花弔風月

T木S夫

 皆さんは男子学生の死亡理由の一位を知っているだろうか?

 不慮の事故である。

 実際に兄の場合、不慮の事故というか、英雄的な結末というかは人それぞれなのだろうが、春休みの三月十四日。奇しくも兄とカノジョが付き合い始めて丁度二年目のその日、私の兄は死んだのだ。

 実際に私がその場面を目撃した訳ではないので、病院や警察、父と母から聞いた話をまとめた物を語るとしよう。


 三月十四日、兄とカノジョは四月からの大学生活で必要な物を買うと言う名目でデートをしていた。受験と言う重圧も終わり、彼らが六年間過ごした学び舎を去ったという開放感にも似た寂寥感が彼らを包んでいた事だろう。

 まあ、とにかく兄とカノジョは新宿駅をぶらりぶらりと散策し、おそらく喫茶店に入ったり、本屋を巡ったりと言う彼ららしいデートを楽しんでいたはずだ。

 が、ここで不幸な事故が彼らを襲った。

 横断歩道で信号が変わるのを待っていた兄とカノジョを含めた八名の元へ、猛スピードの乗用車が突っ込んできたのだ。

 咄嗟の判断にしては良くやった物だと思うが、向かってくる乗用車を逃げられないと判断したらしい兄は、隣で体を強張らせていたカノジョを思いっきり突き飛ばした。

 そのおかげでカノジョの体は乗用車との突撃コースからはずれ、アスファルトに足を打ち付け膝を擦り剥く程度の怪我で済んだ。

 しかし、兄はそうはいかない。

 一瞬後、辺りには何人もの人が乗用車と激突する鈍い音が響き、その音の主の中には兄も含まれていた。

 私達家族がその事故を知ったのは病院からの電話で、父の車を飛ばして私達が病院に着いた時に手術中であった。

 オペ室のすぐ外ではカノジョと望月家の両親が居り、カノジョはただ眼を瞑って祈っていた。

 握られた手は血の気を失い真っ白に成っていて、肩は震え、ただただカノジョは願っていた。

 私達が兄の死亡勧告を受けたのはその十分後である。

『……嘘よ』

 絶望しきった表情で小さくそう言った後、カノジョは金切り声を上げた。


 この事故はニュースでも取り上げられ、二人の軽症者、三人の重傷者、三人の死亡者を出した悲惨な交通事故として一月ほど世間を賑わせた。

 そもそもの交通事故の原因は乗用車のブレーキの誤作動であったらしく、運転手の家族達が土下座をしてきたが、私達家族としてはそんな事どうでも良い。

 街灯の監視カメラで映された兄の最後の行動をマスコミは英雄的だの、勇気あるだの、かっこいいだの、ヒーローだの、好き勝手に騒ぎ、立花家と望月家に連日マスコミが訪れた。

 立花家から笑顔が消えたのを私は良く覚えている。つぐみと母は連日抱き合って泣いていて、父は何も言わず歯を食い縛っていた。

 だが、私は泣かなかった。歯を食い縛る事も無かった。苛烈に襲ってくる喪失感、怒り、悲しみ、寂しさ、その全てが私に泣くように囁いてきたが、私は一滴の涙も流さなかった。父でさえ流したというのに。

 これは、私が兄を愛していなかったという事でも無く、冷血だという事でもない。

 あの時の私は、自分は泣いてはならない、私一人は何があっても立ち続けなければならないと思ったのである。


 親戚一同が急遽集められ、兄の葬式が行われた。棺の中の兄の体は整えられ、生前と同じ様であり、今にも起き出しそうだった。しかし、そこにあったのは兄と言う生きていた物では無く、魂とやら抜け落ちた単なる物体である。

 そのパッと見は安らかに眠っている兄を見て、母とつぐみは膝から崩れ落ち、父も彼女らを抱く様にして泣いた。私はその傍らでジッと兄の顔を見るだけだった。

 遠巻きに居た親戚達も皆涙を浮べていて、辺りから啜り泣きの声が響いた。


 兄の葬式には多数の参加者が集まった。親戚一同を始め、クラス二つはあろうかと言う兄の友人達、私達の高校の校長を始めとした先生方、彼らは皆、痛恨の表情を浮かべて兄の棺の前で、思い思い手を合わせた。

 すすり泣く者、怒る者、叫ぶ者、黙る者、号泣する者、色々な人が居た。

 兄がどれほど人に慕われていたのかが良く分かる場面であった。


 カノジョが来たのは最後だった。望月家の父母、悠太郎さんと玲子さんに支えられながら、カノジョはよろよろと幽鬼の様に兄の棺の前へ足を進めた。

 私は眼を見開いた。カノジョの瞳は何も映していなかったのだ。

 その瞳からは光が消え、その全身からは冷気が漂うかの様で、今にも脈動を止めてしまいそうであった。

 カノジョは足を止めて、ジッと兄を、正確には兄だった物を見下ろして、

『……飛鳥。起きなさい』

 と、冷え切った声で言った。

 今更言うのは何であるが、兄の名前は立花飛鳥と言う。

 私は立花飛鳥の弟、立花翼なのだ。

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