異世界スキルガチャラー

黒烏

『蠱惑の甘煙』ジェド

「スー……プハァー……あー、いー気持ちになってきたぜ……」

半分ほどの長さになった煙草を思い切り吸い込み、大量の煙を吐き出す。煙は空気に霧散させずに、ジェドの体の周囲に停滞している。
それは彼の体を取り囲む細い輪のようにして、周囲の空気に浮いているのだ。

「さて……2人の着地点にあの変な奴も一直線に向かってきてるらしいな。さっさと向かうか」

よれよれの黒いパーカーに濃紺のスウェットという間に合わせのような服装で、左手をポケットに突っ込み、右手でまだ煙を上げている煙草をつまんだまま、ジェドはダルそうに歩き出した。






「こんの、邪魔だ! どけぇ!!!」

啓斗は現在、背後から襲い掛かってくる小型ロボットから逃げ、さらに立ちふさがってきたり横から飛び込んでくる浮浪者のような薄汚い恰好をした「住人」たちを蹴散らして走っている。

『捕ラエロ! 捕ラエロ!』
「金ぇ……金よこせ……!!」

追いかけてくるロボットは啓斗を捕まえようとする号令を、浮浪者共はまるで亡者のような唸り声を上げながら襲ってくる。
その全てを殴り飛ばしたり蹴り倒したりしながら、一心不乱にヴェローナとレイラが向かっていった方向へ向かって走っている。
何度か背中に激突されたり爪で引っ掻かれたりしたために体が痛んでいるが、気にしている余裕も時間もない。
そうして走り続けるうちに、遂に逃走者2人の着地点と思わしき場所に到着した。
そこには、マガジンや弾丸が全て抜かれた銃火器や、破壊された背中に背負って使用するのであろうジェットパックらしきものが転がっていた。

「……ここから徒歩で逃げたのか。一体どっちに……」

そうして周囲を見渡した時に、啓斗は異変に気が付いた。
今までしつこく追いかけてきたロボットたちが見当たらなくなっており、人の気配までもが一切消えてしまっているのだ。

「なんなんだ一体……」






「おーい、そこの兄サン、こっちこっち」

突如後ろから聞こえた声に驚いて振り返ると、そこにはだらしの無い格好で煙草を吸いながら歩いてくる男がいた。

「悪いが今忙しい。後にしてくれ」
「ほー、ツレないねぇ。じゃあ、こう言えば忙しくなくなるかな?」

そう言って男は言葉を続けた。

「俺はジェド・ウィアーグフット。お前が今追ってる《ジャンクヤード・ジャンキーズ》のアタマやってる者だ」
「……なに!?」

啓斗がその言葉に驚いたその瞬間、ジェドは見た目からは想像のつかない素早さで目の前に接近すると、いっぱいに吸い込んでいた煙草の煙を鼻先に向かって吹きかけた。

「……!? ぐ、あう……!?」
「おー、見かけによらずアンタまだガキだな。一瞬平常心乱されたくらいで先手とられてやんの」
「……か……はぁっ……」
「めっちゃキくだろ? コレを数倍薄めると凡人でも気持ちよーくなれるいいモノになるんだわ」

気を失いそうになるほどに濃く甘い香りを嗅がされた啓斗は、平衡感覚を失ってその場にへたり込んでしまった。

「まあ、作り手の俺からしたらそれも薄いんだけどな。つっても、こういうヤク慣れしてない奴を動けなくするくらいこれで十分だ」
「う…あ…………」
「完全にキマッてるっぽいな。さて、さっさと連れ帰るとしますかぁ」

身動きがまともに取れない啓斗の顔面を思い切り蹴り飛ばすと、そのまま気絶させた。

「1人じゃさ、人間限界ってもんがあんのよ。安心しな、殺しゃしねぇ……って聞こえてないか」

ジェドは啓斗の両足を抱えると、ズルズルと引きずって歩いていく。

「せいぜい、いい夢見ろや。現実は辛くて苦しいからよ……」

ピンっと煙草を指で弾いて捨てる。ジェドの顔には、変わらず薄笑いが浮かんでいた。






「お帰りー。よく無事だったね2人ともー。あ、レイラは久しぶりかな」

地下、ジャンクヤード・ジャンキーズの拠点にて、留守番のローグは戻ってきたヴェローナとレイラを出迎えていた。

「ふー、これで一安心。レイラ、なんとかなったね」
「そうですね。今頃はジェド様が追っ手の男を捕縛している、という手はずでしょうか」
「その通りー。それじゃ、僕達はジェドさんが帰ってくるまで待とうか。お茶入れるよ、お菓子は何がいい?」
「じゃあ、私はチョコレートで!」
「……お構いなく」

死闘から逃げ切ったばかりとは思えないほど、この3人の間に流れる空気はほのぼのとしたものだった。

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