お姫様は自由気ままに過ごしたい ~理想的な異世界ライフを送るための能力活用法~

日向 葵

第八話『残酷無慈悲なお姫様』

 ザブリェットは、お手製の大型ハサミを、シャキン、シャキンと鳴り響かせ、ゆったりと歩いていた。「布、布」と呟く感じが、何かにとりつかれているようにしか見えない不気味さを出している。

 すれ違う魔物や悪魔たちに「ひぃ」と怯えられながら進んでいくと、玄関近くがざわついていることに気がついた。
 何事かと思い、近づいていくザブリェット。ひょこっと顔を出し、ざわめきも中心を確認すると、一号と二号が涙を流し、震えながら座っているのを発見した。

「ぐすん……あ、やっと戻ってきました。もう動いてもいいですよね。もう、漏らしそうで……」

「僕たち、もう限界……デ…………ス」

「じゃあ、後三十分したら動いていいよ」

「「ちょ!」」

 喚く二人を無視して、布を探すザブリェット。後ろから悲しい叫びが聞こえたが、きっと気のせいだということにして、立ち去った。
 クルクルとナイフを振り回し、シャキンとハサミの音を立てながら、怪しい目つきで徘徊するザブリェット。
 キョロキョロと見渡しても、誰ひとりとして布がいない。

「ここじゃないのか……ならどこに……」

 周りを見渡しながら、布の魔物、布リアンがいないか確認していると、目の前をひょこひょこと歩く可愛らしい生物に遭遇する。
 ザブリェットは女神の無駄能力、『鑑定アナリューゼ』で、可愛らしい生物を確認した。

 この能力を使えばゲームのような気分が味わえる。本当に使えない能力である。
 例えば、某ゲームのように、敵キャラが現れる。そこには敵キャラの名前ぐらいは出てくるだろう。そうしなければ、何を倒して進めばいいのかだとかわからず、ただひたすら探すだけのゲームになってしまう。それだと面白くもなんともない。
 つまりそういうこと。ゲーム性が崩壊しない程度ぐらいしか知ることができない能力。それが『鑑定アナリューゼ』であった。

 ザブリェットの視界にゲームのメッセージのようなモノが映る。そこに書かれていた、この可愛らしい魔物の名前はテディベアというらしい。

「きゅ~」

「……うん」

 あのモフモフした体。ベッドを作るのに使えるかもしれない。寝具、今は寝具を作らなければいけないのだ。
 ザブリェットは、お手製のよく切れる鋏を構えながらジリジリと近寄る。

「くぅ~ん、くぅ~ん」

 とあるCMでもあった、某犬コロのうるんだ瞳にソックリな目で、ザブリェットを見つめるテディベアたち。

「……」

 サブリェットはテディベアを見つめながら、ハサミを持つ手が止まった。さすがのサブリェットでも、躊躇する程の効力を持っていたらしい。
 しかし、視線はテディベアから外さず、何か考えた様子で、ハサミとナイフをくるくる回している。
 ハサミとナイフが危なすぎて、逃げることすらできないテディベアたちは、ただ震えることしかできない。

「くぅ~ん、くぅ~ん」

 テディベアたちは、必死に訴える。身に降りかかりそうな危険。これを回避しないと地獄を見ることになると、直感が告げていた。
 だからこそ、甘えて可愛らしさをアピールし、最悪を回避しようと躍起になる。
 本当は足元に頬を擦り付けなどしたい。猫などがそうするように甘えると、大抵の女の子はかわいがってくれる。テディベアたちの経験則からしてもこれは間違いない。
 だが、振り回しているハサミとナイフが危なすぎて、近づくことさえ困難だった。
 だからこそ、瞳を潤ませて必死で訴えるのだが、ザブリェットの反応はイマイチ。

 やばい、なんかやばい。

 テディベアたちは焦り始める。ギラリと光るナイフとハサミが命の危機を感じさせる。
 でも、ザブリェットの足が止まっているのはチャンス。まだ、生きていられる可能性がある。

 まぁ、この世界には復活魔法という公式チートがあるのだが、だからといって死にったいやつなんてどこにもいない。

 焦りが募るテディベアたちを見つめながら、ずっと考え込んでいたザブリェットの手が止まる。
 ピタリと止まったハサミとナイフが、一体のテディベアを掠めて、赤い血が流れる。

