スキルを使い続けたら変異したんだが?
第三話 変異
リーレの町から出る前に、俺は情報収集をすることにし、三つほど収穫を得た。
一つはリーレの先のエリアについて。
そこも草原が広がっているらしいのだが、所々へ洞窟や森林などダンジョンが存在するらしい。
すでに攻略済みらしく、先駆者がユニーク装備を取ってしまったらしいが、まあ、それは覚悟の上だった。
争い事は好きではないし、他のプレイヤーと競ってまでレアアイテムを取りたいとも思わない。せっかくのゲームなのだから楽しまなければ。
二つ目は、プレイヤーのHPがゼロ。つまり死んだ場合について。
最初の拠点であるこの町の入口まで飛ばされるそうだ。レベルとステータス、スキル以外をすべてリセットされて。
これはかなり痛い。どんなに良い装備も初期の皮シリーズに戻ってしまうということなのだから。
なので、先に進んでいるプレイヤーも慎重を期しているようで、現在はあるエリアを境にストップしてしまっているらしい。その近くにある街でレベルや装備を整えているそうだ。
三つ目は、ユニークモンスターについて。
次の草原エリアには、ゴーレムというユニークモンスターが存在する。
これについては俺も和樹から聞かされていた。
運営も大々的に発表している、一体限りのボーナスモンスターだ。
倒せば経験値補正等を無視してレベル50までに必要な経験値が手に入り、さらに強力なユニーク装備を落とす。
だが、三か月前に始めたプレイヤーですらそのあまりの防御力の高さに一割のダメージも与えられず、敗走を余儀なくされているそうだ。
現状攻略は不可能ということで、一ヶ月ほどで挑戦者はいなくなってしまったたそうだ。
初期プレイヤーは、ユニークモンスターがいるルートを迂回して進むのが定石になっているらしい。
俺は今、その草原でその忠告通りゴーレムから離れた場所を進んでいた。
初期エリアより、やはりモンスターの数と種類が多い。
向こうでは1対1が普通であったが、ここでは敵の数が二体や三体という場合もざらだ。
しかし、
「はあっ!」
鉄の剣を真横へ一閃。
振るわれた刀身が猪型のモンスター、バッファローを切り裂く。赤いゲージが消え、その体が粒子となって消え去る。
返す刃で空から突貫してきた鷹型のモンスター、イーグルを袈裟に斬り上げる。先のモンスターと同じく光となって散った。
レベル10となった俺の敵ではなかった。
そうそう。この感じがいいんだよなぁ。通常攻撃で一撃っていうのが一番楽しくていい。
サクサクとモンスターを葬りながら、俺はどんどん先へと進んでいく。
「ん? なんだ……?」
草原も中盤に差し掛かったあたりで、遠くに人だかりが出来ているのが見えた。
その奥で、家ほどの大きさもある巨大な石の人形が動いている。あれがゴーレムだろう。拳を振るう度、ここまで振動を感じる。
あれ、でもおかしくないか?
