カオティックアーツ

日向 葵

69:一方その頃……

 少し時間が遡り、ちょうど逆走していたクレハとヴァネッサをアクアが止めた頃、楓はウィウィの出してくれたお茶を楽しんでいた。

「えへへへ、ど~かな~、わたし~こういうの~やった~ことが~ないのですよ~」

「ふーん、その割には結構美味しいぞ」

「それは良かったよ。私が入れた新薬は結構美味しいっと」

 ウィウィの言葉に楓はお茶だと信じていた怪しげな薬を勢いよく吹き出した。まさかいきなり人体実験させられるとは思ってもいなかったので、急いで胃に入れたものを吐き出そうとする。

「おいおい、せっかくの実験が台無しじゃないか」

「んなこと言うなよ。てか、人でいきなし人体実験っていう方がどうなんだよ。後喋り方!」

 はぁはぁ、と苦しそうにする楓を後ろからさすってやるウィウィ。「無理するな」とまたぼけたことを言い張るので、もう突っ込まないぞ……、と目をそらすのだが、ウィウィがチワワのような潤んだ目で見つめてくる。

「……おまえが言うな!」

 ビシッと突っ込む楓に、ウィウィは嬉しそうにした。いつも一人なのか、それとも相手にしてくれる人がいなかったのか、どちらにしても、ろくな人生を送っていないなと思う楓。

「先に喋り方を統一してくれると助かる。緩かったりキリッとしたり、変わりすぎて頭が痛くなる。つか、話すのがめんどくさくなってくる」

「うん、分かった。普段はこんな話し方しないけど、これが一応、素の話し方」

「割と普通だな」

「うん、でもみんなが面白くないって。研究者なんだから、面白くしろって言うから」

 ああ、なるほど。そういうわけでボケたり、変な喋り方をするんだ、と楓は納得する。
 つまるところ、言われてそれっぽい振る舞いをしているだけに過ぎないのだ。

「俺には素で話してもいいのか?」

「同じ研究者だから……、私もこっちのほうが話しやすい」

「そっか」

 ウィウィがいつもと違うようで、なんだか新しい一面を見ているような気になった楓。微笑ましく見ながらお茶に口をつけようとして、止まった。
 そういえば、これは得体のしれない薬。むやみに飲むと、体に何の影響が起こるかわからない。
 そんな考えをしていると、ウィウィが謎のボトル入った新薬らしき液体をタプタプさせて、ジワリ、ジワリと楓に迫ってくる。

「いいからこれ、飲む!」

「ちょ、グ……ゴク、ゴク」

 無理やり怪しげな薬品を飲まされた楓は、ウィウィに抗議しようとするが、そこであることに気が付く。

「ウィウィ、その手に光っている何かは一体……」

「これが魔力。君は普通に魔力を扱えないようだから」

 楓は魔法を扱えない。それは単に魔力を扱えないからだ。楓の場合、カオティックアーツという超技術があるおかげで、魔力を活用するところまでは成功しているが、楓自身が魔力を扱って、ヴァネッサのように炎弾を放つだとか、クレハのように回復の魔法が扱えるわけではない。
 楓がやっていることは、電気を扱うのと同じで、魔力というエネルギーを計測し、扱える道具を作っているだけなのだ。

 楓自身が取り扱えるわけでもなければ、魔力が見えるわけでもない。
 ただエネルギー源として活用しているだけ。それをウィウィが作成した、謎の薬によって解消しようという魂胆だった。

「まさか……成功するとは思わなかった」

「おい……」

 ワクワクした表情で、楓に目を光らせるウィウィは、様子をチラチラと見ながら、メモ用紙に記していく。今回の実験では、かなりいいデータが取れたようだ。

「んで、早速本題に入りたいんだが、もしかして、これが協力して欲しいという研究か?
 だったらふざけんなと言いたい。人体実験は危険だし、許されるものじゃない。技術の発展に必要なことかもしれないが、そればかりは許されないんだ」

 少し怒りながら、楓がウィウィ対して言うと、ウィウィは首を横に振った。

「いえ、違うわ。これはおまけ。超絶おまけ。でも、魔力が見えないと、うまくいかないから。こればかりは仕方ないと思って欲しい。それに、人体の危険は全て排除して行っているから大丈夫。私もそこまで狂っていない」

