喫茶店リーベルの五人姉妹+1

日向 葵

第二話『割とズボラな五人姉妹』

「もう……こんな朝から……うぅ、眠い」

 とある休日。朝早くにインターホンで起こされた。

 僕はまだ小さなアパートに一人暮らしをしている。喫茶店リーベルに住み込みで働くと決めたが、直ぐに引っ越せるわけではない。それなりの準備が必要なのだ。
 アパートでの契約や住民票などなど、僕だってよくわからないことでいっぱいだ。
 このアパート自体、全部お父さんに手配してもらったのだ。後で連絡しないと。
 もしかしたら手続きが海外からできないということで、帰国してくれるかも知れない。
 もしそうだったら少し嬉しいな。

 それはそうと、こんな早くからいったい誰なんだろう。ネット通販は買い物が便利になるからよく使っているけど、この前届いたばっかりだし、もうないはず。
 もしかしたら僕が忘れているものか、お父さんとお母さんからの仕送りかも知れない。
 とりあえず出てみますか。

「は~い、どちら様ですか?」

 玄関の扉を開けると、作業着を来たお兄さんが三人いた。
 そのお兄さんたちの後ろの方には大きなトラックまである。やっぱり何か荷物が届いたのかなと思ったけど、どうも違うらしい。

「ども~、天草引越し……センターです。あ、あの~」

「?」

 どうやら引越しセンターの人たちらしい。だけどなんか様子がおかしいんだよね。
 ガッツリしていて体育会系な感じはあるんだけど、若干前かがみで、頬を赤らめ、息を荒げている。
 こう、まさに飢えたケダモノ、獲物に狙いを定めたハンターのような……。

「できれば……先に着替えてきてもらえますか。その格好は我々にはちょっと…………刺激が強すぎます」

「ふぇ…………あ……。ひゃぁぁっぁぁぁあああぁぁぁ」

 どどど、どうしよう。今の僕はネグリジェを着ていたんだった。あのとんでもない姉のせいで、パジャマなんてこれしか持っていないんだもん。仕方ないじゃん。

 慌てて扉を閉めて、部屋の奥に向かう。バタンと閉められる扉を全て閉め、中央でうずくまった。恥ずかしさのあまり、このまま倒れてしまいたい。いや、穴があったら入りたい。

 ちょっとこぼれそうになる涙をぬぐい、着替えようとすると携帯が震えた。
 開くと、どうやらお父さんからきたみたい。
 えっと、内容は……えぇ……。

「また勝手な。すでに手続きは済ませてますって、もうちょっと早く連絡ちょうだいよ。帰国していたみたいだけど、僕にあってくれないし、寂しいし、引越しの人が来るってわかっていれば、もうちょっと片付けていたのに……、それにネグリジェ姿も見られることはなかったのに!」

 ……ふぅ、とにかく着替えよう。外の人たちも、きっと男がネグリジェなんて着て気持ち悪いとか思っているだろうし、目の保養になる服装にしようかな。

 さてさて、今日の着替えは何にしよう。僕はあの姉のせいで男物の服ってあまり持っていないんだよね。一人暮らしでやっとできると思って一度買ったことあるけど、次の日に姉が押しかけてきた。海外にいるのにどうやって! とか突っ込まないよ。あの姉だし……。そんでもって、男物の服は全て捨てられて、代わりに可愛らしい女物の服を渡された。レシートも渡されたけど、買った服とピッタリ同じ値段だったのでビックリ。もしかしたら盗聴されている? そんなことも考えたけど、睨まれて怖かったので僕は考えるのをやめた。

 まぁとりあえず、取り出しやすいところにあったインナーと、その上にコンパクトニット、下はバギーパンツあたりにすればいいかな?
 待たせても悪いし、早く着替えよう。



 鏡の間で服装チェック。うん、バッチリ。今日も可愛らしく決まっている。さっきみたいな人目に出れないような格好ではない。問題ないはず。
 変なところがないか最終チェックをしていると、ガチャリと音がなった。やば、待ちきれなくて入ってきちゃった? というか、鍵閉め忘れてた!

「おじゃましま~す。百合だけど、水紋ちゃん、入って大丈夫」

「あ、はい大丈夫です」

 なんだ、百合さんか。なら大丈夫だ。
 僕は直ぐに玄関に向かう。百合さんに軽く挨拶をして、引越しの方を招き入れた。
 僕に挨拶してくれたお兄さんはちょっと安心した表情だったが、後のふたりはとても残念そうだ。男のネグリジェなんて見て楽しいものじゃないと思うんだけど。

「ごめんね、本当はほかの姉妹たちも連れて行きたかったんだけど、仕事と遊びだって」

「百合さんだけでも手伝いに来てくれて嬉しいです。真麻ちゃんだってまだ小学生ですよ。遊びに行ったほうがいいですって」

「えっと、真麻が遊びに行っているのは確かなんだけど……菜乃華も遊びに行っているのよね。どこだったかしら、友達と水族館に行くって言っていたような」

 あいつ……。

 でも、友達同士の付き合いも大事だから仕方ないよね。僕だって実際どちらかを選択しなければならない時は迷うもの。菜乃華が友達を選んだってことは、そっちの方が大事だということ。これから一緒に住むと言ったって、学校では菜乃華がからかってくる時ぐらいしか関わり合いがなかったわけだしね。それでも来てくれないのはちょっと寂しい感じがするけど、納得はできるよ。

