お姫様は自由気ままに過ごしたい ~理想的な異世界ライフを送るための能力活用法~

日向 葵

第五話『魔国領に行きましょう』

 ヘルトはいかに人間が理不尽か語ってくれた。
 魔国領には主に魔族と呼ばれる者たちと、知恵を持つ魔物が住んでいる。この世界には、知恵の持つ魔物と知恵の持たない魔物がおり、知恵を持つ方は魔族との共存関係を築いている。
 それが気に食わなかったのか、それとも、魔国領などがあるのが気に食わなかったのか、突然人間が襲ってきたそうだ。
 そして、魔国領の大地の一部が焼け野原になった。
 幸い、怪我をしたものはいたが、誰ひとりとして死んだものはいない。まぁ、死んでも蘇生魔法があるから、気にすることはないのだが。そうだとしても人間が攻撃してきたのは事実。
 それに卑劣な人間は魔国領の大切なものを奪っていった。
 それは、食料。人間が攻撃したのは、魔国領の大きな畑。それに対し、魔王は激怒だった。

「あいつら、オラ、じゃなくて、我が丹精込めて作った畑を……」

「あ、うん。なんか無理して話している気がするんだけど、今誰もいないから、普通に話してもいいよ?」

「い、いや、それはまた。魔国領についたらにする」

「あっそ」

 まるで自分のことばのなまりが恥ずかしいのか、無理して東京弁ひょうじゅんごを話している人みたいになっている魔王をクスッと笑った。

「あまり笑うな。まあいい。そういうことで、一番大切にされてそうな姫を誘拐しに来たわけだ。それに、お前のおかげでこの国は豊かになったそうじゃないか。それだけでも誘拐する価値はある」

「なるほど、そういうことね。だったら私にも条件がある」

「ほう、呪いの解呪をしてやったのに……か」

「うう、それを言われると……」

 呪いを解いてもらって、さらに条件を追加しようと言ってみたら突っ込まれてしまったザブリェット。内心ちょっと焦っている。
 ただ連れて行かれて、その後何ができるだろうか。
 牢屋に閉じ込められ、今と同じ生活をする可能性がある。
 たぶん、道具として扱われる自分の家よりはマシかもしれないが。
 それでも、閉じ込められた生活はもう嫌なのだ。だからこそ、ザブリェットは強気になって進言する。

「だけど、これだけは譲りたくない。私は外に出て、自由気ままに過ごしたいの。たくさん遊んでいたいのよ。だから、魔王ヘルト。私が遊べる居場所を頂戴。牢屋に閉じ込められるのは嫌よ。それこそ、くそったれなここと同じじゃない」

「……確かにな。だが、貴様が裏切らないと言う保証がない」

「確かに、保証はないかもしれない。でも、人として見てくれない家族に、国に、私は一体何を求めればいいの。ずっと使われる続ける人形でいるのはもう嫌だ。もう……嫌なんだよ」

 気がついたら、ザブリェットは泣いていた。今まで過ごした辛い日々。自室から一切出してもらえず、与えられるものは、食料と仕事。あとは、ちょっとした生活用品。奴隷と言ったほうが近いかもしれない状況。
 しかも、この状況を作ったのが、実の父親である国王。そんな奴らのために、なぜ、何かをしてやらなければいけないのか。自分一人だけ辛い思いをして、他の人が幸せになれば、それでいいのか?
 それはまるで生贄のようだと思うと、ザブリェットの瞳から溢れる涙は止まらない。

「ああ、分かった。お前のことは我に任せろ」

「……いいの?」

「姫さんが、そこまで追い詰められている状況で、何もしないわけにはいかないだろう。姫さんが我のところに来れば、晴れて自由の身、我らには姫さんを誘拐して、人間領の者に、魔国領に手を出したらどうなるか知らしめることができる。Win・Winの関係だとは思わないか。
 だったら、我が何とかしてやろう。
 それに困っている子供を見捨てるほど、我は腐ってはおらん」

