Girl's curse~鏡の奥に潜む影~

日向 葵

第一話『絶望』

 世界が灰色に染まるというのは、こういうことを言うのかな。
 あの日、あの時、私は全てを失った。何よりも大切な彼がいなくなってしまったのだ。もう二度とあの笑顔は見られない。そう思うと心の奥が締め付けられて、ホロリと涙が頬を伝う。悲しんで悲しんで、涙が枯れるまで流しても、結局何も変わらない、彼のいない日常。それを理解するたびに、心のひびが広がっていく。頭の中が掻き回されて、感情が入り乱れ、私は崩壊していった。

 ああ、もう一度、彼に会いたいと願わずにはいられない。


******


〈△月○日(木)21時33分〉

 私の名前は古谷ふるたに友美ともみ。いまは大学生で、卒業と同時に結婚をする予定だった彼と同居していた。
 彼は大矢おおや秀樹ひできと言って、とても正義感が強い人だった。困ったお年寄りがいれば、手を差し伸べて、迷子になった子供が入れれば母親のもとに連れて行ってあげる。喧嘩が起きれば仲裁に入るほど、正義感の強い人。そして私も助けられた人たちの一人。
 私はそんな彼の背中に憧れて、惹かれて、恋に落ちた。

 何度も、何度も、彼に声をかけにいって、勇気を振り絞って告白した。彼は私の想いに答えてくれて、晴れて私達は付き合うことになったのだ。
 最初こそ緊張したけど、一日経つごとに私は彼のいいところを見つけて好きになっていく。
 秀樹との毎日は幸せで、ずっと続くものだと思っていた。大学を卒業して、彼と結婚して、子供を作って、幸せな家庭を作る未来を信じて疑わなかった。
 だけど現実は残酷で、あっけなくその未来は潰えた。

 とある休みの日に彼と一緒に歩いていたら、公園からボールとそれを追いかける少年が飛び出した。少年はそのままボールを追いかけて、道路に飛び出る。本当にタイミングが悪く少年のもとに大型トラックが迫り来る。このままで少年は轢かれて死んでしまうだろう。
 でもそんなこと、彼は許さない。
 正義感の強い秀樹はすぐさま飛び出して、少年を助けた。幸い、近くにいたためにギリギリで助け出すことに成功した。秀樹も無事にトラックを避けきって、何事も無く終わった。
 そのはずだったのに……。

「い、いやあああぁぁぁああぁあぁぁ」

 トラックに私が秀樹に預けていたカバンが巻き込まれて、秀樹は数十メートル引きずられた。コンクリートの地面にガリガリと。耐えられない体は引きちぎられ、削れた顔はその原型をとどめていなかった。それを見た時から、私の世界から色が失われた。もっと一緒にいられるはずだった。もっと楽しく笑い合えるはずだった。もっと……もっと…………もっと幸せになれるはずだったのに。


******


 あの日以来、私は前を向いて歩けない。もう未来を思い浮かべることすらできない。何度も泣いて苦しんで、心が絶望に飲み込まれる。
 目に映る灰色になったこの世界。もう生きている意味がない。静寂に包まれた部屋で、私はただ死んだように座り込む。いつも二人で笑い合っていた部屋なのに、いまは一人ぼっちで心細い。
 静かな部屋が寂しくて、私はテレビをつけた。

『さて、次の噂はいま話題の廃遊園地、裏野ドリームランドについてです!』

 やっていたのは夏場によくやっているオカルト番組。私はどうでもいいと思いながらテレビをつけっぱなしにして布団にうずくまる。

「うう、秀樹……」

 また、秀樹のことを思い出して、涙がこぼれた。私の涙はまだ枯れていないっぽい。秀樹、秀樹、秀樹。私の大好きな秀樹。もう二度と戻ってこない秀樹。彼の居ない世界なんて、私は生きていけないよ……。
 うずくまった布団の中で、涙を流していると、オカルト番組の音が私の耳にスーっと入ってくる。なんで、どうしてなのかわからない。でも、悲しみを紛らわすにはちょうどいい雑音なのかもしれないと、私は静かにテレビの声を聞くことにした。

