魔石調律のお値段は?

クルースニク

第三話

「……でも、私は美少女だからヒロインになるのか」

 金髪の女がどうでもいいことで首を傾げる。サイドで纏められた髪が、尻尾のように揺れた。
 自分を美少女という人間を見たのは初めてだった。

「あっ、気を付けたほうがいいわよ」

 ふと何かに気付いたように女が言った。
 背後を振り向くと、憎々しげにこちらを睨むワーウルフの姿。右腕の具合を確かめていた。

(くそ、残りの精神力じゃ“月槍”は撃てないし、どうすれば……ッ!?)

 トウタが歯噛みをした直後、胸元から翡翠の光が溢れる。
 目線を下げる。フィアナからもらったブローチ、そこに浮かび上がる文字のものだった。

(一か八かやってみるか……?)

 迷っている時間はなかった。

 ワーウルフを注視したまま脳裏へ扉を描く。
 翡翠の輝きを放つそれに、ブローチの文字を刻む。

 魔物の両脚の筋肉が再び膨らみ上がる。


 扉が開く。そこから力が流れ込んでくるイメージ。

 トウタの魔石が翡翠の輝きを放つ。
 彼を中心に風が生まれ、生まれた風が中段に構えた剣に集まる。
 最初はそよ風程度だったものが、徐々にその強さを増していく。

 だが、その時、ワーウルフが地面を蹴った。

(間に……合わない……ッ!)

 そう判断し、その魔術が完成する前にトウタは剣を振るう。
 剣先とワーウルフの鋭爪がぶつかる。
 拮抗は、なかった。

 解き放たれた烈風が、ワーウルフの右腕をぐしゃりと押し潰す。
それでもなお勢力は落ちず、その体を後方へと吹き飛ばした。
 だが、そこで目の前が眩み、トウタは膝を着いてしまう。

「あとは、お姉さんに任せなさい」

 女は唇をペロリと妖艶に舐めると、トウタの横をすり抜けてワーウルフを追いかけた。
 途中、地面に落ちていた剣を前方に蹴り上げる。

 やがてワーウルフが、巨木の幹に背後から激突する。
 その目前、先の剣が放物線を描いて落ちてきた。
 女は右手でそれを掴み、振り抜く。ワーウルフの左腕が宙を舞った。

 怒りに雄叫びを上げるワーウルフ。しかし、その血まみれの右腕を振ろうとした時には、すでに肩口から先が消えている。
 女がそれよりも早く短剣を斬り上げていた。
 そこから先は、一方的な蹂躙が繰り広げられる。

 双刃が閃く度、右足、左足が切り飛ばされ、最後は喉元に長剣を突き刺され幹へ縫い止められた。
 彼女はスカートの上に巻き付けていたベルトからもう一本短剣を抜くと、魔物の胴体へ突き立てる。その後は慣れた手付きで腹を裂き、掌に乗る程度の肉塊を切り出した。
 もう、ワーウルフが動くことはなかった。

「う~ん、美味しそうっ。弾力も脂のノリ具合も最高だし、鮮度が落ちないうちにちゃっちゃと食べちゃうかなぁ」

 顔やコックコートに付着した返り血を気にもせず、女はウキウキとした様子でこちらへ向かってくる。
 かなりの奇人に見えたが、恩人は恩人だ。トウタは軽く頭を下げる。

「危ないところを、ありがとうございました」

「細かいことはいいのいいの。ほら、あなたも一緒に食べましょう」

 感謝の言葉を片手で制すと、彼女は二コリと笑って手に持った肉塊を見せた。
 戸惑うトウタに彼女はこう続けた。

「一人で食べるより、二人で食べたほうが美味しいから」

 どこかで聞いたような台詞だった。


「やっぱり、良い肉は焼いて食べるのが一番だよね~」

 金髪の女がナイフで厚めにスライスした肉を頬張り、幸せそうに呟く。
 森から少し離れた場所で焚き火を起こし、そこで二人は食事を取っていた。

 二人が森から出た時には、すでに日が落ちていた。
彼女は近くで待機させていたらしい馬から調理道具を降ろし、慣れた手付きで肉の下処理を終え、ステーキを焼き上げた。
 その手際は素人のそれではなく、プロかそれに準じるものであろうことが伺えた。

