生命(いのち)の継れ

せいちゃん

高校時代

健治は、中学三年の頃に、とある子に、恋をしてしまっていた。
それは、初めての恋だった。甘酸っぱい春が兆そうとしていた。
けれども、健治の思いは、呆気なく片思いのまま、中学を卒業してしまった。
その子とは、中学までの悲しい縁だった。私は、影ながらに見守っていた。
そんな可愛げのある健治の恋心が芽生えていた時期もあった。
  それから、健治は、その恋に敗れてから、どうしてだか、部活動をはじめるようになった。
はなから運動能力があった健治は、部活動に中学生の頃には、目を向けていなかったけれども、高校に入ってからは、サッカー部に入部する事となっていた。
  一方の私は、内職の仕事では、なかなか生活がまかなえないのが先立たれてしまったために、パートを始めることにした。
それは、朝から晩までの小物の仕分けの仕事だった。箱に入れられる分だけ小物を入れてガムテープでとめていき、ベルトコンベアに乗せていくといった作業で労働がとても、厳しかった。
  健治がサッカー部に入ってからは、なかなか話す機会が又してもとれずに、大きくなっていくにつれて、私との関わりがあまり、少なくなってしまっていた。
私は、毎日、汗を流しながらも仕事を一生懸命にしていた。全ては家計の為、健治の為だった。
そんな、中、一緒に食事をする機会ができたため、話しをしようと試みた。
  「健治…最近、部活はどうしているの?」と私は、健治に聞いてみると、健治は、黙ったまま黙々とご飯を食べていた。
  「どうしたの?」と私が聞いてみるが、健治は溜息をついていた。すると、健治は、食卓から立ち上って「ごちそうさま」といって、自分の部屋に閉じこもった。私は、苛められていたあの頃の健治を脳裏に巡らされた。
  [一体、どうしたのかしら…健治に何かあったのかしら…]と思いつつ、恐る恐る、健治の部屋に入った。部屋の中で健治は、ベッドの上で又しても、寝ていた。
  「健治…」と私は、恐る恐る声をかけた。
  「ノックしてから、入れよ」と私に対しての口調がさらに変わっていた。
  「健治…学校で何かあったの」と私は、少しビクビクしながら聞いてみた。
  「何もないよ…母さん…心配しすぎだよ…もういい加減、ほっといてくれよ」と健治は、スッカリ私の気持ちを跳ね返すようにして、言っていた。
  「ほっとけられる訳ないじゃない…私で言いから話して…悩んでいたなら、全部…私に」と必死になって健治に伝えたけれども、健治は、呆れた顔をしてベッドから起き上がり、私に向かってきて「母さんに解決できる問題なら、すべて話す…だけど…母さんに話しても解決できないから話す気にもなれない」と健治は、すっかり心がひねくれていた。
  「信用できないってことなの?」と私は、肩を落としながら、小言で言った。
  「信用できるとか…できないとかの問題じゃねぇよ」と言って、私を部屋から突き飛ばすように追い出された。
  「母さん…もうほっといてくれ」といって、部屋を強く締めた。私は、健治の中学と高校とのギャップがあまりにも大きすぎて、どうしたらいいのかわからなくなってしまっていた。そうして、食卓の椅子に座って、私は、悩みに陥ってしまっていた。
  [どうしたのというの…男の子は、子供から大人になる境に、こういった、抵抗する事が起きる時期があるのかしら…私では、手のつけようがなくなっちゃった…仕事をしたから、なのか…それとも、解決できることじゃないってことだから…学校で…やっぱり何か起きているのか…部活での問題とか]といつしか、健治と仕事に対してへの苦痛が身体にも響いてきてしまっていた。
  ある日、私は、いつものように仕事場で、偶然にも出荷の作業を任されていた時だった。健治が、学校から抜け出して私の仕事場を様子を偶然にも見に来ていた。私が一生懸命に家計を守りたいという思いの為に、仕事に精一杯になりながらも働いていた姿を見ていた。
  [母さん……]と健治は、幼かった頃の自分を思い出して、その働いている姿を見つめて、心が傷んでいた。健治は、すぐに、近くの公園のブランコに座って、落ち込んでいた。