『裏野ドリームランドにまつわる噂。ミラーハウスから出てきたあと別人みたいになってしまうという。この噂について、オカルト研究家である三峰さんにお話を伺いましょう』

『うむ、今日はよろしく頼むよ。では早速話を進めよう。実を言うと、あの噂には土地とミラーハウスが関連しているのだよ』

『というと?』

『もともとあの土地には古い祠がいくつもあった。ある時代に戦が多く行われ、沢山の人が死んでいった場所。しかも霊力の強い土地のせいで、彷徨う霊が増えたという。その霊を鎮めるために祠がたっていたのだが、土地開発のために全て取り壊してしまったそうだ』

『そ、そうなると、あの場所には霊的存在がたくさんいることになりますよね』

『ああ、そうだとも。唯一、霊たちを沈めるものであった祠がなくなってしまったのだ。霊的存在はあの場に溜まっていく』

『なるほど。そうなると、人が別人のようになるというのは、霊が取り付いた、または魂が入れ替わったというわけですか。でも、どうしてミラーハウスなんでしょう』

『そこにもちゃんと理由がある。鏡とは、一番霊道を作りやすいものなんです』

『霊道ですか……』

『はい、そうです。霊道とは、死んだ人間が魂となり、黄泉の国……あの世の方がわかりやすいですかね? そこに行くときに使われる霊専用の通路なんです。よく言いますよね。合わせ鏡は良くないと。鏡は霊を跳ね返す力を持っていますが、鏡同士を合わせると、あの世に繋がる道を作り上げてしまうのです』

 その言葉を聴いて、私は布団から飛び出した。
 もし、本当に鏡であの世につながるなら、もう一度秀樹に会えるのかもしれない。私にとって、秀樹のいない世界は、辛く苦しい、灰色の世界。そこから抜け出せる、秀樹ともう一度会うことができる可能性があるのなら。
 たとえ嘘だと分かっていても、すがらずにはいられない。そんな精神状態にあった私は、オカルト番組を凝視する。

『では、家とかで合わせ鏡をすると霊道ができて、心霊現象が起きやすいということになってしまいますが……』

『いや、すぐにどうこうなる問題ではない。心霊現象にはいくつかの条件がある。合わせ鏡は霊道を作り出しますが、それだけで心霊現象は起こらない。いくら道があったとしても、使う霊がいなければ何も起こらない。時間をかけてゆっくりと、霊道を使う霊が徐々に増えて行き、始めて心霊現象が起きます。 神社などの近くは霊が多く、そこで合わせ鏡をすると心霊的現象が起こりやすいので注意が必要です』

『なるほど、それもそうですね。そうなると、場所にもよるけど、合わせ鏡をしても別に問題ないということでしょうか?』

『短時間なら大丈夫でしょう。人間だって、告知されていない新しい道をすぐに使い始める人はいないでしょう。それと同じで、あの世に続く新しい道ができたことを霊たちが認知しなければなりません。そのため、少しばかし時間が必要なんです。少しずつ、少しずつ霊が道を使うようになって、始めて真の霊道となります。だけど、あの裏野ドリームランドは少し事情が異なります』

『えっと、どう違うのでしょうか』

『あの場所は、かなり昔から大量の霊のたまり場となっています。その影響によって、ある種の呪いとなっています。そのせいで霊道がまともに機能せず、様々な心霊現象が起こっているのだと推測できます』

『の、呪いで……』

 私はそこまで見て、テレビを消した。続きを見ても、彼に会える可能性がある情報が得られないと思ったから。
 呪いとか言っていたので、とても危険な場所だというのはわかった。
 でも、それでも、私は秀樹にもう一度会いたい。たとえ危険な目にあっても、もう一度会いたいのだ。
 だからわたしは一旦情報を集めることにする。パソコンをつけて『裏野ドリームランド』にまつわる噂や過去に起こったことを調べて、調べて、調べて。

 きっと、この時の私はどうかしていたのかもしれない。オカルトなんて、心霊現象なんて本当にあるわけないのに。だけど、私の心は、そういったものに縋るしかないほど壊れかけていた。

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