闇に潜むグリム・リーパー ~絶望から生まれた死の旋律~
闇に潜むグリム・リーパー ~絶望から生まれた死の旋律~
「や……め……」
「やめない、恨むなら、両親を恨みなさい」
ゴキィ……。
私は少女の首をへし折る。年齢的に見て、私と大差ない十一歳の少女。汚物をたらし、床にグッタリとする姿を、冷めた目で見続ける。
もし、普通の家に生まれていたなら、こんなことにはならなかったはずなのに。
そう思うと心が苦しくなる。私と同じ運命を辿っていた、両親に恵まれなかった少女。
私と違うのは、拾われたか、殺されたか。
光を失った少女の目をそっと閉じさせて、その場を後にする。
殺した現場から少し離れた場所にあるビルの階段を登る。薄暗く、チカチカと点灯する明かりが、不気味な雰囲気を漂わせている。
もし私が普通なら怖いという感情があると思うけど、私はすでに失ってしまったから関係ない。
最上階に上り、扉を開くと一人の男がタバコをふかしながら待っていた。
「終わったか、弥生」
「ええ、終わったわ。きっちり殺してきたよ。グリム」
私が俯いた状態で近づくと、グリムは静かに笑い、頭を撫でてくる。
私は、頭に乗せられた手を払い除けて、ビルの屋上から見える景色を眺めた。
夜だというのに、光り輝く景色は不思議なものだ。
まるで私たちのような、闇に潜み、殺すことを生業としている者たちを拒絶しているように感じられる。
「なんだ、お前らしくない。なんかあったか?」
「別に……」
いや、何かあったのは間違いない。今日、私が手にかけた少女には未来があった。これから先、幸せに生きていける可能性があった。それを、わたしが断ち切った。私と同じぐらいの少女の命を刈り取ったのだ。
正直、わたしが手にかけた少女はなんの罪もない。
ただ、運が悪かっただけ。両親が、自分の夢のため、娯楽のためと莫大な借金をして、国に捨てられた。膨れ上がった借金は返せる額ではない。それこそ、国同士の間で動くほどのお金。そんな状態になっても、未だに目が覚めない社会不適合者を消すために、私たちのような、国家不適合者抹殺委員【グリム・リーパー】が派遣される。
わたしに殺された少女は、両親に巻き込まれて死んだのだ。
あの少女の虚ろな目は、わたしが辿るはずだったもう一つの未来を示している。
「はは~ん、わかったぞ。お前、昔のことを思い出しているな」
「……っち」
グリムが言っていることは正しい。私は自分の姿と少女の姿を重ねて見てしまったせいで、まだ両親が生きていた時を思い出してしまた。あれは、今でも鮮明に思い出せる最悪の出来事。
******
私は、石原弥生。当時はまだ9歳の少女だった。
ずっとお母さんに怯える日々。お父さんは家に殆どいない。
いつもいつも仕事ばっかりで、副業にバイトをたくさん掛け持ち、日を重ねるたびに弱っていった。
そんなお父さんを見ていて辛かった。なんでお父さんばかりがこんな目にあわなければいけないのか。子供の私でもわかる。全てはお母さんがいけないのだ。
私のお母さんは、金遣いが荒く、欲が丸出しな大人だった。やりたいことは全てやる。欲しいものはなんでも買う。
だけど、絶対に働きたくないと思っているようで、私のお父さんを脅して、馬車馬の如く使っていた。お父さんも、否定して離婚なりすればいいのに、気が弱いせいで何もできない。
ただ言いなりになるがまま。
お父さんが働いている間は、お母さんも遊び歩いているので、私はいつも一人ぼっちだった。
家のことをしなければいけないので、友達と遊んでいる余裕もない。気が付くと、学校でも孤立していた。
お父さんが苦しんでいるのを見て、何度もお母さんに抗議した。でも、その返答は暴力によって返ってくる。顔は綺麗なままだったけど、私の体はアザだらけ。傍から見れば虐待だろうけど、露見しなければ問題にならない。