  「母さんがあんなにも必死になって、仕事をしている姿…僕が小学校の頃…以来だ…。ちっとも変わっていなかった母さんに…僕は、スッカリ心が変わっちまった…母さんが悪くはないのに…只…」と健治は、ブツブツと独り言を言ってとても悔やんでいた。ブランコの近くにあった小石をとって「ちくしょう!」と言いながら地面に思いっ切り、叩きつけた。
目には一杯の涙でうるうるとしていた。
 「僕は、何て酷いことをしちまったんだ…母さんを悩ませてばかりいた…今までにない、酷い事を言っちまった…」と手を思いっ切り握りしめて、涙をこぼしていた。それ程までに、私の事の一生懸命な姿が傷んだと健治は、思ってくれていた。
  それから、健治は、私に黙って、バイトをし始めた…それは、私が負担にならないように、生活をまかなうためだった。健治は、工事現場作業の夜の仕事に汗を流しながらも、それは、とても辛い仕事だった。けれども、健治は必死になって、本当に必死になって、バイトに励んでいた。
  ところがある日、私は、仕事場のベルトコンベアにいつものように箱を乗せようとした時に、私は、気を失うように倒れ込んでしまった。その後、パート員のひとりが私が気を失って倒れているのに気がついて、救急車を呼ぶように上司に伝えてくれていた。
  私が気がついた頃には、病院のベッドの上だった。どうしたのかスッカリ把握できていなかった。パート員がすぐ隣で、私の方を困った顔をしながら見ていた。
  「笹岡さん…ここは…どこですか?」と私はそのパート員に状況を把握したかったために聞いた。
  「ああ…よかったぁ…気がつかれたんですね…花村さん…過労ですよ…きっと、仕事に一生懸命だったんですね」と笹岡さんは、私を心配してくれていたようだった。
  「過労…?」と私は、どうして過労で倒れていたのか…全く考えても答えがわからなかった。
  「懸命だったじゃないですか…家庭を養う為に私は、この仕事をやらないといけないって…息子さんの健治くんのためだって、私に言ってくれたじゃないですか…それで、心配したんですよ…ストレスが原因で過労につながったってこと」と笹岡さんは、心配そうな顔で私に必死で訴えていた。
  「…そうだった…私…自害をしてまでも、必死だったのかもしれない…健治のために、必死に働いていたのかもしれない…歯止めがかかったんだわ…お母さんのきまりを忘れてしまっていたかもしれない…『自分を責めてまでも、やるべき事をひたすらやるんじゃなくて、一番に大切な人を支えてあげなさい…あなたが落ち込んだり、大変な事になったりした場合に子供は、あなたを余計に心配してしまうから元も子もないわよ』」…そうだった。私がその事に気がついていなかった。ただ、健治のため、ただ、家庭のためって、決め付けていたのかもしれない。それは、健治の為じゃなくて…かえって健治を困らせている事や反抗するのは、当たり前なことだった。
  「当然の事じゃない…私のした事…全てが健治の為じゃなくて、仕事に目を向けすぎて、愛のカケラがなかった…何て勝手だったの…何て親なの…私は…」と自分を責めてしまっていた。
  「そんなにも自分を責めないでください花村さん…あなたは、母子家庭で一人の子供を支えていたんでしょう?何でもかんでも一人で抱えることは、当然の事に負担が大きすぎたのよ」と笹岡さんは、私が母親一人で子供を育てることについて、全うから考えてくださった。
  「ありがとう…笹岡さん」と私は、少し、心を落ち着かせてしばらく、自分の手を見続けていた。何だかとても心が淋しくなってきた。突然、健治に会いたくて仕方なくなって仕方がなかった。この空虚感を埋め尽くしてくれるのが私の子供、健治だけだったからだ。その健治に先日の夜に傷をつけることを言ってしまった事を鮮明に振り返って、今すぐにでも謝りたかった。
  

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