思い出に殺される夜

夏井さんは、明るくていつも笑顔だった。
あっとゆう間に、職場に馴染み、仕事もすぐに覚えた。

有野さんも、「安心して産休に入れるわ。」と満足げだった。

今日は夏井さんの歓迎会ということで、全員はやめに仕事を切り上げ、事務所の鍵を閉めた。

今日は、雨が降っていた。

職場から歩いて5分ほどのところにある魚料理の美味しい居酒屋の座敷に集まると、瓶ビールを注ぎあう。

夏井さんを囲むように乾杯した。

うちの会社が大企業であれば、セクハラ呼ばわりを恐れた男性たちは、宴の席でも余計なことを女性にきいたりしないんだろう。

職場の陽気なおじさんたちは、そんなことはおかまいなしだ。

「夏井ちゃんは、モテモテでしょう?
イケメンな彼氏がいるんでしょう?」

僕の斜め向かいの席に夏井さんはいて、僕は上司に料理を取り分けながらも、その答えに耳を傾けてしまっていた。

「いませんよー。
しばらくいません。もういい年齢なので、いい人いたら、お願いしますね。」
と夏井さんは笑った。

「うっそだー!」

職場のおじさんたちは、さらに盛り上がった。有野さんや、ベテランの女の先輩が、そんなおじさんたちを叱っている。

牛煮込みのお皿に箸をつけながら、僕は少しだけ夏井さんに視線を向けた。

夏井さんは横を向いて笑っていて、飲み物に手をかけようとした時に、僕のほうをみた。

目が合った。

夏井さんはお酒のせいで少し顔が赤くて、「なによ。」と、無邪気な顔で笑った。

とても年上の女性だとは思えないような、少女のような人で、誰に対しても平等だった。

だから、男性から絶大な人気があっても、夏井さんは女性にも好かれるような人だった。

歓迎会は夜遅くまで続き、僕と桐谷は、上司が帰宅するためのタクシーや代行を呼ぶことに追われていた。

「夏井さんは、帰りどうしますか?」

僕がきくと、
「うちは駅の南側だから。ここから近いし、歩いて帰るよ。」

「あの…もう遅いんで、近くまで送ります。」

「あー!この野郎、抜けがけか!」

酔っ払ってベロベロのおじさんに肩を組まれた。

「ありがとう。
でも、近いから本当に大丈夫だよ。」

やんわり、優しく、断られた。

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