思い出に殺される夜

夏井さんは、歓迎会のお礼を丁寧にし、雨の中で傘をさし、手を振りながら歩いて行った。

その歩いていく後ろ姿を、ぼーっとみていた。

下心なんて全くなかったものの、なんだかとても恥ずかしい気持ちになった。

上司もみんな帰宅し、桐谷は彼女が迎えに来てくれていると言って、帰っていった。

僕のタクシーは店に呼んでなかったので、駅のほうまで歩いてそこからタクシーに乗ろうと思った。

雨は弱まることなく降っていて、靴も靴下も濡れてしまった。

人通りの少ない暗い道だが、駅前にある公園の脇を通ると、すぐ駅のバスターミナルとタクシー乗り場に着く。

この雨で、公園には人影もなく、誰かが野良猫にあげた餌の皿が空になって雨にうたれていた。

晴れている夜であれば、スケートボードやダンスの練習をしている若者たちがいるし、酔っ払ってベンチで休んでいるおじさんや、ちょっと訳ありなカップルが、この公園にはいる。

野良猫たちは、どこで雨宿りをしてるのかななんて考えながら歩いていた。

少し公園の奥にある屋根付きのベンチテーブルには、俯いた人影のようなものがみえるけど、たぶん気のせいだろう。

白いブラウスの女性のようにみえる。

そういえば今日、夏井さんは七分袖の白いブラウスに、きれいな緑色のスカートだったな。

毎日、事務作業でパソコンに向かっているから、目も疲れている。

こんな時間に、この雨の中、まさかな。と、思って通り過ぎてから、少しだけこわくなった僕は、振り返った。

すると、その人影からだらんと肌色の腕と、その手から空の缶ビールが落ちてカランカランと音を立てた。

そのブラウスは七分袖。

ベンチに座っていたのは、髪の長い女の人の姿だった。

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