お母さんに暴力を振るわれて、お父さんに助けを求めることも出来ず、ただ耐える日々が続いていた。
だけど、それも長くは続かない。
あれだけ無理な仕事をしていれば、必ず無理がくる。殆ど寝ないで、毎日働いているお父さんは、体が壊れてしまい、過労死で死んでしまった。最後まで、お母さんの言いなりだったお父さん。私はとても泣いたけど、それよりびっくりしたものがそこにあった。
私のお母さんも泣いていたのだ。でも、それは悲しくて泣いているのではなく、収入源がなくなったことによる焦りが原因だと思う。
莫大な借金を残したまま、収入源をなくしてしまい、酒に溺れて腐り果てていくお母さんを見るのは楽しかった。
ああ、あいつがいなくなれば私は救われる。そう思うと心が躍った。
あんな親、さっさと死ねばいい。お父さんじゃなくてあいつが死ねば良かったのに。
お父さんが死んでから、何度もそう思った。何度も殺してやろうと思った。
だけど、その一歩が踏み出せない。きっと、人の道を外してしまうのが怖いんだと思うことにした。
今日も学校が終わって家に帰ろうとすると、家から怒鳴り声が聞こえる。最近毎日こうだ。
借金取りの厳つい男どもが、私の家の前で怒鳴り散らしている。
早く出て来い、金を返せ。
彼らは当たり前のことをしているだけだけど、それではあれを捕まえることができない。
いつ、どのタイミングで来るのかを把握できる情報力を持つお母さんは、スルリ、スルリと借金取りを避けている。
その日も、私は公園に行って時間を潰した。
公園にある水道の蛇口を捻り、水を飲む。最近暑いせいか、ぬるい水が気持ち悪いし、美味しくもない。
その後、一人でブランコに座って、ぼーっとしていると、楽しそうな笑い声が聞こえた。
公園で遊んでいる、私と同じぐらいの少女や少年たち。
羨ましいと思いながら見ていると、見知った少女が現れる。
同じクラスの少女だけど、名前すら覚えていない。
そんな奴が私に気がついたのか、近くに寄ってきた。
「弥生ちゃん。そんなところで何をしているの」
「……ふん」
当然、私は無視しようとそっぽ向くが、少女は私の隣のブランコに座って、ベラベラと意味のないことを話す。
「……それでね、……がね……」
「ねぇ……」
「あ、やっと反応してくれた!」
「うざい、さっさと消えてくれない」
私がそう言うと、辛そうで、泣きそうな表情になって、俯く少女。
なによ、そんな被害者ぶって。
あなたは普通に生まれて幸せよね。
そう心の中で悪態ついているけど、口には出さない。
多分泣いてしまうから。別に、泣かしてしまっても構わない。うざいと思うのは本当だし、私に構って欲しくない。近寄ってくるだけで気持ち悪いと思う。人間はどんな欲を持っているのかわからないのだから。この少女だって、私のお母さんみたいになるのかも知れない。そう思うと、汚らわしいゴミにしか見えない。だけど、泣くと面倒なことになることがわかりきっているから、私は何も言わない。
ああ、私は人間が嫌いだ。酷いことしかしてこない。幸せそうな仮面をかぶった醜い化け物たちに囲まれて、どうして楽しいという感情が出てこようか。
そんなもの、あるはずがない。思えるはずがないんだ。
「あ、美香ちゃん……、どうしたの」
「何でもない。行こ」
私の隣に座った少女は、新しく来た友達っぽい少女の手を引っ張ってどこかに行ってしまう。
うるさいのが消えると、心地がいい。静かなの方が落ち着く。でも、公園なんて人が遊びに来る場所だ。本来うるさい場所に、なんで私は来たんだろう。よくわからない。
他人のことなんてわからないと言うけれで、自分のことならわかるのだろうか。
私自身、自分のことすらわからない。私は一体何なのか。何のために生まれて、何をするために今ここにいるのか。それすらもわからない。
