思い出に殺される夜

9

僕はビニール傘をとじて、夏井さんの隣に座った。

緊張していたのか、僕はあまり夏井さんのほうをみれなかった。

「わたしの名前はよるなのに、夜が苦手なの。でも、雨はすき。」

「僕は…朝がすきです。」

女の人が苦手だとか、人見知りをするとかっていうことは普段あまりない。

緊張したり、目を合わせられないなんてこともない。

人と話をするのも、得意なほうだと思っていたのに、夏井さんの前では…

「こんなところで、何してるんですか?」

「ききたい?」

「はい。」

「笑わない?」

「はい。」

「帰ってね、ひとりで目を閉じると、私は思い出に殺されるのよ。」

「え?」

「10年。毎日、わたしは殺されて、それなのに毎日、生きてるの。」

夏井さんはその時、笑った。

僕は、あの時の夏井さんの笑顔のことを、毎日、毎日、思い出す。

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