カオティックアーツ

日向 葵

13:倒れていた聖騎士

 「ハァハァ……畜生。畜生」

 一人の聖騎士が森を走る。
 鎧に血が付いているが傷が一つもない。

 遠くから見れば敗残兵に見えるがそうでもない。

 負けたわけではない。
 だが、怖くなって逃げたのだ。
 それは聖騎士の表情が物語っている。
 そう、この聖騎士は逃亡兵だ。
 自分のしたことに恐怖して、逃げ出した逃亡兵だ。

 殺した、殺した、殺した。
 罪のない人を。
 ただ魔女というだけで。

 まだ子供だった。
 母親らしき人は子供を庇おうと必死だった。
 生き残るために必死だった。

 それを、笑いながら無残に殺す聖騎士たち。

 これはどっちが悪党か。
 どっちが間違っているのか。

 あの人たちは、ただ魔女に生まれただけ。
 それなのに、命を奪う聖騎士とは一体何なのか。

 教典には魔女が悪魔の使いだとも言われている。
 魔族と同じ、魔法を扱える人間。
 それが魔女。
 魔女を生かしておけばこの世界に幸いが起こる。
 あいつらは人じゃない。悪魔だ。魔族だ。
 だから、聖騎士は人を守るために、魔女を殺さなくてはいけない。

 そう教え込まれてきた。
 この聖騎士もその教えに従って、訓練してきた。

 しかし、現実はどうだろう。
 恐怖した顔で逃げ惑う魔女。
 泣いている、子供の魔女。
 それらを笑いながら、「正義の制裁を受けろ」といい首を落としていく聖騎士。

 「俺は、俺はこんなことをするために聖騎士になったわけじゃない。俺はただ、だた人を守って……平和な世界にしたかっただけなのに」

 この聖騎士は知ってしまた。
 魔女だって生きている。
 悪さをするものもいるが、そうでないものもいる。
 なんも罪のない魔女もいる。
 人間が間違っている。
 教典が間違っている。
 聖騎士が間違っている。

 だから、聖騎士の彼は逃げた。
 逃げ出すことが罪であることを知りながら。
 自分の罪に逃げるように……


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「おーい、カノン、ティオ。ご飯にするぞ!」

 楓は外で遊んでいるティオとカノンを呼びに来ていた。
 今日のご飯の当番は楓だ。
 楓は以外にも料理ができる。
 異世界の調味料なんて全く知らないが。
 実際に味見して、自分の記憶にある調味料と照らし合わせ、美味しい料理を作っている。
 それがクレハ、フレア、ティオ、カノンに大人気であり、頻繁に料理当番を任せられるようになった。

