異世界転移するような人が平凡な高校生だと思った?
64話 シュナの試練
「あー美味かったー」
 あれからミスラとシュナの論議はようやく保留。という形で終了し、今は空腹を満たした食後の時間。
「そうですね、久しぶりに味のある食べ物を食べた気がします」
「....まぁ、全くもって同感だけど......」
 ダンジョンで食べてた物と言えば、全て魔物肉。
「どれだけ焼いてもあのブヨブヨとしたゴムのような食感に、どれだけ岩塩を眩しても風味に残るカメムシのような苦味.....あの味を私は一生忘れません」
 思ってたよりそこ根に持ってたのね....
「シュナはどうおも.....聞く以前の問題か」
 シュナは魔物の肉を食べてる時、特に苦々しい反応も見せなければ、喜々として食べてる様子もなかった。だが、今のシュナを見てみればそれは一目瞭然。目を輝かせて一心不乱にパンを食べている。
「シュナってこんな大食いだったっけ...?」
「今まで食べ物とは言えないものを食べてたんです。これくらいの反応が普通ですよ」
そ、そうか〜.....そんなにか〜。正直俺はそんなに不味くなかったりしたんだけどな。勿論美味しくはないけど。
「ところで祐、明日はどうするのですか?」
「またギルドに行くことになると思う。そんなに時間はかからないと思うけどな」
「ふむ....了解です。あ、私少し散歩してきますね。シュナが食べ終わったら先に部屋に戻ってて構いません」
「ん? あぁ、分かった。気をつけてな」
「はい」
 こんな時間から散歩?とは思ったが、ミスラなら心配ないだろうと思い、特に何も聞かずに見送った。
***
 翌朝、時間の分からないダンジョンでも案外規則正しい生活が出来ていたのか、割と早起きすることが出来た。何となく体が動かしたくなったので、動きやすい格好に着替えてから外へ出る。
 夜とは違った静けさに、気持ちの良い澄んだ空気を肺いっぱいに溜め込んで、吐き出す。次に準備運動、腕を回したり軽くジャンプしたり、何となく覚えてるラジオ体操を覚えてる範囲で熟す。
「よし、これくらいでいいか」
 一応迷うことのないように、『マッピング』を発動させておいて、俺は自分のペースで走り出した。
 ちょうど2km程度走ったところで、井戸があったので少し休憩することにした。
「ふぅ」
 水を汲み、顔を洗う。冷たい水が汗を流して火照った体を鎮めてくれる。
 狭いダンジョンの中では実感が無かったけど、こうして日本でもやっていた事を同じようにやってみると、体力の差がよく分かる。普段の自分なら、この距離をたったの3分で走れば、息は切れて、汗もだくだくになっていたことだろう。というかそもそも無理だ。1kmを1分30秒、つまり時速40kmで走っていたことになる。
 けど今は、少し汗ばんだ程度で息も学校の校庭を準備運動がてらに一周走った程度。
 これが10分の1のステータスでは無く、元々の数値であれば、汗もかかなかったかもしれない。
「さて、戻るか」
 休憩が済むと、俺は帰りの2kmを来た時と同じペースで走り出した。
***
 宿へ戻るとミスラとシュナが座って話しているのが見えた。
「よ、もう起きてたのか」
「おや、そういう祐も、入口から来たのを見ると早起きしたのですか?」
「軽くジョギングしてきた」
 そして、ミスラとシュナの向かいの席に座る。
「ユウ」
「ん?」
 シュナが何か期待した目で俺を呼ぶ。
「これ、行きたイ」
 そうしてシュナがあるチラシのような物をテーブルの上に置く。
「武闘派最強決定戦?」
 こんなものがあるのか...でもこれ、表立ったものなのかが心配だな。
「あらあら?3人とも朝早いのねぇ〜」
「レイラさん、おはようございます。あの、ちょっと聞いていいですか?」
「えぇ、なんでも聞いてぇ〜?あ、でもスリーサイズは内緒よ?」
 「まぁそれも少し気に....ゴホン、えっとこれなんだか知ってます?」
 レイラさんはチラシを見る。
「あら、この大会結構有名よぉ〜?一年に一度だけある大会なのだけれど、賞金が豪華らしくて強い人達が沢山集まるから毎年凄く盛り上がってるわねぇ〜」
「健全なやつですか?」
「そこは心配しなくても大丈夫よ〜、武器の持ち込みは一切なし、障害が残るほどの怪我を負わせるのも禁止、魔法は自身を強化する魔法以外は使用禁止だったりして、安全面では問題ないと思うわよ?」
「えっ」
「ん〜?どうしたのぉ〜?」
「い、いえ、何でもないです。安全面は問題なさそうですね.....」
 そう、安全面でいえば、この大会はとても良心的なやつだ。それは聞いててわかる。だから問題はそこじゃなくて───
「ユウちゃん達出るのかしらぁ〜?」
「....いえ、少し興味ありましたけど、俺は遠慮しようと思います。シュナは出るらしいですが」
 俺はシュナにもう一度意思確認のアイコンタクトを送ると、全く意思が変わっていなかった。
「あらぁ?シュナちゃんが出るの?それなら応援しに行かなくちゃ!」
「大会は.....今日の午後!?」
「そうよぉ?知らなかったの?」
 な、なんてことだ.....時間が足りなさ過ぎる.....!
