お姫様は自由気ままに過ごしたい ~理想的な異世界ライフを送るための能力活用法~

日向 葵

第十九話『ポチは従順なペットのようで』

「お、俺に一体何をさせる気だ。クソ姫様」

「あら、そんなことを言ってもいいのかしら。あなたのしでかしたこと、ヘルトに言うよ?」

「はん、言ったところで証拠なんて残ってないだろ」

「そんな事ないけど?」

「……えっ」

 ザブリェットは能力ガイドをパラパラと捲り、目的の能力を探す。案外あっさり見つかった能力。その効果は記憶を映像として流すものだ。いくら物的証拠がなくても、記憶を映像としてヘルトに見せれば、本当にやったと言い張ることぐらいできるだろう。それをポチに説明すると、ガクブルと震えて地面に仰向けになる。犬がよくやる服従のポーズだ。

「ち、畜生……。もう、煮るなり焼くなり好きにしろ!」

「ええ、そうさせてもらうわ。とりあえず、もふらせろぉぉぉぉぉぉぉぉ」

 ザブリェットは、まるで襲いかかるかのように、ポチに抱きついた。それに続くように、一号と二号がポチに抱きつく。
 ワサワサとした手つきで、ポチの体を触りまくるザブリェット。ポチは気持ちよさそうに「アウゥゥゥン」と声をあげる。

 この声がちょっと気持ち悪いと思ったザブリェット。本物の犬なら可愛らしいかもしれないが、ポチは普通の人間のように二足歩行で歩き、しかも喋るのだ。どう見たって獣人。実際はワーウルフという魔族なのだが。
 それでも会話が成立している以上、触って変な声を出されると、いやらしいことをしている気分になる。

「ねぇポチ。ちょっと静かにしてくれないかな」

「む、無理言うな! 触られると自然と声が漏れるんだよ」

「ウソですね。普段は魔王様に触られても、そんな声出さないじゃないですか。気持ちいいんでしょう。素直になりなさいな」

「う、うるせーぞ、一号!」

「わーそうなんだ。僕もびっくりだよ。まさか、ポチ様にそんな性癖があったなんて。これは、サキュバスたちに連絡をーー」

「絶対にするんじゃねぇぞ、二号!」

「うーん、気絶したら黙ってくれる?」

「えっ……」

 ザブリェットは唖然とするポチを思いっきり殴って意識を断つ。そして、目が覚めるまで、もふもふを堪能するのであった。


***


「結局、気絶しても変な声が出た」

 残念そうにそうつぶやくザブリェット。その足元には、地面に座り込み、床に『の』の字を書くポチの姿があった。一号と二号は、そんな様子をニタニタと見つめる。
 それに気がついているポチだが、抵抗する気力もなく、死んだ魚の目をしながら落ち込んでいた。

「さて、あと二つお願い事があるんだけど、もういいかな?」

「…………好きにしろ」

「そうさせてもらうわ。次は木材を手に入れたい。ウラウスの森ってところに行けば手に入るって聞いたんだけど。私はよくわからないの。案内してくれるかしら?」

「俺に決定権はない。勝手にしろ」

「…………うん、そうさせてもらうわ」

 ザブリェットはポチの尻尾を鷲掴みにする。「アィィィィン」と奇妙な声をあげるポチを無視し、引きずって魔王城を出た。目指すはウラウスの森。
 道案内はポチがしてくれる。だから迷わずに行くことができるはずだったが……。

「キャイン、キャイーン」

「ねぇ、まだ魔王城を出ただけで、森にすらついていないんだけど。ちゃんと道案内してくれないかしら」

「「そうだ、そうだ!」」

「ちちちち、ちくしょぅぅぅぅぅぅ。何回も言ってんだろう! 尻尾をさわんじゃねぇ。そこは敏感だから触らると反応しちまうんだよ!」

「……変態」

「うわぁ、ポチ様セクハラですよ?」

「サキュバスである僕ですらドン引きのポチ様。他のサキュバスなら喜ぶ気がする!」

「二号! それだけはやめてくれぇぇぇぇ!」

「うっさい」

 ザブリェットはポチの顎に綺麗なケリを決める。脳は揺さぶられ、ポチの意識は簡単に失った。

 ぐったりと倒れるポチ。その姿を見た周りの人たちがざわめき出す。ポチは一応エリアボスだ。ようするにラスボス前のダンジョンなどに登場する中ボスってところ。そんな強い魔族があっさりと意識を失ったのだ。当然のことだろう。

