花弔風月

T木S夫

 気付いたらわたしは図書室に行くのが楽しみに成っていた。中学生の時はその静寂な空気が好きで図書室に行っていたが、隣から聞こえる心地良い彼の話し目当てと成っていた。

 わたしが飛鳥に惹かれ始めたのはこの辺りからだ。この頃には学校ですれ違ったら眼を合わせるぐらいに成っていたし、偶に図書室から一緒に帰る時もあった。

 それからは色々な事があった。

 貧血によって体育祭で倒れたわたしを飛鳥が抱えて保健室に連れて行ってくれた。

 文化祭に来た飛鳥の従妹につい嫉妬した。

 暇だから散歩していてばったりと出会った飛鳥と何故かクリスマスデートした。

 新年に大国主神社で共に参拝した。

 飛鳥に渡す予定だったバレンタインデーチョコが無くなって、それを飛鳥が見事見付けてくれた。

 考えるとかなり波乱万丈な一年間。

 そして、三月十四日ホワイトデーに晴れて恋人に成った。

 今でもあの時の場面は鮮明に思い出せる。

 春休み中メールで呼び出されたわたし。

 集合場所は学校の図書室。

 そこにはラッピングされた袋を持った飛鳥が居て、わたしの心臓は早鐘を打った。

 何時に無く真剣な顔で飛鳥はわたしを見て、バレンタインデーのお返しをわたしに突き出しながら、飛鳥は良く通る声でシンプルに言った。

『好きです。付き合ってください』

 わたしは震え、涙を流し、彼の手を取った。

『はい』


 飛鳥と恋人に成ってからは、本当に幸せだった。

 何度も飛鳥の家にお呼ばれして、それと同じぐらい飛鳥もわたしの家に来た。

 思い返すとわたし達は中々にバカップルで昼夜人前問わずラブラブしていたような気がする。

 断っておくと、バカップルはしていたけれど、わたしと飛鳥は純情カップルだった。手を繋ぐのに三ヶ月、キスをするのに一年と、数少ない友人達から呆れられた思い出がある。

 でも、わたし達はそれで良かった。

 あれがわたしと飛鳥の歩幅だった。

 飛鳥さえ隣に居るのなら他の事はどうでも良くなっていた。

 あれがわたし達の幸せだった。

 付き合ってみて分かった事だけれど、わたしは随分な寂しがりだった。飛鳥が近くに居ないと不安で堪らなかったし、全ての用事を飛鳥との予定が第一に変えたりしていた。

 わたしは幸せ過ぎた。幸せ過ぎて、気付いたら飛鳥に依存していた。

 その想いを飛鳥に話した事がある。

 わたしはあなたに依存している。正直な所、あなたが居ないとわたしは駄目に成りそうだ。そんな事を彼に話したら、飛鳥は至って快活に答えた。

『別に依存されるのは構わないよ。風香にならね。俺にも多少は独占欲がある。そこまで風香に思われて嬉しいさ』

『けれど、わたしの想いは重過ぎるわ。あなたが近くに居ないとわたしは不安で不安で堪らないのよ。出来る事なら二十四時間毎日あなたと共に居たい。片時も離れたくない。けれど、それはあなたに迷惑だわ』

『それでも良いよ。俺は出来る限り、風香の隣に居るさ』

『……本当?』

『本当』

『嘘じゃない? 本気にするわよ?』

『嘘じゃない。本気にしなよ』

 笑っていた口元とは対照的に、その眼は酷く真剣で、わたしはとても嬉しくて、心が満たされて、ますます飛鳥へと依存してしまった。


 受験生だった高校最後の一年間は瞬く間に過ぎて行った。わたしは毎日飛鳥と勉強して、彼と共に教えあい、受験勉強自体は滞りなく進んでいた。

 わたしと飛鳥は学年二位と一位の成績を誇るカップルだったので、周囲――校長を初めとした教員勢――からの期待も厚く、わたしは中々にプレッシャーを感じていたのだけれど、それをほぐしてくれたのは飛鳥だった。

 飛鳥は本当にすごい人で、わたしでは考えられないぐらいに人の事を視ている人で、彼の理知的な瞳は全てを見抜いているようにさえ思えた。わたしよりもわたしを理解しているのでは無いかと疑った事もあるぐらいだ。

 そんな飛鳥は色々な人から頼られた。ちょっとした相談事から、あわや警察沙汰な事件まで、幅広く色々な相談を飛鳥は受け、その度に八面六臂の活躍を見せた。

 実際に飛鳥自身が行動する事は特に無かったけれど、彼がしたアドバイスは全て的を射て成功し、大抵の問題は相談を始めて一時間ほどで解決していた。

 飛鳥との二人きりの時間を邪魔されて、受験勉強のストレスも相まってか、わたしは飛鳥が人に頼られるのにあまり良い顔をしなかったが、いつもいつも繰り出される完璧なアドバイスに毎度内心舌を巻いていた。

 一体、この人は何を考えているのだろう? 最後までわたしは分からなかった。


 受験勉強は幸いにして実を結び、わたしと飛鳥は志望校のY大へと入学した。

 この頃にはわたしの飛鳥への依存心は極値を取っていて、わたしと飛鳥は大学生になったら同棲しようと約束した。

 自分でも中々に面倒くさい女だと思う。

 恋は盲目を体現していたあの頃のわたしの眼には飛鳥以外映らなかった。


 卒業式の日、わたしはつい泣いてしまった。

 飛鳥との思い出が一気にぶり返してきて、この思い出の地を去らなければならない事への寂しさと、今までの幸せが溢れ出た。

 飛鳥は卒業生代表として、答辞を読み、この内容もまた、快活で掴み所の無く、砕けていて、それでいて理知的な、立花飛鳥らしい文章で、わたし達は聞き惚れた。

 卒業式が終わり、わたしは飛鳥と手を繋ぎながら、校門をくぐった。

 この時のわたしは、卒業してしまった寂しさと、これからの人生への不安と期待と、隣に飛鳥が居る事への充足感と幸せを一挙に抱えていて、堪らず飛鳥にキスをした。

 飛鳥は少しだけ驚いていたけれど、すぐに優しく眼を細め、啄ばむ様にお返しのキスをしてくれた。

 あの時のわたし達は砂糖菓子の様に甘く、金剛石の様に煌めいていた。

 わたしと飛鳥で世界は完結していて、それにわたしはどうしようもないほどの幸せを得ていた。

 ああ、ここで、物語が終わってしまえば良かったのに。

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