「シュナ.....」
「ん、なニ?」
「朝食を取ったら庭に集合な?」
 ミスラとシュナは何だかよく分からないまま、俺だけがとても深刻そうな顔で朝食を食べるのだった。
***
「さて、シュナ。特訓だ」
「とっくん....?」
「.....あの、祐?まさか今のシュナでは大会で勝てないと言うんですか?」
「あぁ、勝てないな」
「っ!?」
 きっぱりと「勝てない」と言うと、シュナの顔が少し強張った。
「....とっくん.....やる。勝てないのハ、イヤダ」
「言っとくが辛いぞ?俺は仲間だからと言って一切容赦しないからな?」
「...受けてたツ」
「よし、良いだろう。じゃあまずは、そこに置いてある丸太を一撃で粉々にして見せろ」
 一体、祐は何を考えているんでしょう...魔物をチリも残さずに消し去ってしまうシュナにそんなこと.....ん?チリも......残さず?
「分かっタ」
 そして、シュナは丸太の目の前まで行くと、拳を握り、振りかぶって──
ズドンッ!
「どウ?」
見事に丸太を消し飛ばしたシュナは自慢げに振り返る。だが、
「────ダメだ」
「...え?........な、なんデ?だって 丸太は完全に...」
「俺は粉々にしろと言わなかったか?どこに粉々になった丸太がある?」
 なるほど、ようやく祐のやりたいことが理解出来ました。確かに、これでは勝ち進めるのは不可能ですね。『障害が残るほどの怪我を負わせるのは禁止』というルールがある以上、シュナはルール違反で負けてしまう。
「....で、でもそれハ、もっと強い証....」
「シュナ、勘違いしているようだから言っておくが、これはパワーアップを図る特訓じゃない」
「じ、じゃあ、なニ?」
 今まで力を強くするためだけに拳を振るってきたシュナにとって、この特訓は何をしているのかさっぱりな様だ。
「この特訓はな........手加減を覚える為の特訓だ!」
***
 急遽始まったシュナの特訓は困難を極めた。
 丸太を殴らせればチリも残さずぶっ飛ばし、攻撃方法をビンタに変えてみても、前者同様の結果になった。風圧だけであれば、ギリギリ丸太も原型を留めたが、それでは最悪魔法と思われる可能性がある為、その方法も難しい。
「はぁ......はぁ...........まだまダ」
 そして今やってる事はと言うと、せめて丸太をチリが残るようにひたすら殴る。ちなみにこの息切れは、最大の力で殴れないことへのストレスだ。
 もう何回丸太を吹き飛ばしたかも分からなくなってきた頃、シュナはついに──
 ドンッ!
