財宝の地図

はお汰

父の目線

幼い頃の俺には十分すぎるほど大きく、未知に溢れていた。だからこの港町が大好きだった。

町の皆は勤勉に働いた。男衆は畑を耕すかたわら、海に出て漁を営んだ。女衆は来客をもてなすため宿屋や酒場を営んだ。どちらも朝も夜もなく勤勉に働いていた。
けして豊かではないが町民はみな笑顔は絶やさなかった。そんな中に俺もいた。

けれど、今思えば父だけはたまに憂鬱な表情を見せた。
山上の見晴台で港を一望していた時、よく何かを待ち焦がれるような切ない表情を浮かべていた。

その度に父は似たようなことを口に出した。

「小さいなぁこの町は。手のひらですっぽりかくれちまう。」

そう言うと良く俺を抱き上げて、景色を見せてくれるのだ。だから俺は父と同じように町に手をかざした。

「俺の手のひらじゃかくれないや」


「なぁ、お前は幸せかい?」

父は決まってそうく。
それには大体俺も、同じように答える。

「幸せだとも。そりゃあこれからの季節寒いけれど。お父とお母と寝てればしんどくもない。」






  ある年のこと。たしか俺が10歳になる年だった。俺は初めてこの町の人間がある存在に飼われていることを知った。

  その年は自然様が牙を向いた。お天道様てんとうさまは気まぐれだが、こんなに機嫌が悪い年は珍しかったらしい。畑は降りすぎた雨や嵐で凶作に見舞われ、漁の水揚げ量も例年を大きく下回った。

  自分たちの食う分をまかなうので精一杯だと言うのにも関わらず、お天道様の機嫌など知らぬといった風で、この国の領主様は貢物みつぎものの要求を緩めることはしなかった。

  この時ばかりは町のみんなから笑顔が消えた。この年、この町には何度となく立派な召し物をした役人が訪れ、武器を片手に怒鳴り歩いた。

「貴様らは誰のお陰で生きていけるのだ?この土地は誰が下さったものだ?この港は誰が整備してやったのは誰だ?……満足に貢物を納められぬと言うなら、金銀財宝を持ってこい。それもだせぬというのなら女子供も容赦なく連れて行き、こき使ってやろう。」

  この時、俺はこいつらの存在を初めて知った。そして同時に、皆が懸命に働けども働けども、暮らしが豊かにならないことに合点がいった。

  町の長らの必死の交渉の末に叶ったのは、その年の貢物の納期をほんの少しだけ遅らせることだった。しかし作物はない。海は度重なる嵐で荒れ狂い漁など行けるはずもない。少しばかり時間を稼いだところで八方塞がりだった。この状況を見かねて立ち上がったのは町一番の腕利き漁師と言われた俺の父だった。

  このままでは冬を越せぬと十数人の腕利き達を集めて、荒れる大海原へと漁をしに行ったのだ。

「大丈夫だ。俺には少しばかり考えがある。きたる日までに、あいつらが満足するだけ必ず持ってこよう。」

父の一際落ち着いた低い一声で、命知らずだと反論するものはいなくなった。
その時の父の目が、やけに子供のように輝いていたのが記憶に残っていた。

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