魔石調律のお値段は?

クルースニク

第四話

「全く使わずにっていうと語弊があるんだけどね。
 ほら、魔術って大規模になればなるほどガーッって精神力が削られるでしょ?
 私の場合は精神力が少ないから、逆に最小規模……自分の肉体強化にしか魔術を当ててないの」

「肉体強化って、まさか魔功術を会得なさってるんですか?」

「まあ、成り行きでね」

 魔功術。それは、自らの内に魔術を発動する技法。
 と言っても、ただ普通に炎を起こせば内側から燃え上がるだけの話。
 概念とでもいうのだろか。

 炎なら、威力。風なら、速度……というように、そこから連想される力を身に宿すのだ。
 例えば、炎の概念の魔功術を使えば、拳で軽々と岩を砕くほどの力を手に入れることが出来る。

 そこで、ふと思い至る。

「でも、あれってかなり危険な術なんじゃ……」

 その制御の難しさから肉体の損傷や死亡する者が絶えず、王都が禁術指定を考えているほどだ。

「一度コツを覚えてしまえば、なんてことはないものよ。
 大事なのは、自分の心」

 そう笑って、彼女は自分の胸に手を当てる。

「心?」

「魔術に重要なのが精神力だとすれば、魔功術に重要なのは揺るがぬ心。
 少しでも心を乱せば、その力は自分に跳ね返ってくるわ」

「やっぱり、かなり難しい技法なんですね」

「まあ、メリットも大きいけどその分リスクも高い技術ね。使わないで済むならその方がずっといいわ」

 確かにその通りだった。使い手の心次第の技法など、恐ろしくて使う気も起きない。
 そして、そんなことを考えている内は、きっと習得することなど出来ないのだ。

 そこまで力を求めていない自分には、あまり縁のない話であったが。

「さて、それじゃあ、そろそろお開きにしましょうか」

「ええ、そうですね」

 トウタは頷く。ジンウルフの肉を届けるのも、できれば早い方がいいだろう。
 ライラも心配しているだろうし、早くその不安を取り除いてやりたかった。

 食器や調理器具の片づけを手伝ったあと、互いに馬へ騎乗する。

「本当に、今日はありがとうございました」

「ええ。どういたしまして」

 リアナは蠱惑的に微笑むと、馬を走らせて北へ向かっていった。王都のある方角だ。
 あの服で王都に入るつもりだろうか。

 命の恩人が捕まらないこと祈りつつ、トウタもまた、ライラの待つエーデルカへと馬を走らせた。


 予定通り、日付が変わる前にエーデルカに着くことができた。
 すでに九時を過ぎ、観光客の姿は道にない。それに伴い、飲食店や土産屋なども閉まり、明かりが点いている店はほとんどない。
 だから、依頼主がいるであろう店はすぐに見つけることが出来た。

 ずっしりとしたバッグを背負い、トウタは未だ明かりの灯った店の扉を開く。
 テーブルに座っていた、三十代ほどの男がこちらを見てガタッと立ちあがった。

「君は、もしかして……」

「ええ。依頼のあったジンウルフの肉を、お持ちしました」

 男の前のテーブルにバックから取り出したジンウルフの肉を置く。
 彼は、それを包む紙を開き、安堵の表情を浮かべてトウタに頭を下げる。

「確かに。ありがとう、本当に助かったよ。これで店の評判を落とさずに済む」

「いえ、お役に立てて――」

 そう言いかけて、不意にトウタは既視感に襲われた。

『ありがとう、やっぱりあなたの調律が一番だわぁ』

『いえ、お役に立てて――』

「…………、」

「どうかしたのかい?」

 心配そうに、店主が顔を覗き込んでくる。
 トウタはハッと我に返り、愛想のある笑みを返す。

「いえ、なんでもありません。
それでは、寄るところがありますので、この辺りで失礼いたします」

「ああ、すまなかったね。
ギルドの方に報酬は振り込んでおくから、あとで受け取ってくれ」

「はい、では」

 頭を下げ、トウタは店を出る。
 あの既視感には、心当たりがあった。
 王都の工房で働く前、まだ資格も持っていない時。大事な魔石の調律をいつもトウタへ任せてくれた、近所のおばあさんとのやり取りだ。

(……忙しすぎて忘れてたな。
 そうか、俺はああいう笑顔を見たくて魔石調律師になったんだ)

 別れ際のフィアナの笑顔を思い出す。
 そう、もっとあんな笑顔を見てみたい。

(はっ、本当にライラには感謝しないとな)

 冗談なしに、デートに誘ってみてもいいかもしれない。
 身の回りをいつも世話してもらっているのだから、たまにはエスコートをしてあげてもバチは当たらないだろう。
 さて、一体どこを回ろうか。そんなことを考えながら、俺は彼女が待つ工房へと向かって歩き出した。


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