魔石調律のお値段は?

クルースニク

第三話

 引き攣った営業スマイルで、トウタは彼女が取り出したものについて訊ねる。

「あの、これは?」

「お嬢様の魔装具です」

「そのお嬢様からのご依頼ってことでいいんですよね?」

 許可を取ってきていることを信じ、トウタが訊ねる。
 それを打ち砕くように、彼女はやんわりと首を横に振った。

「いえ、まだ気持ち良さそうに眠られていましたので、代わりに私の方が持ち込ませて頂きました」

 屈託のない笑顔で、ライラはそう答えた。
 思わず、客前であることも忘れて、トウタは天を仰いだ。
 ああ、面倒なことになったと。

(全く、どうしたもんかな……)

 まさか、持ち主の意思を無視して調整するわけにもいかない。
 だが、恐らくこれがラストチャンス。残りの日数を考えると、この依頼を逃せば後はない。
 逡巡の果て、

「ちょっと魔装具の方を拝見させて頂いてもよろしいですか?」

 とりあえず魔装具の状態だけでも確認しておくことにした。


 一般的に魔装具は、魔石とそれを嵌める台座で構成されている。魔石は丸みを帯びた楕円上に加工され、台座には古代言語が刻まれる。
 これを台座の周辺に削り入れることで、魔術の規模や方向性を調整することができるのだ。
 その台座は、身に付けやすいよう手甲やネックレスなどに付けられる。

 依頼のあった魔装具は、手甲部分に関しては比較的新しいが、台座に関してはかなり劣化してしまっていた。古代言語が擦り切れて読めない箇所があるほどで、十年前から魔石調律していないというのは事実のようだ。
 これでは魔術にも影響が出ているはずであるし、本人もそれには気付いているはずだ。

(それなのに、なんで魔石調律を行わないんだ……?)

 この町に住んでいるのなら、金銭問題ではないだろう。それ以外の理由で調整をしないとすれば、魔装具は持っていても、使わないという場合か。

「お嬢様が通われているのは、どんな学校かわかります?」

「えーと、確か王立魔術学園だったと思います」

「王立魔術学園ですか……!?」

 思わず目を見開いて聞き返す。その勢いに、ライラは少し驚いたように肩を震わせた。

「は、はい。お屋敷の方々から聞いたので間違いないと思います」

 あの名門にこの魔装具で入学できたとしたなら、かなりの実力者だ。
 しかし、初等部では皆についていけたとしても、これでは徐々に落ちこぼれるだろう。王都の天才、異才が集められるあの学園では、確実に。
 学園の魔石調律科へ通い、遠からずにいたトウタにはわかる。

「……お嬢様は突然昨日帰られたって言ってましたよね? その様子に何かおかしいところはありませんでしたか?」

「そういえばメイド長が元気がないように見えるって言っていたような。私にはすごい明るい女の子に見えたんですけどね」

 それならば合点がいく。今の時期、学園では魔術の実技試験が行われる。
 突然の帰宅、無理に明るく振る舞う。それらのことから推測するに、実技試験に落ちたのだろう。

 しかし、わからない。
 実技試験は突然レベルが跳ね上がるわけではない。普段の授業の延長で、それに付いていけていれば、落ちることはない。
 逆に言えば、普段の授業についていけていなかったということ。その状況でなぜ魔石の調律を行わないのか、それがわからない。

 もう一度、トウタはその魔装具を観察し、あることに気付く。

(掠れていてよくわからなかったけど、随分と文字の刻み方が荒いな……)

 とても同業者が行ったとは思えない、お世辞にも上手いとは言えない調律だった。恐らくは素人のもの。
 しかし、手が抜いてあるわけでもなく、一文字一文字に真剣さを感じる。

(一体、誰がこの古代言語を刻んだんだ……?)

 十年前の魔石調律。まだ、そのお嬢様が子供だった頃。
 稚拙だが、真摯さを覚える彫刻。そう、それはまるで子供が行ったような……。

(まさか……!)

 ある答えに行き着いた直後、工房の玄関扉が勢いよく開かれる。
 トウタとライラが何事かと見合う。そこには二人の見知った人物が立っていた。

 陽光に輝く長い銀髪。怒りに満ちた蒼い瞳。
 昨晩のような制服姿ではなく、フリルのついた青いドレスを身に纏っていた。

「君は……」

「お嬢様……!」

 ぽつりと呟いたライラの言葉に、トウタはハッと彼女を見やる。

(そうか、こいつが。だから、昨日の夜……)

「あなた、一体どういうつもりなの!」

 工房に少女の怒声が響く。
 こちらには目もくれずにライラの元まで来ると、腰に手を当て、威圧するように口を開いた。

「昨日は勝手にタンスの中を漁ったかと思えば、今日は無断で魔装具の持ち出し? クビよ! あなたのような人間、屋敷に置いておけないわ」

「そんな……、私はお嬢様のことを思って」

 その迫力に圧されながらもライラが口にした抵抗の言葉に、銀髪の少女は眉を吊り上げた。

「何がわかるの、あなたに。ただ迷惑なだけなのよっ!」

 小動物のように怯えるライラ。自業自得ではあるし、こうなることはある程度トウタは予測していた。しかし、実際目にしてしまうと少し情がわいてしまう。

「その辺にして置いたらどうだ? その子に悪気はないみたいだしさ」

 唐突な乱入者に、怒りの眼差しがこちらへ向く。瞬間、その目が見開かれた。


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