俺は首を捻る。ゴーレムがいるのはもっと先のはずだ。誰かがここまで呼び寄せて戦っているのだろうか。気になって、近付いてみることにした。
「おら、何やってんだ!」
「もっとしっかり狙え!」
「ああ、惜しい! あとちょっとだったのに!」
人垣は、十数人の若い男女たちだった。随分と熱狂しているようだ。
その割に、自分たちは戦わないらしい。合意すれば、最高5人PTの5チームが戦えるとゲームの説明に書いてあったのだが、装備が惜しいのか。
まあ、俺も見るだけ見てゴーレムのターゲットにされない内にさっさと進むか。
そう思い、人垣の間からその勇敢なプレイヤーの姿を拝み……絶句した。
ゴーレムと戦っていたのは。
否、ゴーレムから逃げ回っているのは、俺と同じ年ぐらいの少女だった。
セミロングでまじりけのない黒い髪をした、白い肌の気弱そうな彼女は、息を切らしながらゴーレムの攻撃をかわしていた。
「た、助けて……!」
少女がこちらの人垣に飛び込もうとするが、
「逃げるんじゃないわよ、この泥棒!」
俺の隣の女が少女を突き飛ばす。
「ッ、お前、何してんだよ!」
思わず俺は女を問い質していた。
「何って、死んでもらおうとしてるのよ、あの女に」
なんでもないことのように、サラッと女は言った。
「なんでそんなことを……!」
「アイツ、私たちのギルドマスターの装備を盗んだのよ」
「盗んだ……?」
少女を見る。どう見ても、そんなことをするような人間には見えない。第一、装備の譲渡はこのゲームでは行えないはずだ。
その疑問に答えるように、女は続けた。
「ギルドマスターが最前線で戦ってたんだけど、死んでしまったの。そうするとユニーク装備は、元のダンジョンに戻る。それをアイツが取ったのよ」
意味が、わからなかった。
否、わかっていても、信じたくなかった。たかがそんなことを根に持つ人間がいるなどと。
「だから、意気揚々と次のエリアに進もうとしたアイツにゴーレムをけし掛けたのよ。ほら、モンスターはユニーク装備を持っている奴を優先的に狙うから」
さも当然のように、女は言い退けた。そしてそれを同調するように、周りの者たちは助けを求める少女を突き飛ばし、殺そうとする。
遂に、少女がゴーレムの前で転んでしまう。ゴーレムがその巨腕を振り上げたのを見た時には、すでに体は動いていた。
「くっそが……!」
勢いのまま、少女の体を突き飛ばす。背後でゴーレムの拳が落ち、大地がめくり上がる。
その土くれが背中に直撃した。今まで感じたことのない強い振動を感じる。
視界の隅に移るHPバーが全快から五分の一にまで減少していた。
「あ、え、あ……?」
目を白黒させる少女を背中に庇う。
ガラじゃない。本当にそんなガラじゃないのに。
現実では不良と目すら合わせられない臆病者の俺が、誰かを守るなんて、本当にガラじゃない。絶対に勝てないとわかっていながら、自分より強いモノに挑むなんて。
しかし、どこか胸の奥で何かが燃えているのがわかる。
そう。でもこのゲームなら。このゲームの中ぐらいでなら。
現実ではできないことが、叶えられてもいいじゃないか……!
そうして、俺は岩の巨人と対峙する。
「ブレイズソード!」
初期スキルを発動する。刀身から炎が湧き上がる、一歩でゴーレムとの間合いを詰め、懐に潜り込んで剣を逆袈裟に斬り上げた。
しかし、その岩壁に触れた瞬間にエフェクトが散り、跳ね返される。
脳裏にまたあの聞きなれない電子音が、前よりも強く響く。
「ゴーレムに初期スキルとか頭おかしいんじゃねえの?」
「恰好付けた癖にだっせぇ奴だな」
「ははっ、いいじゃねえか。ヒーロー気取りの馬鹿が潰されんのすげえ楽しみだし」
だが、耳障りな嘲笑に掻き消えた。
ああ、馬鹿だ。本当に馬鹿だ。
でも、それでもこのまま彼女を見捨てていくよりは、ずっといい。
例えここで死んだとしても、結局彼女を守れなかったとしても。
一人で入口まで戻らせるのはあまりにも可哀想だった。
辛くてこのゲームをやめてしまうかもしれない。
それはあまりにも悲しかった。自分だってあれだけ楽しかったのだから、きっとこの少女だって楽しんでいたはずなのだ。
それをあんな理不尽な理由で、こんな卑劣な方法で潰されるなんてこと、あっちゃいけない……‼
こちらの意思など知らぬAIは、再びその石腕を振り上げる。
少女にはもう避ける気力など残っていないようだった。
俺は剣を構える。最後はこの慣れ親しんだ技で、せめて一矢ぐらい報いたかった。
「ブレイズソードッ‼」
刀身へ焔が纏う。見慣れた光景だった。目前にタブレットが召喚されなければ。
こんな時に誤作動かよッ!
