花弔風月

T木S夫



 飛鳥兄さんが死んで大体一月が経った頃、飛鳥兄さんの日記をあたし達家族は発見した。

 日記の内容から、そのノート達は風香さんに渡す事と決まり、この役目は翼兄ちゃんが受け持つ事に成った。

 翼兄ちゃんが『自分がやる』と言ったのが主な理由だったけれど、彼を一人で行かせたのはあたし達立花家全員の失敗だったと断言できる。

 長男の死から疲れていたあたし達は、つい翼兄ちゃん一人に風香さんの事を任せてしまった。

 今でもあたしは後悔している。

 あの日あたしは無理を言ってでも翼兄ちゃんに付いて行くべきだった。

 そうすれば翼兄ちゃんがあんな選択をするのを全身全霊で止めたられたのに。


 風香さんの家から帰って来た翼兄ちゃんは思いつめた硬い顔をしていて、学生鞄を自分の部屋に置いて一階へと戻った兄ちゃんはあたしへと聞いてきた。

『なあ、つぐみ。俺と兄さんは似ているか?』

 あたしは戸惑った。

 この一ヶ月翼兄ちゃんが飛鳥兄さんの話をしたのが初めてだったし、何よりこの様な内容を聞いてくるとは思わなかったからだ。

 正直な話、二人の兄は二歳差にも関わらず良く似ていた。

 飛鳥兄さんが死んでから今日まで、何度か――一瞬とはいえ――彼らを見間違えた事もあるぐらいだ。

 何故、翼兄ちゃんがそんな事をあたしに聞くのかが分からなかった。

 あたしは嫌な予感に襲われていたけれど、正直に答えた。

『うん。良く似ていると思うよ』

 翼兄ちゃんは視線を飛鳥兄さんの仏壇へと視線をずらした。

『そうか』

 あたしは不安と戸惑いを隠せなかった。

 遺影を見つめる翼兄ちゃんの瞳が暗く光る。眼からハイライトが消えていた。

『……翼兄ちゃん。風香さんの家で何があったの?』

 何かが起きたのは確実だった。

 兄ちゃんは苦笑して、薄っぺらな笑顔であたしを見る。

『なあ、つぐみ。兄ちゃんは今日我儘を言うよ。ごめんな』

 あたしは言葉を無くした。思考が止まり、不安と戸惑いが最高潮を達した。

 だけど、翼兄ちゃんが立花家に良くない事をしようとしている事が分かった。

 そして、あたしにそれが止められないであろう事も理解した。

 なら、あたしは聞かなければならなかった。

 お姫様みたいに育てられ、家族に守られてきたあたしが聞かなければいけない事だった。

『それは兄ちゃんがやらなければいけない事なの?』

『いや、むしろしない方が良い事だ』

『なら、しなくて良いじゃん』

『ごめん。でも、俺は〝しない〟なんて事出来ないんだ』

 ああ、やはり、これは何を言っても無駄なパターンだ。

 こうなった翼兄ちゃんは決して自分の意見を変えない。

 反論できたのは飛鳥兄さんぐらいの物だった。

 あたしは眼を瞑った。

 兄が意見を変えないのならしょうがない。

 妹は兄の横暴を聞くものだ。


 それから大変だった。立花家の次男は望月家で起きた事をあたし達家族に話し、あろう事か、風香さんの前では立花飛鳥として振舞うと宣言した。

 当然、パパとママは反対した。あたしは先ほどの時間に翼兄ちゃんがとんでもない事をしようとしていると分かっていたので両親ほど動揺は無かったけど、まさかあの様な事を宣言するとは思わず、絶句していた。

 最終的に何を言っても無駄だと悟って、パパとママは翼兄ちゃんのやる事を許す事に成ったけれど、ここであたしは慌てて口を挟んだ。

『……別に兄ちゃんがやる事を邪魔する気は無いけど、期限を決めて。その期限の間は、翼兄ちゃんの好きにして良いから』

 翼兄ちゃんは少し考えた後に頷いた。

『分かった』

 実際に兄ちゃんが期限を決めて、それをあたし達に話すのは一年後の第九回立花家家族会議の時だったが、あの時、兄ちゃんに釘を刺していて良かったと思う。

 そうでもしなければ兄ちゃんはずっと飛鳥兄さんを演じていた。


 九回目の家族会議から程なくして、兄ちゃんと風香さんは二人暮らしを始めた。

 翼兄ちゃんが受けた苦痛は想像できない。

 おそらくだけど、翼兄ちゃんは風香さんの事が好きだった。今はどうだかは分からないけれど、昔はそうだっただろう。

 自分が惚れている相手が、自分の事を他の人間だと勘違いしながら甘えてくる。

 何て甘い処刑なのだろう。

 ゆっくりと刃が落ちてくる斬頭台みたいだった。

 長期休暇の度に帰ってくる翼兄ちゃんはパッと見は特に変わらなかった。

 だけど、誰も見ていない所で何度も息を吐いていた事をあたしは知っていた。

 夜中、何故か眼が醒めた時、飛鳥兄さんの仏壇の前で一人手を合わせる翼兄ちゃんを見た事があったからだ。

 何度も洗いざらい風香さんにぶちまけてしまおうと思ったが、あたしは最後まで出来なかった。

 あたしにとって風香さんは卑怯な女だったけれど、同時に哀れな人だった。

 一人のうのうと幸せな日々を過ごす彼女に怒りを覚えたけれど、そうでもしなければ耐えられなかった程弱い彼女の心を責める事は出来なかった。

 あたしと翼兄ちゃんは何度も風香さんから飛鳥兄さんの好みを聞かれ、飛鳥兄さんとの惚気話を聞かされた。本当に風香さんが飛鳥兄さんを愛していると分かったし、飛鳥兄さんの日記から彼もまた風香さんを愛していた事も分かっていた。

 風香さんを憎んでも恨む事は出来なかった。

 だから、あたしはこの衝動を耐えるしか無かった。

 あたしは翼兄ちゃんと一緒に居る風香さんの笑顔を見る度に、感情の行き場を失って泣き叫びそうに成っていた。



 まあ、そんな風香さんだけのハッピーデイズも終わった。

 翼兄ちゃんが背負った重責も一先ずは軽くなっただろう。

 だけど、まだ気を抜く事は出来ない。それは翼兄ちゃんも分かっているはずだ。

 やっとクライマックスに入っただけで、まだあたし達は峠を越えていない。

 なら、あたしは何をすべきだろう?

 あたしは翼兄ちゃんに習って、飛鳥兄さんの遺影へと手を合わせながら、これを考えた。

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