田だ。うわああああ。

「で、何があった」

 僕が一通り涙を流し終えると、袴田は改めてそう聞いた。僕は事の顛末を説明する。
 振られたところを話す時にまた涙が押し寄せてきたが、僕が顔を歪めた瞬間、袴田の一言で涙は引っ込んだ。

「でもそれ、違うんじゃないか?」

 ん?? どういうこと?

「だってそれ、振られてないだろ。ごめんって言われて振られたって思ってるんだろうけど、多分それお前が真似すんなよって言ったことに対してだと思うぞ?」

「およ?」

「だからあんまり避けてると、相手もなんで避けてるんだろうってなるし、叶うもんも叶わなくなる……って、俺の考えだから参考になるかオゥッ!?」

「ありがとう!!!!! 袴田はやっぱりすげえよ! さすが慣れてるだけある!」

「……? おぅ」

 そうか、そういうことだったのか!!!
 僕は袴田の手を取ってブンブン振った。もげそうなくらいブンブン振った。もし袴田の腕がもげても、僕は友達だからな!

 ちなみに袴田は何故かまだDTだし彼女も一人しかいたことない。一人いたことあるだけでだいぶ僕と差があるけどね!

「ありがと袴田! 僕、いってくる!」

「おぉい、メシは!?」

 僕の青春の一ページに新たな文字が紡がれようとしたというのに、袴田は馬鹿みたいに真っ直ぐなツッコミをして僕を引き止めた。


 そのあと僕は女子の視線を一身に受けながらご飯を食べた。とくと見るがいいさ、女子共よ。



 さて、今日がもう半分も終わってしまった。放課後までの残り数時間で、僕はもう一度思いを伝えなければならない。
 大丈夫。僕ならやれるさ。


 五限は体育だった。
 この時期体育は球技をしているが、冬の時期の体育館は寒く、すぐに手が痛くなってしまう。
 僕の選択はバスケ。休憩時間が短くすぐに試合、しかも卓球やバドと比べて結構動くから、寒い中でも体は温かい。

 うみちゃんはバレーの選択らしく、第二体育館という少し離れた場所まで行っている。そのため僕らがこの時間に顔を合わせることはない。
 ちなみにバドは体育館、卓球は二階の卓球スペース、サッカーはグラウンドだ。

 バド選択のミッキーとヒメの笑い声が体育館中に響き渡る。同じバスケの竜太郎がいちいち過敏に反応するのが面白くて、ついじっと顔を見てしまう。



 六限は古典の時間。いつもは寝てしまう古典だが、この日ばかりは目が冴えていた。

 授業の内容は漢文。諸葛亮と周喩の知恵がないと曹操が笑う度に兵が出てくる。対して集中していた訳では無いが、曹操にそれなりに腹が立ってきた。
 曹操の部下は毎度毎度、何故笑っているのか曹操に問うが、そこで答えた瞬間に兵が出てくるので、もういっそ答えないでほしい。もし僕が部下だったら、曹操が笑い出した瞬間に喉元に剣を突きつけたい。

 僕が曹操に腹を立てているとはきっと知らず、うみちゃんは隣で何やら落書きをしていた。……文字? 絵? よくわからないが、夢中に書いている。さすがに今も無理そうだ。

 七限は総学。週末にある小論文模試の為に、小論文を書く練習をするらしい。歌詞とは違って根拠と客観性がないといけない小論文は、苦手かもしれない。

 というか……あれ? もう、今日、終わっちゃう!!
 どうしよう、僕、何もしてない……!!


 掃除の時間もホームルームの時間も、きっと僕は明らかにおかしい様子を見せていたと思う。どうすればいいかわからなくて、でも確実に今日で決めてしまいたくて、元から無い勇気振り絞って声かけるタイミングを探していた。
 手汗が滲んでくる。ぎゅっと握りしめた手のひらには、視覚できるほどの粒がきらり。

 彼女が誰かにあげてしまったかもしれないチョコレートの行方を思い浮かべながら、僕は念じた。……大丈夫。



「あのっ」

 放課後の靴箱。静まり返った廊下に僕の声がこだまする。

「ありがとうございました」
 その日最後の礼を終えると、一足早く出ていくうみちゃんを、僕は追いかけた。

 待って、行かないで。
 僕、まだ君にちゃんと伝えなきゃいけないことがあるんだ。

「うみちゃん!」

 振り返ったうみちゃんのなびいた髪が、まるで何かのCMみたいに綺麗で、僕は目をとらわれる。瞬きする度に揺れる瞳の奥、彼女だけを映して。

「好きです」

 しっかりと、捉えて。僕も、彼女も、目が離せない。差し込む夕焼けが半分だけ照らした横顔。眩しくて、それは、まるで。

「女神みたいだ、と思った」

 言葉が紡がれていく。自然と、口が動く。

「君に出会った日から、ずっと」


「「好きだった」」


 夕陽は彼女の頬に流れる雫を、トパーズのように輝かせた。きらり投げ出された涙は、まっすぐ落ちる。
 あの日見た涙に、似ていた。


 好きだと彼女が僕に言って、僕も彼女に好きだと言った。それはもう紛れもない事実で、僕はもう間違わない。

「付き合ってください」

 間違わない……はず。
 なぜか少し躊躇う素振りを見せたうみちゃんに、僕は不安になる。

「……はい」

 泳いだ目は最後には僕を捉えた。……良かった。

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