俺は何が表示されているかもわからない画面を乱暴に叩き飛ばす。
異変が起きたのは、その時だった。
一つはリーレの先のエリアについて。
そこも草原が広がっているらしいのだが、所々へ洞窟や森林などダンジョンが存在するらしい。
すでに攻略済みらしく、先駆者がユニーク装備を取ってしまったらしいが、まあ、それは覚悟の上だった。
争い事は好きではないし、他のプレイヤーと競ってまでレアアイテムを取りたいとも思わない。せっかくのゲームなのだから楽しまなければ。
二つ目は、プレイヤーのHPがゼロ。つまり死んだ場合について。
最初の拠点であるこの町の入口まで飛ばされるそうだ。レベルとステータス、スキル以外をすべてリセットされて。
これはかなり痛い。どんなに良い装備も初期の皮シリーズに戻ってしまうということなのだから。
なので、先に進んでいるプレイヤーも慎重を期しているようで、現在はあるエリアを境にストップしてしまっているらしい。その近くにある街でレベルや装備を整えているそうだ。
三つ目は、ユニークモンスターについて。
次の草原エリアには、ゴーレムというユニークモンスターが存在する。
これについては俺も和樹から聞かされていた。
運営も大々的に発表している、一体限りのボーナスモンスターだ。
倒せば経験値補正等を無視してレベル50までに必要な経験値が手に入り、さらに強力なユニーク装備を落とす。
だが、三か月前に始めたプレイヤーですらそのあまりの防御力の高さに一割のダメージも与えられず、敗走を余儀なくされているそうだ。
現状攻略は不可能ということで、一ヶ月ほどで挑戦者はいなくなってしまったたそうだ。
初期プレイヤーは、ユニークモンスターがいるルートを迂回して進むのが定石になっているらしい。
俺は今、その草原でその忠告通りゴーレムから離れた場所を進んでいた。
初期エリアより、やはりモンスターの数と種類が多い。
向こうでは1対1が普通であったが、ここでは敵の数が二体や三体という場合もざらだ。
しかし、
「はあっ!」
鉄の剣を真横へ一閃。
振るわれた刀身が猪型のモンスター、バッファローを切り裂く。赤いゲージが消え、その体が粒子となって消え去る。
返す刃で空から突貫してきた鷹型のモンスター、イーグルを袈裟に斬り上げる。先のモンスターと同じく光となって散った。
レベル10となった俺の敵ではなかった。
そうそう。この感じがいいんだよなぁ。通常攻撃で一撃っていうのが一番楽しくていい。
サクサクとモンスターを葬りながら、俺はどんどん先へと進んでいく。
「ん? なんだ……?」
草原も中盤に差し掛かったあたりで、遠くに人だかりが出来ているのが見えた。
その奥で、家ほどの大きさもある巨大な石の人形が動いている。あれがゴーレムだろう。拳を振るう度、ここまで振動を感じる。
あれ、でもおかしくないか?