「いただきます」

 手を合わせ、トウタも白い皿の上に乗ったステーキにナイフを入れる。
 中から肉汁が溢れる。表層はしっかりと焼かれているが、中心部は鮮やかな赤。それがまた食欲を掻き立てた。
 堪らずフォークで刺し、口の中に放り込む。

「……美味い」

 思わず声が漏れた。
 新鮮さか、それとも下処理が良いのか、臭みは全く感じられない。
 鼻から抜ける肉の香ばしさ、そして口中に広がる肉の旨味。食べているのに涎が落ちそうだった。
 我に返った時には、すでに皿の上から肉は消えていた。

「うんうん、気持ちの良い食べっぷりだね。作った甲斐があるよ」

 声に顔を上げると、折り畳み式のテーブルに頬杖をつき、嬉しそうに金色の髪の女性が微笑んでいた。
 こうしてマジマジと見ると、彼女はかなり美人の部類に入る女性だった。
歳の程は、トウタより上。二十歳前後に見える。スタイルも緩みなく整い、コックコートを押し上げる豊かな双丘は、度々トウタの視線を奪った。

 美女、大人のお姉さん。そんな言葉が似合う女性だった。
返り血で服を染めた凄惨な姿でなければ。

「ありがとうございます。助けた上に食事まで頂いて」

 トウタも笑みを返すと、彼女は目を細めた。

「どういたしまして。気にしないで、そういう顔を見たくてこんなことをしているんだから」

「……こんなこと?」

 聞き返すと、彼女は誇らしそうに胸を張った。

「さすらいの美少女料理人よ。大陸を巡り歩いて、魔物を食べ歩いているの」

(美……少女?)

 さすらいとか、目的よりもまず、そこが気に掛かった。贔屓目に見ても、もうそんな歳じゃない。だが、彼女は命の恩人。トウタは触れずにして置くことにした。

「なんで生暖かい目をしてこちらを見るのかしら?」

「気にしないでください」

「気になるから聞いてるのよ?」

 口は笑っているが、目は笑っていない。
 身の危険を感じたトウタは、話題を逸らすことにした。

「そういえば、お互い自己紹介がまだでしたね。
自分は、トウタ・エレッジといいます」

「……私は、リアナよ。リアナ・ヴァイス」

 納得してなさそうな顔で、それでも自己紹介は返してくれた。
 トウタはさらに質問で畳みかける。

「リアナさんは、どうしてあの森に?」

「……ちょうどワーウルフの肉を食べたくなってね。
まさかあんな浅い場所で出会えるとは思わなかった。君が襲われているともね」

 その気まぐれがなければ、今頃は逆にワーウルフの腹の中にいたかもしれない。
 そう考えて、トウタは身を震わせた。

「あなたは、どうしてあの森に居たの?」

 今度はリアナの方からトウタに問いかけてくる。

「ギルドの依頼で。ジンウルフの肉を取りに来たんです」

 彼女は納得したように頷いた。

「なるほど。ジンウルフの肉は美食家たちの間で人気があるものね。
でも、よく一人でこの森に入る気になったわね」

「前に一度入ったことがあったので。なんとかなるかなと」

 今にして考えれば、随分と甘い考えだったとトウタは反省する。

「ワーウルフにさえ会わなければ、本当になんとかなったんだから大したものね。
最後にあなたが使ったあの魔術が完成してれば、私もいらなかったかもしれないし」

「あれは……、確かに」

 凄かった。あれは、間違いなくフィアナが決闘の時に使った魔術。
 やはり、あのブローチの古代言語は“そういう意味”を示すものだったか。

「……ですが、結局は助けてもらいましたし。
リアナさんの方こそ、すごい実力ですね。ワーウルフのあの硬い筋肉を、魔術に頼らずに切り裂いてしまうなんて」

 トウタがあらためて尊敬の眼差しを向けると、リアナは苦笑した。


「その他」の人気作品

コメント

コメントを書く