ずっと考え込んでいると、空が綺麗な紺色に、ぽつぽつと明かりが灯っていた。
都会だからか、うっすらとしか見えない星たち。日が落ちたことで、綺麗な音色を虫たちが奏でる。
「そろそろ帰ろ……」
きっと借金取りの男たちもいなくなったことだろう。
私は、家に向かってゆっくりと歩いた。
家に着くと明かりが灯っていた。お母さんが帰ってきている。晩ご飯の準備もしていないから、きっと殴られるだろう。
痛いのは嫌だ。だけど帰らないと、私の居場所はない。
だから、私は扉を開ける。すると……。
「おかえり、弥生」
お母さんが挨拶してくれた。その様子に驚いてしまい、私は声も出せずに呆然と立ってしまう。
「ほら、早く中に入りなさい」
「う、うん」
お母さんが優しく手を引いてくれる。そして扉を閉めて、鍵をかけた。
優しく微笑むお母さん。普通のことだろうけど、何故か不気味に感じた。
「今日は私が用意した。食べなさい」
「……いらない」
優しく微笑むお母さんの作った料理。これが普通のことだと頭の中では理解している。だけど、私のお母さんは普通じゃないから。だから、怪しいと思ってしまい、口に付けることを拒んだ。
それでも、食べなさいと言い続けるお母さん。私が拒み続けると、優しい表情から一変、醜い笑みを浮かべながら、殴ってきた。
「いいから食えよ」
「い、嫌だ」
食べろ、食えと言いながら、私を殴り続けるお母さん。お腹にあたりを殴られて、胃のものが逆流してしまう。それを見ると、さらに激怒するお母さんは、私を蹴りつけるが、5発ほど蹴ったところで、暴力がピタリと止んだ。
「おっとっと、あんまりやりすぎるのも良くないよな。せっかくの商売道具が台無しだ」
「商売……道具?」
一体何が、どういうこと。私が商売道具。
お母さんは私に一体何をやらせる気なんだ。
自然と体が震えだす。これから私の身に何が起こるのか、考えるだけでゾッとする。
臓器を売られるのか、奴隷として売られるのか、どちらにしても良い未来ではない。
「大丈夫、ちょっとムービーを撮るだけだから。あんたぐらいの歳の女の子が無理やりされているのが最近人気みたいでさぁ。いい感じに売れそうなのよ。もう制作準備にも入っているから、あとはあんたを連れてくるだけ。ね、お願いよ。私に楽をさせてちょうだいな」
歪んだ笑み、ニタリを笑うお母さんを見て、私は「ひぃ」と小さく悲鳴を漏らす。
お母さんが言っていたことが本当ならば、これから起こる未来は、私にとっての生き地獄。
嫌だ、そんなことになりたくない。もっと生きていたい。
本当は、ちゃんとした友達が欲しい。もっと普通でいたい。嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁ。
私は咄嗟に逃げようとしたが、お母さんに足を掴まれる。
「逃げるんじゃないよ!」
声をあげて、馬乗りになるお母さん。私は近くに使えそうなものがないか、探すと箸がコロコロと転がってきた。
私は箸を手に掴むと、お母さん目掛けて突き刺した。
「ぎゃああぁぁああぁああ」
箸はお母さんの目に突き刺さり、激しい血を流す。目を抑えてうずくまるお母さんの拘束から抜け出し、このまま逃げようかと思ったが、痛がるお母さんの悲鳴を聞いて、ふと思ったことがあった。
このまま殺れるのでは……。
未だに「痛い、痛い」と泣き続けるお母さんを無視して、私は台所に向かう。そして包丁を取り出すと、お母さんに向けた。
「あああ、あんた……、こんな事して、ひぃ」
今度はお母さんが怯え出す番だった。私の手に包丁が握られていることに気がついたお母さんは、箸が刺さったままの目を抑えながら、ゆっくり後ろに下がっていく。だけど、その先は鍵を閉めた玄関。もう逃げられない。
