カオティックアーツ

日向 葵

7:金色の獣

 「畜生。なんでこんな奴がいるんだよ!」

 ボロボロになった男は走る。
 生きるために必死で走る。
 でも、その望みは叶わない。
 ズドンと会わられた獣に、男は押さえつけられる。

 その獣は金色の瞳、金色の毛並みをしていた。
 そして、怪しげな痣がうっすらと光っている。
 苦しそうな表情の獣。

 「だれか、だれか助けてくれ……」

 ガサガサ。
 茂みが揺れる。
 男は、「もしかしたら助けが…」と思ったが、出てきたものに絶望した。

 茂みから現れたのは、男を襲っている獣と同じ、金色の瞳と毛並みをしている小さな獣。

 「ああ、神よ。私を救ってくれ」

 そんな願いも叶わず、獣によって男は殺された。

 「ガァァァァァァァァァ」

 獣の咆哮が森の中に響く。
 獣は狩った餌を口で加え、子供を引き連れて、森の中に姿を消した。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 「ちょっと、楓。こっちも手伝ってよ」
 「今日はお前の当番だろ。俺は新しいカオティックアーツの制作で忙しんだよ」
 「いいじゃない。ちょっとぐらい…」

 初めての討伐依頼を終えた日から、楓とクレハが親しくなった。
 魔女と人間が普通に生活しているのは、この世界でありえないことなのだが、それを全く感じさせない。
 楓が異世界の人間だからというのもあるが、親友と言っていいぐらいに親しい二人を見て、フレアが複雑そうな顔をする。

 「お前たち、一体何があったのよ」
 「別に、何にもないですよ?」
 「楓は、なんで私だけ敬語なのよ」
 「いや、フレアさんだからとしか……」
 「ちょっと、ひどいんじゃない? フレアさんだって仲間でしょ」
 「いや、仲間なんだけど。なんか、友達のお母さんって感じがして、自然と敬語になる」
 「最初はそんなこともなかったような? 時々敬語じゃなかった気がするんだけど?」
 「……ゴホン。クレハと話し始めるのもいいが、私を忘れないでくれ」
 「「ごめんなさい」」
 「それに、楓には一つ言っておきたいことがある」
 「……それはなんですか?」
 「私はまだ二十代だ! 誰が母親か!」

 クレハとティオの面倒を見ているため、お母さんと思われがちなフレアだが、まだ年齢は二十代。
 お母さんと思われてショックを受けたフレアに、なんて言ったらいいのかわからない楓は、「ごめんなさい」と一言謝って、自分の作業に戻る。
 クレハはクレハで、「ははは」と笑いながら、完了した依頼書の整理に戻った。

 複雑な思いをしながら、フレアは未完了の依頼書の整理を始める。
 だが、お姉さんではなく、母親だと思われていたフレアは、ショックだったのか、涙目になっていた。

 フレアの瞳はちょっと潤んでいたことを、二人は見なかったことにした。

 ガチャリ、と玄関が開く音がする。

 「ただ今帰りました」

 村に買い出しに行っていたティオが帰ってきた。

 魔女である、フレアとクレハはあまり買い出しにいかない。
 魔女を悪とする、教会のものに見つかれば正体がバレる恐れがあるからだ。
 なので、買い出しは、ティオか楓が行っている。
 いつもなら、このあとティオが料理をしてくれて、昼食になるのだが……
 今日は奇妙な客? が来ていた。

 「がうがう~」

 現れたのは、金色の瞳、金色の毛並みをした小さな獣。
 その獣はリビングにやってくるなり、クレハに飛びついた。
 それは、攻撃的なものではなく、まるで親しい人に懐く魔獣みたいだった。

 「ん? 人に飼いならされた魔獣なのかな? ちょっと可愛いな」

 クレハは小さな獣を優しく撫でる。
 撫でられることがきもちいのか、目を細めて安らぐ小さな獣。
 そんな様子を全く知らないティオが、慌てた様子でやってきた。

 「カノン! ちょっと待ってよ。いきなり入っていったらみんなが驚いちゃうよ」
 「がうがう! がう~」
 「もう、ちゃんとしてよ」
 「がう~」

 まるで小さな獣と話しているようなティオ。
 小さな獣はクレハのもとを離れ、ティオに駆け寄っていく。
 小さな獣が離れていくことに、シュンと落ち込むクレハ。
 可愛いものが好きなクレハには、何かくるものがあったのかもしれない。