「きゅ~ん、きゅ~ん」

 そう、ザブリェットは、自分に素直なクズだった。

「うん、やっぱり一撃の方が優しいよね!」

 愛らしいテディベアを、ハサミで切り裂いた。白い毛が鮮血に染まり、あたり一面を染める。ザブリェットはそんなことを気にせず、他のテディベアを見つけては切り裂く。
 本当に人間なのか! そう思ってしまうほど狂気に満ちたお姫様。
 これがただベッドを作って、ぐっすり寝たいだけだと誰が思うのか。

鋏の魅了シザーステンプティーションの能力が発動しました』

 ザブリェットの視界にメッセージが流れる。
 はて、これは一体何だろうと思ったが、そこで『鑑定アナリューゼ』を発動したままだったのを思い出す。きっと何かしらの能力が発動したのだろう。
 ザブリェットはその程度の考えしかしないで、問答無用にテディベアたちを狩り尽くす。

 あたり一面を、肉片と赤い海に変えたザブリェトは、満足げにテディベアの毛皮を見つめていた。

「人が装飾品を作るとき、このぐらいしているんだから同じことだよね。私は悪くない」

 一体誰に言い訳をしているのやら。
 でも、ザブリェットはそこまで気にしていない。この世界には便利な蘇生魔法があるのだ。死んでも生き返られる安心感。だけど、それをやるためには、この肉片を亡霊神父とやらがいる場所まで運ばなければならない。
 ヘルトが言っているのだから、やらないといけないという意識はあるものの、正直メンドくさい。
 そこで、ふと『能力ガイド』の存在を思い出す。

(あれに蘇生系の能力があれば連れて行かなくってもいんじゃない?)

 名案! とばかりに『能力ガイド』を取り出して、検索をかける。
 ヒット件数は、3675件。かなり多い。
 一つずつ探すのもしんどいので、能力名で適当に選ぶことにする。
 パラパラっと、検索結果を眺めていると、ある能力に目が止まった。

蘇生リザレクションRev.1』

 記載されていた能力説明は、蘇生能力の一つで、死んでから一日以下の材料を復活できる能力。意味がわからない。

 材料とは一体何だろうか。ザブリェットは悩んだ。そして、手に持っているテディベアの毛皮が目に映る。

「これが……材料……」

 ザブリェットはこれから作る寝具に、テディベアの毛皮を使おうと思っていた。そうなると、この毛皮は材料になる。つまり復活可能な存在であることを証明している。

「でもあれ、復活させたら材料はどうなるんだろう」

 疑問に思ったので、もう一度『能力ガイド』を読み直す。

 この能力を受けたものは破損部位が完全に復元できる。ミノタウロスやオークを解体して食べても復元できるぞ! 家畜農業を行っている方が涙する最低最悪の能力。

「ホント……天使の能力はろくでもない!」

 天使の能力は鬼畜仕様だった。
 牛肉食べ放題が簡単にできる、食糧問題を完全に解消してしまうような能力。一日以下だったら何回でも使用可能な蘇生能力は世界のバランスを崩すほど強力だった。

 だけど、復活できるのは材料となったものだけ。そして材料=食糧となっている。

 ぶっちゃけ、使い方によっては人間だって復活できてしまうとザブリェットは思った。
 そして考えるうちに、これ以外の蘇生能力を探すのがめんどくさくなってきた。
 材料として使ったのだからこれでいいやと、肉塊になった可哀想なテディベアたちに『蘇生リザレクションRev.1』を使う。

 殺戮が逆再生したように、肉塊が元の形に戻っていく。
 可愛らしくうるんだ瞳。ふわふわの毛皮。間違いなくテディベアだった。

「お~すごい。こんなに簡単に蘇るなんて。この世界って本当に適当だな~」

 さすが異世界。何でもアリ。だけど、これはザブリェット限定の能力であることをまだ知らない。

 蘇ったテディベアたちは、お互いに抱きしめ合い、生きていることを喜び合う。
 そして、ザブリェットとその手にある鋏を見つめ、もじもじとし始めた。

「え、何、えええ」

「きゅ、きゅ、きゅ~」

 突如としてテディベアたちが抱きついて甘えてくる。

「ななな、なんで甘えてくるよの!」

 ザブリェットは人? 熊? が変わったように甘てくるテディベアたちにただ困惑するしかなかった。


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