「えへへへへ、私からの初めてのプレゼントだよ、お母さん」
「いやあぁぁぁぁああああぁぁあ」
床を這いつくばって逃げるお母さんの背中を包丁で突き刺す。苦しそうなうめき声が死の旋律を奏で、流れる血がその場を赤く染める。
何度も、何度も、何度も、私はお母さんの背中を突き刺した。
「お父さんを殺した、私に酷いことをした。これは当然の報いだ。殺した、私が殺してやったぞ」
ぐったりとするお母さんを見て、にやりと頬が緩む。湧き出る高揚感。ぬめりとした感触の赤いそれを触ると、嬉しく思ってしまう。それと同時に、私の中の何かが砕け散った。
人間を殺してはいけません。はぁ、何それ。危険な目にあって、誰も助けてくれない状況で、なんでそんなのを守らないといけない。ゴミは所詮ゴミなんだ。
そう思うと、揺れ動いていたはずの心が、早くなる心臓の鼓動が、ゆっくりと落ち着き出す。
ああ、私は人間として壊れてしまった。もう、二度と表の世界には戻れない。
9歳の私でも、そのことを強く感じられる。
キィーっと甲高い音を鳴らしながら、鍵をかけていたはずの玄関の扉が開く。
扉の向こうにいたのは、フードをかぶった、真っ黒い服に身を包む人。男なのか女なのかすらわからない。
フードからちらつかせる、頭骨の仮面は、死神を彷彿とさせる。
「これは……お前が殺ったのか?」
「いいえ、違う。私はゴミを処分しただけ。だから人は殺っていない」
「そうか、クク、カァーハハハハハ」
声からして若い男である、死神は、私を見て笑った。
そして、私に近づいてきて、肩を掴んだ。強めに掴まれたため、私の顔が痛みによって歪む。
「なぁ、お前。俺んとこに来いよ」
「あ……あんたのところ?」
「ああそうさ。この世界はゴミで溢れかえっている。いらない人間がたくさんいるのさ。それを処分するのが俺たち、国家不適合者抹殺委員【グリム・リーパー】だ。お前、この世界をゴミで溢れ返したくないよな。いらないものはたくさんあるのに、捨てないなんておかしいと思わないか。おかしいよな。だから国が捨てるんだ。いらないゴミみたいな人間を。俺たちは、ゴミを片付けるための掃除やさ。どうだ、お前には素質がある。来てみないか……いや、俺と来い」
死神の言葉を訊いて、私は興奮した。私自身、お母さん、いや、このゴミを片付けた時、楽しいと思えた。社会の役にたつことができたとすら思えた。やりたいがそこにはあった。
私はまだ殺したい。もっと、もっと、もっと。赤くて綺麗な血が見たい。もっと、死の旋律を奏でたい。だから私は……。
「うん、行く。一緒に行く。だから私に掃除をさせて」
「ああ、いくらでも殺らせてやるよ」
私は、死神の後を追って、夜の闇に消えていった。
******
あれから二年ぐらいたった。死神の姿をした男、グリムの後を追って、沢山掃除をこなして来た。
でも、いくらやっても、ゴミは増えるばかりで、掃除をしてもキリがない。
「なぁ弥生。面白い話があるんだけど」
「なに、グリム。くだらない話なら、その首を跳ねるよ」
「お~怖い。でも、お前なら気にいると思うぜ」
「なに……」
「今度、大掃除として、とあるゲームが開催される。ゴミのような人たちを、一箇所に集めて行う大規模なゲームだ。俺たちは、その中に紛れ込んで、暗い闇に潜んで、プレイヤーを刈る役をやる。ちまちまと殺しているより楽しそうだろ」
「……ええ、それはとってもいい催しだわ」
ニヤリと口元が緩んでしまう。沢山集められたゴミども。その中には、今日殺した少女のように、ただ巻き込まれただけの者もいるだろう。そんときは、親を恨んで欲しいものだ。
私はただ、綺麗な音色を奏でるだけ。私がするのはただそれだけなんだ。場所がどうでも、人数がどうなっても、やることは変わらない。
さぁ、死の旋律を奏でよう……。