「お、おう」

 記したデータを抱きしめて、嬉しそうに言ったウィウィに、楓はこれ以上強く出れなかった。それに、危険は完全に排除して行っている分、ちゃんとわかった上でやっているのだと知ったので、とりあえず保留にしようと思った。

 次第に薬が効いてきたみたいで、つよい魔力が感じられるようになった。
 研究所の奥底。そこから漏れ出す異常な量の魔力。重く、暗く、そして悪魔のような魅力がある魔力。だが、魔力であると同時に、なにか別の力でもあるように感じられた。
 これは一体何なのかと、楓が見つめると、それに気がついたウィウィが一枚の紙を取り出す。

「楓、これに見覚えある?」

 その紙は、本の一ページを写したものだった。そして、そのページに見覚えがあった。
 楓がこの世界に来るきっかけとなった魔道書【ディメンションメタ】の最初のページ。

「これは……、なんでこんなものが」

「やっぱり知っているんだ。これは、この奥に厳重に保管されている謎の魔道書の一部を複写したものだね」

 この世界に同じ本がある。でも、よく考えると納得できる部分がある。
 異世界転移をするには、入口と出口が決まっていないと不可能だと言われていた。
 宇宙は一つの細胞のようなものであり、宇宙自体が世界だ。そして、宇宙の外はたくさんの宇宙が規則正しく集合している。つまり、異世界転移は、自分がいる宇宙空間から、別の宇宙空間にシフトすることだ。
 ただ、どうやってシフトするか。これが問題となって、楓の世界でも、まだ実現できていない技術だった。
 いや、不可能とされたものである。

 不可能な理由、それが出口を決めることだ。宇宙の外から干渉されることがあっても、宇宙の外を干渉することができなかった。
 宇宙の内側にいる限り、外を観測することは不可能。そして、他の宇宙を観測するためには、自殺覚悟で、宇宙を飛び出るしか方法がない。
 宇宙の外に出る技術は、魔道書により手に入れていたから問題ないが、その後、戻ってくるのに大きな問題がある。宇宙の外から中に入る魔道書が発見されていないのだ。

「楓、私にはこの魔道書につよい力があるのがわかる。楓も、薬を飲んで感じられるようになったからわかるでしょ。私はあれを研究したい。どんなものなのか、どんな力を秘めているのか、あれは一体何で、誰が書いたものなのか、全て調べてみたいんだ。
 でも、私だけでは限界があった。魔法という一つの見方しかできない私では……。
 そこで、君のような魔女でない研究者に違う見方をしてもらい、研究を進めていきたい。人のために、魔女たちのために」

「……ああ、いいよ。俺も、その本には興味がある」

 まだ研究半ばで、偶然にも異世界転移を果たしてしまった楓は、まだ解読すら出来ていないのだ。
 そして、目の前に、研究対象にしていた魔道書と同じモノがある。これは楓にとって心躍る出来事だ。

「今度はちゃんと解読して、その本に書かれている技術を俺のものにしてやる」

「……皆のもの!」

「いや、そういう意味じゃなくて、俺がここに書かれている知識や技術を自分でできるようにするって意味だよ」

「あ、そう」

 自由人な感じは、キャラ作りをしているわけではないので、天然なウィウィは盛大にボケていた。
 楓に言われて肩を落とすウィウィ。
 でも、一緒に研究をしてくれるということが伝わったみたいで、ウィウィは嬉しそうに微笑んだ。

「あれを解読して、魔女のために、この世界のために頑張ろう」

「ああ、俺も協力する。絶対に成し遂げよう」

 そう意気込んで、二人は笑い合う。同じ目標を持つ二人。楓は自分の知識と技術で新技術を用いた新しいカオティックアーツを作り出し、世界に役立てること。ウィウィは魔法等の研究から人の役に立てるものを作り、魔女を世界に認めさせたい。魔女が、この世界で平和に暮らせる世界にしたい。

 誰かのために、と言う共通点から、二人は意気投合して話し合った。
 話に没頭していると、研究所の外から、大きな音が聞こえた。爆発音。そして、研究所全体に鳴り響く警報音。
 侵入者が現れたのだ。

「楓……」

「大丈夫だ。俺たちならな。侵入者を撃退するぞ!」

「うん!」

 ウィウィと楓は立ち上がり、侵入者がいる方に向かっていった。

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