 一号と二号は、ことの重大さに気がついて、慌てふためく。オロオロとするふたりは「どうするんですか~」的な瞳でザブリェットを見つめる。
 どうも、それが媚を売っているクソッタレな女にしか見えないザブリェット。どこからか『ハサミのようでハサミじゃない。なんにも切れない、万能ひのきのぼう(以下ひのきのぼう)』なるものを取り出した。
 そして、一号と二号めがけて横に振るう。
 当然、距離的に届かない。それを微笑ましく見ているふたりは、ザブリェットが使った能力によって、表情が絶望の色に染まる。

 そう、使った能力は『巨大化ジェアンテ』だ。届かなかったはずのひのきのぼうは、一号と二号だけにとどまらず、周りの者たちを巻き込もうとする。

 だけど、吹き飛ばされたのは一号と二号だけだった。
 この能力には、さらに素晴らしい効力があった。この『巨大化ジェアンテ』という能力、実際には巨大かさせる能力ではない。
 この能力の真の効果は巨大化のようなことをさせる、だ。
 突然こんな能力を使えば、壮絶な被害が起こってしまうかもしれない。それこそ、今のようにザブリェットが一号と二号を吹き飛ばすために使うだけで、周りの人に甚大な被害が出てしまう。
 そんな望まぬ被害が出てしまわないように、ザブリェットの攻撃対象に含まれない人物・・は能力の効果範囲外。
 当然ながら攻撃は喰らわない。
 そう、人物・・以外には……。

 天使の能力は、やっぱり微妙である。

 ザブリェットがやった横薙ぎにより、魔国領にいる住民に被害は出なかったが、近くの家が半壊。火を使っている屋台でもあったのか、一部が赤く燃えている。
 いたるところから聞こえる悲鳴。さすがのザブリェットもやりすぎたと思ってしまった。

「私の責任だよね。仕方がない。『復元レストレーション』」

 ヘルトの部屋で使った復元の能力により、町がビデオの逆再生のように元に戻っていく。それと同時に光がザブリェットのもとに集まりだす。
 ザブリェットは何も考えずに一号を選択。

「グベラ」

 惨殺された死体に変わり果てた一号。でも、今回は使用した範囲が広すぎた。光は収まらず、ザブリェットの周りをウロウロしている。今の状態だと『復元レストレーション』の能力がザブリェット自身に襲いかかってくる可能性があり、迂闊に別の能力が使えない。それこそ、別の能力を使った瞬間にザブリェットがバラバラになってしまうかもしれない。
 まぁ、そうなったら亡霊神父が助けてくれるのだが。人前で中身を晒したくない。そう思ったザブリェットは二号を選択した。

「ごほうべら」

 ……なんかご褒美って言ったような気がする。あいつは真正のマゾに違いないとザブリェットは思った。
 とりあえず、光が収まったので、ザブリェットは一号と二号に手をかざす。

「っち、『道具ヴェルクツォイク・復活アオフエアシュテーウング』」

 なんだかんだで一号と二号を復活させたザブリェット。ふたりは目を覚ますとザブリェットに抱きついた。
 うへへと笑うだらしない顔。普通なら気持ち悪いとか、何なんだろう……あの変態は、とか思うことだろう。だけど、周りの反応はちょっと違った。

((((え、なに、生き返らせる前の舌打ち!))))

 周りにいた住民たちはザブリェットに恐怖を覚える。こいつは怒らせるとまずい、そう直感が告げている。だから、周りの者たちがザブリェットに対して膝まづいた。

 ザブリェットが魔国領の住民一部を服従させた瞬間である。

 そんなことは露知らず、ザブリェットは目的の木材を手に入れるために、ウラウスの森に行こうとする。そこで、ポチを気絶させてしまったことを思い出した。
 このままではウラウスの森まで案内してもらえない。そう思ったザブリェットの行動は……。

「『ちゃんだ~ぼりゅと』」

「アバババババババババ」

 電気を浴びたことで痙攣し、口から黒い煙を吐く。そしてぐったりと倒れるポチ。まだ目を覚まさないと何回も、何回も『ちゃんだ~ぼりゅと』をポチに与えた。

「あ、悪魔が降臨なさった!」

 住人の誰かがそう言うと、ザブリェットに向かって額を地面に擦りつける。そして、敬うように、祈るように、住民たちは手を擦り合わせてザブリェットを拝んだ。
 そのためか、周りがとっても静かになる。
 唯一聞こえる声があるとすれば、ポチの悲鳴だけだった。

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