「やめない、恨むなら、両親を恨みなさい」
ゴキィ……。
私は少女の首をへし折る。年齢的に見て、私と大差ない十一歳の少女。汚物をたらし、床にグッタリとする姿を、冷めた目で見続ける。
もし、普通の家に生まれていたなら、こんなことにはならなかったはずなのに。
そう思うと心が苦しくなる。私と同じ運命を辿っていた、両親に恵まれなかった少女。
私と違うのは、拾われたか、殺されたか。
光を失った少女の目をそっと閉じさせて、その場を後にする。
殺した現場から少し離れた場所にあるビルの階段を登る。薄暗く、チカチカと点灯する明かりが、不気味な雰囲気を漂わせている。
もし私が普通なら怖いという感情があると思うけど、私はすでに失ってしまったから関係ない。
最上階に上り、扉を開くと一人の男がタバコをふかしながら待っていた。
「終わったか、弥生」
「ええ、終わったわ。きっちり殺してきたよ。グリム」
私が俯いた状態で近づくと、グリムは静かに笑い、頭を撫でてくる。
私は、頭に乗せられた手を払い除けて、ビルの屋上から見える景色を眺めた。
夜だというのに、光り輝く景色は不思議なものだ。
まるで私たちのような、闇に潜み、殺すことを生業としている者たちを拒絶しているように感じられる。
「なんだ、お前らしくない。なんかあったか?」
「別に……」
いや、何かあったのは間違いない。今日、私が手にかけた少女には未来があった。これから先、幸せに生きていける可能性があった。それを、わたしが断ち切った。私と同じぐらいの少女の命を刈り取ったのだ。
正直、わたしが手にかけた少女はなんの罪もない。
ただ、運が悪かっただけ。両親が、自分の夢のため、娯楽のためと莫大な借金をして、国に捨てられた。膨れ上がった借金は返せる額ではない。それこそ、国同士の間で動くほどのお金。そんな状態になっても、未だに目が覚めない社会不適合者を消すために、私たちのような、国家不適合者抹殺委員【グリム・リーパー】が派遣される。
わたしに殺された少女は、両親に巻き込まれて死んだのだ。
あの少女の虚ろな目は、わたしが辿るはずだったもう一つの未来を示している。
「はは~ん、わかったぞ。お前、昔のことを思い出しているな」
「……っち」
グリムが言っていることは正しい。私は自分の姿と少女の姿を重ねて見てしまったせいで、まだ両親が生きていた時を思い出してしまた。あれは、今でも鮮明に思い出せる最悪の出来事。
******
私は、石原弥生。当時はまだ9歳の少女だった。
ずっとお母さんに怯える日々。お父さんは家に殆どいない。
いつもいつも仕事ばっかりで、副業にバイトをたくさん掛け持ち、日を重ねるたびに弱っていった。
そんなお父さんを見ていて辛かった。なんでお父さんばかりがこんな目にあわなければいけないのか。子供の私でもわかる。全てはお母さんがいけないのだ。
私のお母さんは、金遣いが荒く、欲が丸出しな大人だった。やりたいことは全てやる。欲しいものはなんでも買う。
だけど、絶対に働きたくないと思っているようで、私のお父さんを脅して、馬車馬の如く使っていた。お父さんも、否定して離婚なりすればいいのに、気が弱いせいで何もできない。
ただ言いなりになるがまま。
お父さんが働いている間は、お母さんも遊び歩いているので、私はいつも一人ぼっちだった。
家のことをしなければいけないので、友達と遊んでいる余裕もない。気が付くと、学校でも孤立していた。
お父さんが苦しんでいるのを見て、何度もお母さんに抗議した。でも、その返答は暴力によって返ってくる。顔は綺麗なままだったけど、私の体はアザだらけ。傍から見れば虐待だろうけど、露見しなければ問題にならない。
お母さんに暴力を振るわれて、お父さんに助けを求めることも出来ず、ただ耐える日々が続いていた。
