花弔風月

T木S夫

○望月風香→立花つぐみ

 ここで一つ、兄を持つ妹の権利という物を主張する。

 ドラマ、アニメ、漫画、ライトノベルさまざまなフィクションの世界で妹というキャラクターはどんな存在だろう?

 朝、優しいかどうかは置いておくとして、兄を起こす。

 疲れた兄を癒す。

 日常の象徴。

 兄が大好き。

 まあ、色々とある。だけど、あたしが言いたいのはこれじゃない。あたしが思うに、妹と呼ばれる存在が持っている一番重要なファクターはこれだ。


 わがままを言う。


 何だかんだで、創作物における妹とは兄に迷惑を掛ける物だ。

 これがおそらく年下で異性と言う、小生意気に成り易い要素から作り出された一種の幻想である事に疑う余地は無い。

 実際の兄妹など割と淡白な場合が多いだろう。

 兄が寝坊していたら放っておくし、早起きして兄の弁当を作るぐらいならウィダーゼリーを置いておく。道端で抱きついたりしないし、兄に裸を見られようが兄の裸を見ようが顔を赤くなどしない。

 まあ、感情という物は人それぞれだから、フィクションの様に仲が良い兄妹も居るのだろうが、今の所あたしは見た事が無い。

 幻想は所詮想像で、浮世はどうしたって現実だ。

 事実は小説よりも奇なり、などと言うが、基本的な大部分にとって、二次元的なドリーミーな毎日など起こる事は無い。

 フィクションは所詮フィクションであり、現実を侵食などしない。それは確実だ。

 しかし、このオタク大国日本で生まれてから十七年、多感な思春期も含めて過ごしてきたあたしがそういうフィクションに毒されていないとは言い切れないはずだ。

 あたしは花も恥らう十七歳。愛読書はジャンプにサンデーにマガジンにチャンピオン。

 空想の世界に思い焦がれて何が悪い。

 大人がやれば苦笑いでも、JKがやれば微笑ましい。

 リアリストを自負しているあたしがたまにはフィクションに毒されても何らおかしくない。

 まあ、何を言いたいのかと言うと、偶にはフィクションを真似してみるかと思っただけだ。

 更に、ざっくばらんに言ってしまえば、こうだ。

 久しぶりに兄に迷惑を掛ける事にした。

 兄は妹のわがままを聞くものだ。



 翼兄ちゃんが帰ってきて三日。パパとママは眼に見えて上機嫌で、どちらも晴れやかな顔で出社していた。兄ちゃんは疲れからか毎日昼時まで寝ていて、それを起こすのがあたしの日課に成りつつあった。

 悠太郎さんからの連絡で、風香さんが今回はしっかりと飛鳥兄さんが死んだ事を理解していると聞いて、あたしを含めた家族全員は胸を撫で下ろした。翼兄ちゃんの四年間が無駄に成らなかった事に安堵したからだ。

 けれど、風香さんが飛鳥兄さんの線香を上げに来る事は無かった。翼兄ちゃんが言うには『自分にそんな資格は無い』と言っているらしい。

 まあ、風香さんの気持ちは分からなくも無い。恋人が死んだ事を認めず、恋人の弟を恋人に見立てて四年間過ごして来た。兄達に申し訳なくて、顔を見る事も出来ないのだろう。

 確かにあたしから見ても、風香さんの取った行為は卑怯だ。自分だけ現実から逃げて、現実の辛さ全てを周りに押し付けて、幻想の世界でぬくぬくと四年間生きてきた。

 翼兄ちゃんがどれだけ辛かったか、苦しかったか、考えるだけで身震いがする。

 でも、それは翼兄ちゃんが選んだ事だ。

 酷な言い方だけど、翼兄ちゃんが勝手に望月風香という重荷を背負っただけの事で、その苦しみも悲しみも全て翼兄ちゃんだけの物のはず。

 翼兄ちゃん以外の誰もがその重荷を背負ってはならない。風香さんはそれを勘違いしている。

 もちろん、これはあたしの考え方だから、風香さんは違うふうに思っているのかもしれない。

 翼兄ちゃんは彼女が来ない事に小さく安心しながらも、歯を噛み締めていた。

 この三日、翼兄ちゃんがほとんど外に出なかったのは、風香さんの来訪を待っているからに違いない。

 翼兄ちゃんの大学の授業が再開するのは一月十二日の月曜日。

 この様な状況でも翼兄ちゃんは学校に行って普通に授業を受けてしまうだろう。

 この兄はあまりに感情と行動を切り離し過ぎて生きている。二つが直結したのは四年前のあの日ぐらいだ。

 だから、リミットは一月十一日。奇しくも飛鳥兄さんの誕生日までなのだ。その日まで風香さんが来なければ、もうこの舞台は完結しない。

 翼兄ちゃんはそれまでは立花家でひたすら風香さんを待つだろうが、これを過ぎたらいつものキャンパスライフへと舞い戻る。

 日常が始まってしまったら、今の舞台を終わらせるタイミングが何時とも分からぬほど遅くなる。

 そうなったら、あたしはまた苛々した日々を過ごすだろう。そんなのはごめんだ。

 あたしの我慢が限界を超えた。いい加減全てを終わらせたかった。

 翼兄ちゃんの辛そうな顔を見るのも、それに一々気を使っていないような気の使い方をするのもうんざりだった。

 そのため、本日一月九日の午後八時。あたしは『散歩行ってくる』と家族に嘘を付いて、単身望月家を目指していた。

 癪だが二人の兄のヒロイン、それもあまりに傍迷惑な女に啖呵を切るためだ。

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