思い出に殺される夜

「有野さんが来月から産休にはいる。その代わりに、来週から新しく1年契約の社員を雇用することになったから。」

朝礼で専務が言う。

あくびがでそうなのを堪えながら、今日のスケジュールを確認するため手帳をひらき、ぼんやりと聞いていた。

蒸し暑い梅雨の季節。

外は曇っていて、雨がぽつぽつ降りはじめていた。小さな会社の割に、駅の近くだったので、周りはわりと栄えていた。

外に出ると、アスファルトの濡れたにおいがする。

有野さんは電話にでたり、簡単な事務仕事や雑用をする先輩の社員で、特別な引き継ぎもいらないし、結婚や出産をしても仕事を続けていくつもりのようだ。

年上の、気のいい明るいお姉さんだ。

「ねぇ、新藤くん。代わりの子、社長と専務いわくものすごく綺麗な子らしいよ。良かったねえ。」

有野さんがニヤニヤしながら、肩をぽんぽん叩く。

「有野さんも、綺麗ですよ。」

「あんた、そんなうまいこと言えるようになったなんて、もう立派な社会人ねぇ。」

と、有野さんはガハハと笑った。

外回りには社有車で移動する。

ボロのバンタイプの車に乗り込み、ハァとため息をついた。

雨で濡れたフロントガラスに、ワイパーが少し音をたてて左右に動く。

僕の会社は、保険関係の小さな代理店で、女性は、有野さんと、もうだいぶベテランの営業社員のおばちゃん、2人だ。

職場内で恋愛など、考えられなかった。

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