だけど、それも長くは続かない。
あれだけ無理な仕事をしていれば、必ず無理がくる。殆ど寝ないで、毎日働いているお父さんは、体が壊れてしまい、過労死で死んでしまった。最後まで、お母さんの言いなりだったお父さん。私はとても泣いたけど、それよりびっくりしたものがそこにあった。
私のお母さんも泣いていたのだ。でも、それは悲しくて泣いているのではなく、収入源がなくなったことによる焦りが原因だと思う。
莫大な借金を残したまま、収入源をなくしてしまい、酒に溺れて腐り果てていくお母さんを見るのは楽しかった。
ああ、あいつがいなくなれば私は救われる。そう思うと心が躍った。
あんな親、さっさと死ねばいい。お父さんじゃなくてあいつが死ねば良かったのに。
お父さんが死んでから、何度もそう思った。何度も殺してやろうと思った。
だけど、その一歩が踏み出せない。きっと、人の道を外してしまうのが怖いんだと思うことにした。
今日も学校が終わって家に帰ろうとすると、家から怒鳴り声が聞こえる。最近毎日こうだ。
借金取りの厳つい男どもが、私の家の前で怒鳴り散らしている。
早く出て来い、金を返せ。
彼らは当たり前のことをしているだけだけど、それではあれを捕まえることができない。
いつ、どのタイミングで来るのかを把握できる情報力を持つお母さんは、スルリ、スルリと借金取りを避けている。
その日も、私は公園に行って時間を潰した。
公園にある水道の蛇口を捻り、水を飲む。最近暑いせいか、ぬるい水が気持ち悪いし、美味しくもない。
その後、一人でブランコに座って、ぼーっとしていると、楽しそうな笑い声が聞こえた。
公園で遊んでいる、私と同じぐらいの少女や少年たち。
羨ましいと思いながら見ていると、見知った少女が現れる。
同じクラスの少女だけど、名前すら覚えていない。
そんな奴が私に気がついたのか、近くに寄ってきた。
「弥生ちゃん。そんなところで何をしているの」
「……ふん」
当然、私は無視しようとそっぽ向くが、少女は私の隣のブランコに座って、ベラベラと意味のないことを話す。
「……それでね、……がね……」
「ねぇ……」
「あ、やっと反応してくれた!」
「うざい、さっさと消えてくれない」
私がそう言うと、辛そうで、泣きそうな表情になって、俯く少女。
なによ、そんな被害者ぶって。
あなたは普通に生まれて幸せよね。
そう心の中で悪態ついているけど、口には出さない。
多分泣いてしまうから。別に、泣かしてしまっても構わない。うざいと思うのは本当だし、私に構って欲しくない。近寄ってくるだけで気持ち悪いと思う。人間はどんな欲を持っているのかわからないのだから。この少女だって、私のお母さんみたいになるのかも知れない。そう思うと、汚らわしいゴミにしか見えない。だけど、泣くと面倒なことになることがわかりきっているから、私は何も言わない。
ああ、私は人間が嫌いだ。酷いことしかしてこない。幸せそうな仮面をかぶった醜い化け物たちに囲まれて、どうして楽しいという感情が出てこようか。
そんなもの、あるはずがない。思えるはずがないんだ。
「あ、美香ちゃん……、どうしたの」
「何でもない。行こ」
私の隣に座った少女は、新しく来た友達っぽい少女の手を引っ張ってどこかに行ってしまう。
うるさいのが消えると、心地がいい。静かなの方が落ち着く。でも、公園なんて人が遊びに来る場所だ。本来うるさい場所に、なんで私は来たんだろう。よくわからない。
他人のことなんてわからないと言うけれで、自分のことならわかるのだろうか。
私自身、自分のことすらわからない。私は一体何なのか。何のために生まれて、何をするために今ここにいるのか。それすらもわからない。
ずっと考え込んでいると、空が綺麗な紺色に、ぽつぽつと明かりが灯っていた。