 「この子は迷子みたいなんだ。だから、親が見つかるまで世話をしたいんだけど……ダメかな?」
 「危険がないんだったら別にいいぞ。人に慣れているみたいだしね。ところでティオはその獣の言葉がわかるの?」
 「うん、なんとなくわかるんだ。こんなこと今までなかったのに」
 「もしかしたら、ある程度知能が高い魔獣じゃないとダメなのかもしれないな」
 「そうなの? お兄さん」
 「いや、詳しくはわからない。俺たちは、この魔獣の言葉がわからないからな。あくまで推測だ」
 「で、どうするのフレアさん。私はこの子を家に置いておきたいんだけど」

 クレハは目を輝かせながらお願いをする。
 この幼い感じにグッと来たクレハは、どうしても家においてあげたいとか考えているのだろう。
 そんなわかりやすいクレハに苦笑しながらも、「別にいいよ」とフレアは言った。

 ティオもクレハも大喜びである。
 楓もなんだかんだで、こんな小さな獣を放り出せるほどひどい人間じゃない。
 だた、金色に輝く毛並みに興味が惹かれ、小さな獣に近づこうとした。

 「がるるるるるるる」

 威嚇された。
 楓のあとにフレアが近づいたが問題はなかった。
 フレアにもクレハにも、小さな獣は甘えるようにしていた。
 さっきのは気のせいだと思い、楓はもう一度近づく。

 「がるるるるるるる」

 どうやら気のせいではなかった。
 楓だけが威嚇される。

 「がうがう~」
 「うん、うん。でも大丈夫だよ。お兄さんは悪い人じゃないから」
 「がう? がうがう!」
 「そっか。ありがと」
 「ティオ、それはなんて言っていたんだ」
 「お兄さん。この子はカノンって名前があるから、名前で呼んであげて。それで、カノンが言っていたことなんだけど」
 「ん、カノンが言っていたことは?」
 「なんか、へんな匂いがするから、怪しいって言っていたよ」

 その言葉が、楓にグサッと刺さる。
 ショックを受けたのか、少しよろめいて椅子に座った。
 楓は、自分はそんなに臭うのかと思ったのか、匂いを嗅ぎ始める。
 しかし、異臭なんてしなかった。
 どうやら、小さな獣・カノンの嗅覚がが鋭いから感じられたことらしい。

 「あ、へんな匂いっていっても、臭いとかそういうのじゃないよ。ただ、感じたことのない未知の匂いがしたって言っていた」
 「そうか。もしかしたら、この俺の世界の匂いなのかもしれないな。数日経ったとはいえ、俺は異世界人だ。その世界の匂いが完全に消えているとも限らないな」
 「そうだね。でも、カノンもお兄さんが悪い人じゃないってわかってくれたから、もう大丈夫だよ」
 「そっか、じゃあ俺も撫でてみようかな」

 カノンの毛並みが気になって、触りたい衝動が激しかったが、なんとか気持ちを抑えつつ、カノンを撫でようとした。

 ガブ!

 「いってぇ…って思うほど痛くなかったけど、なんでいきなり噛むんだよ」
 「そ、それはわからないけど……」
 「きっと楓が怖いのよね。私は優しいよ。だからおいで」
 「がうがう~」
 「ほら、よしよし。いい子だね」
 「……なんで俺だけ……」
 「カノン、なんでお兄さんはダメなの?」
 「がう、がうがうがう」
 「え、そういう理由なの。じゃあ僕はなんで?」
 「がうがうがう」
 「そっか、よしよし」
 「がう~」
 「で、俺についてはなんだって……」

 ティオは苦笑しながら楓を見る。
 申し訳なさそうにしながら、楓に説明した。

 「この子は女の子で、見知らぬ男にいきなり撫でられるのはやなんだって。僕は、迷子の手助けをしているからいいよって言ってくれたけど」
 「それは楓が悪いね」
 「そうだな。楓が悪い。女の子は優しくするもんだぞ?」

 クレハとフレアは、カノンを愛でながら楓に言ってきた。
 カノンが可愛すぎて仕事のことなんか忘れているようにも見えた。
 楓は「はぁ」と小さくため息をついたが、ここで諦める楓じゃない。
 要は、まだ知り合ったばかりだからいけないのだ。
 この子の親が見つかるまでは時間がかかるだろう。
 楓にもチャンスはある。
 カノンと親しくなってやる、そのためのカオティックアーツも作ってやろうと意気込む楓だった。

 今日、この日、【ライトワーク】に新たな仲間が加わった。
 それは、小さな獣・カノン。
 親が見つかるまでの期間限定だけど、大切な仲間なのは変わり無い。

 この時、カノンを悲しませる出来事が起こるなんて思ってもいなかった。

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