 最初の頃より、幾分か控えめな音と共に、粉々になった丸太がシュナの前に残った。
「........で、できタ........出来た!!!」
「良く頑張ったな、シュナ」
「これで、出ていイ!?」
「.........んーむ....」
 大会までの残りの時間はあと1時間半。今、ミスラがエントリーに行ってきてくれたから、出場自体は出来るはずだ。
 この短時間でシュナは本当によく頑張った。
 だが、まだ強すぎる。こういう大会はどこにでもあるしまた今度にでも、と言うのは簡単だが、シュナの頑張りを見ると、どうしても出たいという気持ちが伝わってくる。
 丸太がチリから2つに割れる程度にはしたい。出場してくる奴らも、そんなやわじゃない筈だ。
「.......ん?あれ、そういえば..........」
***
「特訓はどうですか?」
 無事エントリーを終え、帰ってきたミスラが庭に顔を出した。
「あぁ、何とかなったよ」
「へぇ、出来たんですか。凄いですね」
「シュナが頑張ったから出来たことだよ」
 大会開始まで残り20分。ヒヤヒヤしたが、何とか期待値までにする事が出来た。
「それで、肝心のシュナはどこです?」
 周りを見ても庭にシュナの姿が無いことにミスラは疑問を持つ。
「今は少し.....発散中」
「.........あぁ、分かりました」
 せっかく辛い特訓を乗り越えたと言うのに、もし本番で爆発したら元も子もないという事で、思いっきり力を出させて貯めたストレスを発散させている。
「でも、シュナが本気で力を出せる場所なんて......」
「あぁ、街の中じゃ無理。でもあまり遠くにも行けないから....街の外の魔物を殺りまくってこいって言っといた」
「......当分この街には平穏が訪れそうですね」
「.....だな」
 見なくても、シュナが街の周辺の魔物を全滅させる姿が想像出来る。
それから10分後、シュナが帰ってきた。
「ただいマ」
「おぅ、大会もギリギリだ。急ごう」
「待っテ」
「ん?どうした?返り血は大丈夫そうだぞ?」
 気を使ったのだろう。血は付いてなくそのまま出場しても特に問題は無さそうだ。
「違ウ、そうじゃなくテ。ユウは見にこないデ」
「おぅ、分かった。..........え?」
 え、何それ?まさかの反抗期?
「魔物倒してるとキ、技が出来タ。けど、ユウにはまだ、見せたくなイ」
「あ......あぁ〜そういう事か......」
 危ない。思わず泣き叫ぶところだった。
 ......ん?技?
「ちょ...ちょっと待て、技ってなんだ?人間が耐えれるの?それ」
「だいじょうブ、見た目だけの不良品。痛くも痒くもない」
「あ...そう。ならいいんだけど........でもそれ使う意味あるのか?」
「当たりまエ。えんたーていなーとして、倒すだけなんてつまらない事はしなイ!」
 君はいつからエンターテイナーになった?
「ふふっ、仕方ありませんね。じゃあユウはお留守番です」
 ぐぬぬ.......隠されると無性にその技が気になるが、確かにこれは引き下がるしか無さそうだ。
「分かったよ....じゃあミスラ、シュナを頼むぞ」
「はい、任せてください」
「ミスラも来ないデ」
「.....へ?.......しゅ、シュナ?私は祐のような戦闘狂じゃないですよ?それに祐に吹聴なんてしませんから大丈夫ですよ?」
 自分まで拒絶されると思ってなかったミスラは驚きを隠せない。
「いや、ミスラは戦闘きょウ」
「ほわぁい!?」
「だって龍と戦ってた時、笑ってた」
 んー?笑う?......あ、もしかしてあの時だろうか。黒龍の紫煙を食い止めるために、神威を使った時。ミスラの口調がめちゃくちゃ悪くなっていた。
 俺はあの時、目線を合わせるだけでぶち殺されそうな雰囲気があったから顔を見れなかったが、シュナはバッチリ見てたらしい。
「だからミスラも来ちゃダメ」
「うぅ.....分かりました」
 仕方なく折れるミスラ。
──ぷぷぷっ、ざまぁ
 俺の悲しみを思い知れ!
 心の中でミスラにそう叫ぶと、キッ!とこちらを睨んできた。
 顔を見てなくても気づくとか反則じゃね....?
「じゃあ、もう行ク」
「あ、あぁいってらっしゃい。気をつけてな」
「うン」
 シュナは会場のほうへ走り出す。
「「..........」」
 取り残された約2名は、沈黙する。
「どうします....?」
「....まぁ、取り敢えずギルドの用を済ませるか」
 
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