都会だからか、うっすらとしか見えない星たち。日が落ちたことで、綺麗な音色を虫たちが奏でる。
「そろそろ帰ろ……」
きっと借金取りの男たちもいなくなったことだろう。
私は、家に向かってゆっくりと歩いた。
家に着くと明かりが灯っていた。お母さんが帰ってきている。晩ご飯の準備もしていないから、きっと殴られるだろう。
痛いのは嫌だ。だけど帰らないと、私の居場所はない。
だから、私は扉を開ける。すると……。
「おかえり、弥生」
お母さんが挨拶してくれた。その様子に驚いてしまい、私は声も出せずに呆然と立ってしまう。
「ほら、早く中に入りなさい」
「う、うん」
お母さんが優しく手を引いてくれる。そして扉を閉めて、鍵をかけた。
優しく微笑むお母さん。普通のことだろうけど、何故か不気味に感じた。
「今日は私が用意した。食べなさい」
「……いらない」
優しく微笑むお母さんの作った料理。これが普通のことだと頭の中では理解している。だけど、私のお母さんは普通じゃないから。だから、怪しいと思ってしまい、口に付けることを拒んだ。
それでも、食べなさいと言い続けるお母さん。私が拒み続けると、優しい表情から一変、醜い笑みを浮かべながら、殴ってきた。
「いいから食えよ」
「い、嫌だ」
食べろ、食えと言いながら、私を殴り続けるお母さん。お腹にあたりを殴られて、胃のものが逆流してしまう。それを見ると、さらに激怒するお母さんは、私を蹴りつけるが、5発ほど蹴ったところで、暴力がピタリと止んだ。
「おっとっと、あんまりやりすぎるのも良くないよな。せっかくの商売道具が台無しだ」
「商売……道具?」
一体何が、どういうこと。私が商売道具。
お母さんは私に一体何をやらせる気なんだ。
自然と体が震えだす。これから私の身に何が起こるのか、考えるだけでゾッとする。
臓器を売られるのか、奴隷として売られるのか、どちらにしても良い未来ではない。
「大丈夫、ちょっとムービーを撮るだけだから。あんたぐらいの歳の女の子が無理やりされているのが最近人気みたいでさぁ。いい感じに売れそうなのよ。もう制作準備にも入っているから、あとはあんたを連れてくるだけ。ね、お願いよ。私に楽をさせてちょうだいな」
歪んだ笑み、ニタリを笑うお母さんを見て、私は「ひぃ」と小さく悲鳴を漏らす。
お母さんが言っていたことが本当ならば、これから起こる未来は、私にとっての生き地獄。
嫌だ、そんなことになりたくない。もっと生きていたい。
本当は、ちゃんとした友達が欲しい。もっと普通でいたい。嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁ。
私は咄嗟に逃げようとしたが、お母さんに足を掴まれる。
「逃げるんじゃないよ!」
声をあげて、馬乗りになるお母さん。私は近くに使えそうなものがないか、探すと箸がコロコロと転がってきた。
私は箸を手に掴むと、お母さん目掛けて突き刺した。
「ぎゃああぁぁああぁああ」
箸はお母さんの目に突き刺さり、激しい血を流す。目を抑えてうずくまるお母さんの拘束から抜け出し、このまま逃げようかと思ったが、痛がるお母さんの悲鳴を聞いて、ふと思ったことがあった。
このまま殺れるのでは……。
未だに「痛い、痛い」と泣き続けるお母さんを無視して、私は台所に向かう。そして包丁を取り出すと、お母さんに向けた。
「あああ、あんた……、こんな事して、ひぃ」
今度はお母さんが怯え出す番だった。私の手に包丁が握られていることに気がついたお母さんは、箸が刺さったままの目を抑えながら、ゆっくり後ろに下がっていく。だけど、その先は鍵を閉めた玄関。もう逃げられない。
「えへへへへ、私からの初めてのプレゼントだよ、お母さん」
「いやあぁぁぁぁああああぁぁあ」