 ヘルトの言葉が、ザブリェットの心に染み渡る。嬉しい気持ちが溢れ出し、ザブリェットは、ヘルトに抱きついた。

「ホント! 嬉しい」

 ヘルトがザブリェットの頭を撫でてやると、「へへへ」と笑った。
 それが、なんだか可愛らしく思い、ヘルトは顔を赤くしながらそっぽを向く。
 ザブリェットはヘルトから離れて、涙を拭う。

「よし、では魔国領に行きましょうか」

「お前は……、切り替えが早いな」

「まぁ、それが私の取り柄の一つですからして」

「まあ良い。では、行くぞ!」

 ヘルトが魔法陣を構築する。魔法陣の中心にいるヘルトのマントをしっかりと持つザブリェット。杖により魔法陣の制御を行い、片方の手で、ザブリェットをそばに寄せる。
 男の人にあまり免疫がないザブリェットは、ポンッと音が鳴ったかのように顔が赤くなった。ちらりと、ヘルトの顔を見ると、やっぱり、顔が整っていてカッコイイ。だけどイケメン部類されるはずなのに、全く嫌悪感がない。それに横顔を見ると、ザブリェットは胸の鼓動が早くなるのを感じた。

 「新天地に行くための我慢……」とブツブツ呟きだしたので、「もしかしたら嫌だったのか?」とヘルトが首をかしげる。
 それでも、転移魔法を使うために、そばに寄ってもらわなければならなかったので、ザブリェットの肩をしっかりと掴み、転移魔法を発動させた。

「うわぁ」

 急に地面がなくなる感覚。だけど、落下する感覚はなく、また宙に浮いている感覚もない。しっかりと地面に足をつけているような感覚、足を動かしていないのに、まるで歪んだ空間を進んでいるような気分になる。
 周りを見ると、何もかもが混ざり合った景色。
 緑、赤、黄色、青、紫、様々な色が混ざり合い、ぐちゃぐちゃになっていく。
 次第に何がなんだかわからなくなると思ったら、逆再生のように、色が分裂していった。
 そして、新しい景色が再構築されていく。
 先ほどまでは、ザブリェットの部屋にいたのだが、今は綺麗に耕した畑、遠くを見ると立派なお城と町の灯りが見える。

「ここが我の住まう魔国領だ……」

「凄い、本当に凄い。なんにもない!」

 ザブリェットの感想に、ヘルトはこけた。
 確かに、確かに何もない。だけど目を凝らすと、しっかりと苗が植えられており、他の場所もちゃんと芽が出ている。丁寧に作られた立派な畑であった。

「何を言うだべさ。こげな畑。そうそうお目にかかれるもんじゃなか!」

 突然なまった喋り方をするヘルトに、ザブリェットは口を手で隠して、驚いたフリをする。
 ヘルトも、言ったあとで「あ……」と間抜けな声を漏らす。
 でも、やってしまったものは仕方がない。
 観念したヘルトは、魔王口調を諦めて、本来の話し方をすることにした。

「んだ、これがオラの話し方だぁ。わらいたきゃわらうっぺ」

 ヘルトがぶっきらぼうにそう言うと、ザブリェットは真剣な顔つきで、首を横に振った。

「そんなことない。話し方だって人それぞれだもの。普通に話してくれた方が、私も嬉しいわ。それに、そっちの方が自分をちゃんと出している感じがして、素敵よ?
 さっきまでの自分を偽った姿の方が、とっても変だった気がするの」

「へぇ~姫さんもなかなかいいこというっぺ。
 とっても気に入った。今度オラが作った、すんげぇうめぇ野菜を食わせたる」

「ホント! どんな野菜なんだろう」

 こんなたわいもない話をしながら、二人は笑い合う。
 ザブリェットは、様々な鎖から解き放たれたように心地よい気分になった。
 まだ抜け出しただけかもしれないけど、これから充実した異世界ライフを楽しめると思うと、心が躍る。
 やっと、自由気ままに過ごせると、ワクワクしながら、ヘルトと一緒に、魔王城に向かうのだった。

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