 みんな、おいしい料理が食べたいのだ。

 そろそろお昼の時間。
 いつもならティオもカノンも戻ってくる。
 しかし、今日は戻ってこなかった。

 カノンの親をなくして早1ヶ月。
 最近はとても元気になり、みんなを笑顔にしてくれる。
 そんなカノンが一番喜ぶのは、ご飯の時間だ
った。

 いつもなら、一番最初にやってくるのがカノンだ。
 そんな、食いしん坊になりかけているカノンが戻ってこないのを不思議に思った楓では外に呼びに来ていた。

 「ったく、どこいったんだよ。いつもならカノンが一番最初なのにさ」

 外に出てきた楓を見つけたクレハ。タッタッタと楓に近づいてきた。

 「あれ、どうしたの楓。もしかして、ご飯できた」

 「ああ、できたぞ。食いしん坊なクレハのために、今日もたくさん作ったぞ」

 「ちょ、私はそんなに食いしん坊じゃないよ」

 「そんなにってことは、食いしん坊なとこがあるって認めているんだな」

 「もう、馬鹿!」

 ちょっとクレハをからかいつつ、周りを見渡す楓。
 だけど、ティオの姿もカノンの姿も見当たらない。
 一体どこに行ったのかと悩む楓だった。

 「で、どうして外に出てきたの?」

 「いや、カノンもティオも戻ってこないんだよ」

 「いつもなら一番最初なのに……」

 「一体どこに行ったのやら」

 「そういえば、あっちの方に薬草取りに行くとか言ってた気がする」

 クレハが指したのはもちろん森。
 【ライトワーク】の拠点である館は、館を囲むように森が広がっている。

 これは当然のこと。
 魔女であるクレハとフレアがうまく姿を隠すために建てられた館だからだ。

 そんな周辺の森には薬草が大量に生えていたりする。
 クレハが言うには、ティオとカノンはその薬草を取りに行ったようだ。

 「仕方ない。迎えに行くか」

 「そうだね。私も一緒に行くよ。みんなでおいしいご飯を食べましょう!」

 「ご飯の話になると元気だな」

 「そ、そんなことないよ!」

 楓とクレハは森の中に入っていった。
 【ライトワーク】の館からそんなに離れていない森の中で、ティオとカノンを見つけた。

 「おい、ご飯ができたぞ」

 「お、お兄さん」

 「が、がうがう!」

 ティオとカノンが驚いた表情をした。
 そんな様子を不思議に思ったクレハが覗き込むように見ると……

 一人の騎士が倒れていた。

 「……聖騎士……」

 「どうしたんだ。クレハ」

 「この倒れている人は聖騎士よ。教典に従い、魔女を悪として断罪する騎士たち。それが聖騎士。でも、なんでこんなボロボロに。それも一人で……」

 どうやら、魔女にとって出会いたくない者のようだった。
 しかし、ボロボロになった人を見捨てることはできない。
 現に、カノンとティオは、この騎士をどうにかして助けてあげようとしていたみたいだ。

 「さて、どうするかな……」

 「……助けてあげましょう」

 「え、おまえはいいのか? クレハは魔女だろう」

 「ええ、そうよ。私は魔女。でもね。傷ついている人を見捨てるようなことはしないわ。」

 「はは、そうか。じゃあ助けてやるか」

 「お兄さん。助けてくれるの!」

 「がうがう!」

 カノンとティオが嬉しそうにじゃれてくる。
 どんな事情があれ、傷ついた人を見捨てることなんてできたい。
 クレハはただのお人好しだ。
 それが命の危険があるかもしれないとしても。
 それでも助けようと思ったクレハに答えてやりたいと楓は思った。

 「俺のカオティックアーツで応急処置をしたら……」

 「その必要はないよ。月光よ。祝福せよ。【ムーンライト・ヒーリング】」

 クレハの回復魔法により、傷が塞がっていく。
 これで、応急処置の必要はなくなった。

 「じゃあ、運ぶぞ。ティオは手伝ってくれ。魔法でギズを癒していても、まだ意識を取り戻したわけじゃない。頭をやっていたらまずいからな。一人よりふたりがいい」

 「わかったよ。お兄さん」

 「クレハとカノンは、フレアさんに事情説明して部屋を開けてもらってくれ」

 「わかったわ」

 「がうがう!」

 こうして、一人の聖騎士を【ライトワーク】に招き入れた。


 ガバっと、聖騎士が目を覚ます。

 「おはよう。目は覚めたか?」

 突然知らないところにいて困惑する聖騎士に楓は声をかける。

 「ここは……」

 「ここは、ギルド【ライトワーク】の本拠地だ。お前が倒れていたのを仲間が見つけてな。助けてやった」

 「そうか…それは、ありがとう」

 「ああ。ところで、名前を聞いてもいいか。聖騎士さん」

 ビクッ
 楓が聖騎士という言葉を出したとたん、彼は怯えだした。
 それでも、助けた恩人に向かって無礼はしない。
 彼はこれでも騎士だった。

 「俺の名はブラス・ディレクト。元聖騎士だ。自分の役割を果たせなかった臆病なきしさ」

 「そうか。俺は間藤楓。楓って呼んでくれ。よろしくなブラス」

 「ああ、よろしく」

 返事をするブラス。
 だが、活力のない弱りきった声だった。

 楓は、後悔に飲み込まれて、今にも死んでしまいそうだ、と思った。

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