床を這いつくばって逃げるお母さんの背中を包丁で突き刺す。苦しそうなうめき声が死の旋律を奏で、流れる血がその場を赤く染める。
何度も、何度も、何度も、私はお母さんの背中を突き刺した。
「お父さんを殺した、私に酷いことをした。これは当然の報いだ。殺した、私が殺してやったぞ」
ぐったりとするお母さんを見て、にやりと頬が緩む。湧き出る高揚感。ぬめりとした感触の赤いそれを触ると、嬉しく思ってしまう。それと同時に、私の中の何かが砕け散った。
人間を殺してはいけません。はぁ、何それ。危険な目にあって、誰も助けてくれない状況で、なんでそんなのを守らないといけない。ゴミは所詮ゴミなんだ。
そう思うと、揺れ動いていたはずの心が、早くなる心臓の鼓動が、ゆっくりと落ち着き出す。
ああ、私は人間として壊れてしまった。もう、二度と表の世界には戻れない。
9歳の私でも、そのことを強く感じられる。
キィーっと甲高い音を鳴らしながら、鍵をかけていたはずの玄関の扉が開く。
扉の向こうにいたのは、フードをかぶった、真っ黒い服に身を包む人。男なのか女なのかすらわからない。
フードからちらつかせる、頭骨の仮面は、死神を彷彿とさせる。
「これは……お前が殺ったのか?」
「いいえ、違う。私はゴミを処分しただけ。だから人は殺っていない」
「そうか、クク、カァーハハハハハ」
声からして若い男である、死神は、私を見て笑った。
そして、私に近づいてきて、肩を掴んだ。強めに掴まれたため、私の顔が痛みによって歪む。
「なぁ、お前。俺んとこに来いよ」
「あ……あんたのところ?」
「ああそうさ。この世界はゴミで溢れかえっている。いらない人間がたくさんいるのさ。それを処分するのが俺たち、国家不適合者抹殺委員【グリム・リーパー】だ。お前、この世界をゴミで溢れ返したくないよな。いらないものはたくさんあるのに、捨てないなんておかしいと思わないか。おかしいよな。だから国が捨てるんだ。いらないゴミみたいな人間を。俺たちは、ゴミを片付けるための掃除やさ。どうだ、お前には素質がある。来てみないか……いや、俺と来い」
死神の言葉を訊いて、私は興奮した。私自身、お母さん、いや、このゴミを片付けた時、楽しいと思えた。社会の役にたつことができたとすら思えた。やりたいがそこにはあった。
私はまだ殺したい。もっと、もっと、もっと。赤くて綺麗な血が見たい。もっと、死の旋律を奏でたい。だから私は……。
「うん、行く。一緒に行く。だから私に掃除をさせて」
「ああ、いくらでも殺らせてやるよ」
私は、死神の後を追って、夜の闇に消えていった。
******
あれから二年ぐらいたった。死神の姿をした男、グリムの後を追って、沢山掃除をこなして来た。
でも、いくらやっても、ゴミは増えるばかりで、掃除をしてもキリがない。
「なぁ弥生。面白い話があるんだけど」
「なに、グリム。くだらない話なら、その首を跳ねるよ」
「お~怖い。でも、お前なら気にいると思うぜ」
「なに……」
「今度、大掃除として、とあるゲームが開催される。ゴミのような人たちを、一箇所に集めて行う大規模なゲームだ。俺たちは、その中に紛れ込んで、暗い闇に潜んで、プレイヤーを刈る役をやる。ちまちまと殺しているより楽しそうだろ」
「……ええ、それはとってもいい催しだわ」
ニヤリと口元が緩んでしまう。沢山集められたゴミども。その中には、今日殺した少女のように、ただ巻き込まれただけの者もいるだろう。そんときは、親を恨んで欲しいものだ。
私はただ、綺麗な音色を奏でるだけ。私がするのはただそれだけなんだ。場所がどうでも、人数がどうなっても、やることは変わらない。
さぁ、死の旋律を奏でよう……。
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