俺は首を捻る。ゴーレムがいるのはもっと先のはずだ。誰かがここまで呼び寄せて戦っているのだろうか。気になって、近付いてみることにした。
「おら、何やってんだ!」
「もっとしっかり狙え!」
「ああ、惜しい! あとちょっとだったのに!」
人垣は、十数人の若い男女たちだった。随分と熱狂しているようだ。
その割に、自分たちは戦わないらしい。合意すれば、最高5人PTの5チームが戦えるとゲームの説明に書いてあったのだが、装備が惜しいのか。
まあ、俺も見るだけ見てゴーレムのターゲットにされない内にさっさと進むか。
そう思い、人垣の間からその勇敢なプレイヤーの姿を拝み……絶句した。
ゴーレムと戦っていたのは。
否、ゴーレムから逃げ回っているのは、俺と同じ年ぐらいの少女だった。
セミロングでまじりけのない黒い髪をした、白い肌の気弱そうな彼女は、息を切らしながらゴーレムの攻撃をかわしていた。
「た、助けて……!」
少女がこちらの人垣に飛び込もうとするが、
「逃げるんじゃないわよ、この泥棒!」
俺の隣の女が少女を突き飛ばす。
「ッ、お前、何してんだよ!」
思わず俺は女を問い質していた。
「何って、死んでもらおうとしてるのよ、あの女に」
なんでもないことのように、サラッと女は言った。
「なんでそんなことを……!」
「アイツ、私たちのギルドマスターの装備を盗んだのよ」
「盗んだ……?」
少女を見る。どう見ても、そんなことをするような人間には見えない。第一、装備の譲渡はこのゲームでは行えないはずだ。
その疑問に答えるように、女は続けた。
「ギルドマスターが最前線で戦ってたんだけど、死んでしまったの。そうするとユニーク装備は、元のダンジョンに戻る。それをアイツが取ったのよ」
意味が、わからなかった。
否、わかっていても、信じたくなかった。たかがそんなことを根に持つ人間がいるなどと。
「だから、意気揚々と次のエリアに進もうとしたアイツにゴーレムをけし掛けたのよ。ほら、モンスターはユニーク装備を持っている奴を優先的に狙うから」
さも当然のように、女は言い退けた。そしてそれを同調するように、周りの者たちは助けを求める少女を突き飛ばし、殺そうとする。
遂に、少女がゴーレムの前で転んでしまう。ゴーレムがその巨腕を振り上げたのを見た時には、すでに体は動いていた。
「くっそが……!」
勢いのまま、少女の体を突き飛ばす。背後でゴーレムの拳が落ち、大地がめくり上がる。
その土くれが背中に直撃した。今まで感じたことのない強い振動を感じる。
視界の隅に移るHPバーが全快から五分の一にまで減少していた。
「あ、え、あ……?」
目を白黒させる少女を背中に庇う。
ガラじゃない。本当にそんなガラじゃないのに。
現実では不良と目すら合わせられない臆病者の俺が、誰かを守るなんて、本当にガラじゃない。絶対に勝てないとわかっていながら、自分より強いモノに挑むなんて。
しかし、どこか胸の奥で何かが燃えているのがわかる。
そう。でもこのゲームなら。このゲームの中ぐらいでなら。
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初期スキルを発動する。刀身から炎が湧き上がる、一歩でゴーレムとの間合いを詰め、懐に潜り込んで剣を逆袈裟に斬り上げた。
しかし、その岩壁に触れた瞬間にエフェクトが散り、跳ね返される。
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「ゴーレムに初期スキルとか頭おかしいんじゃねえの?」
「恰好付けた癖にだっせぇ奴だな」
「ははっ、いいじゃねえか。ヒーロー気取りの馬鹿が潰されんのすげえ楽しみだし」
だが、耳障りな嘲笑に掻き消えた。
ああ、馬鹿だ。本当に馬鹿だ。
でも、それでもこのまま彼女を見捨てていくよりは、ずっといい。
例えここで死んだとしても、結局彼女を守れなかったとしても。
一人で入口まで戻らせるのはあまりにも可哀想だった。
辛くてこのゲームをやめてしまうかもしれない。
それはあまりにも悲しかった。自分だってあれだけ楽しかったのだから、きっとこの少女だって楽しんでいたはずなのだ。
それをあんな理不尽な理由で、こんな卑劣な方法で潰されるなんてこと、あっちゃいけない……‼
こちらの意思など知らぬAIは、再びその石腕を振り上げる。
少女にはもう避ける気力など残っていないようだった。
俺は剣を構える。最後はこの慣れ親しんだ技で、せめて一矢ぐらい報いたかった。
「ブレイズソードッ‼」
刀身へ焔が纏う。見慣れた光景だった。目前にタブレットが召喚されなければ。
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