「はぁ、菜乃華は本当に酷いよね。今日は引越しのお手伝いがあるってあらかじめ言っておいたのに、後から友達との約束を入れるなんて、よっぽど嫌われているみたいね?」

 聞きたくなかった……。

 菜乃華に嫌われるようなことしたっけ。僕に覚えがないだけで……、いや違うな。ただめんどくさいと思ったから逃げたんだ。そうに違いない。ちくせう。

「もういない人のことは気にしないでおきましょう。百合さん。大変かもしれませんがよろしくお願いします」

「うわぁ、割とひどいこというね、キミ。まるで菜乃華が死んだみたいな……。まぁとりあえず、今日は微力ながらお手伝いしますよ」



 元々僕自身が綺麗好きなので、荷造りはあっさりと終わった。
 途中、引越しのお兄さんにお嬢さん扱いされたことがショックだったけど、それ以外は順調だ。ちなみに男だとは言っていない。ネグリジェ姿を見られたわけだし、そのあとで男ですって行った時の冷めた視線とか、想像するだけで泣きたくなるからね。

 あの一言で前かがみについて納得した。それに百合さんにも、僕が今来ている服も女物だって突っ込まれた。あの姉の貰いもんだからそうなんだろうけどさ。最近の流行りらしいから、引越しのお兄さんたちに女として間違われても仕方ない。
 普通の服が欲しいよ。今度買いに行こうかな。でも、あの姉がやってくる。怖い……。

「それにしても、早く終わってよかったね」

「そうですね。でも、距離が近いので直ぐに到着しそうです」

「本当は誰か車を運転出来る人がいれば良かったんだけど、誰も免許持っていないからね」

「持っていないんでしたら仕方ないですよ。それに、普通車で荷物を全部運ぶのに何往復かしないといけなそうですしね。引越しのお兄さんたちを待たせるのも悪いのでリーベルに向かいましょう!」

「ふふ、それもそうね。じゃあ行きましょう。我が家に! おー。ほら水紋ちゃんも一緒に!」

「お、おー」

「声が小さい。もう一度!」

「おー」

 百合さん、かなり恥ずかしいです。みんなの視線が痛い……。



 それから歩いて数十分。僕たちは喫茶店リーベルについた。引越し業者のお兄さんたちも直ぐに到着。荷物を運んでもらった。
 なんと僕にも部屋を割り当ててくれるそうだ。流石に女だらけの家に一人だけ男がいて、部屋なしでうろちょろされても困るだけ。
 だけどこんなに広い部屋を使っても本当にいいんだろうか。

「百合さん」

「どうしたの、水紋ちゃん」

「この部屋、広すぎませんかね」

「まぁ、お父さんとお母さんのお部屋だからね。あ、荷物は大丈夫だよ。お父さんとお母さんの荷物は屋根裏に押し込んだから」

「そ、それはお父さんとお母さんがーーーー」

「大丈夫! 了承済み!」

 すごい、他人の家の子のために部屋を明け渡すなんて。ちょっとかっこいいと思ってしまった。

「なら……遠慮なく使わせていただきますね」

「どうぞどうぞ」

 それから僕は引越しのお兄さんに運んでもらった荷物を整理した。タンスなどに小物をしまったり、本棚の整理をしたり、掃除したり掃除したり掃除したり。この部屋、ちょっと汚い。ホコリがすごいよ。百合さんの両親が飛び出して、誰も掃除していなかったのかな。かれこれ数時間。ちょっとやりきった感が出てくる。
 ある程度片付けて一息つこうとしたとき、扉をノックされた。どうぞと言うと、扉から百合さんが顔をだす。

「水紋ちゃん。片付けは順調って、かなり綺麗に片付けたわね。お姉さん感心しちゃう」

「ありがとうござます」

「時間的にかなり過ぎてるかもだけど、お昼にしようっか」

 僕はふと時計を見ると時計の時針は3を指していた。もうそんな時間か。思い返せば朝ごはんすら食べていない。

「僕もかなりペコペコです。いただきます」

「じゃ、リビングに行こう」

「はい!」

 僕は百合さんについていき、リビングについた。百合さんは僕にソファーで待っててと告げると、直ぐにキッチンに向かっていった。

 百合さんも部屋に置いておく必要のない食器などの生活用品を片付けてくれていた。そのあとに料理をして、僕を呼びに来てくれたとかかな。女の人の手料理ってあの姉の悪魔的なやつしか食べたことがない。
 百合さんの手料理だったら僕はどんな反応すればいいのかな。ちょっとドキドキする。
 そんな期待を膨らませる僕に大きめな箱を持った百合さんが現れた。

「さぁ、好きなのとってちょうだい」

「え、分かりました?」

 よくわからぬまま箱を覗くと、中にはウエハウスやらカロリーメイトやらカップラーメンなんかがたくさん入っていた。
 手料理を期待していたからちょっと残念な気がするけど、引越しを手伝ってもらって、その上で料理までお願いするなんて。

 カップラーメンもたまに食べると美味しいし、ありがたく頂戴しよう。

「あ、そうだ。今食べる分とは別にもう一個確保しといたほうがいいよ」

「ん? それはどういうことですか?」

「どうもこうも夕食もカップラーメンとかになるからだよ」

 ん? あれ? これってたまに食べるものとか時間がない時用とかじゃないってこと?
 た、たしかにリーベルの料理はまずいことで有名だけど……も、もしかして、誰も料理ができないとか?
 いやいや、五人姉妹の家で誰も料理ができないなんて、そんなはずないよ。

「もしかして、今日は皆さんが忙しかったりして、料理をしないからとかですか?」

「え、違うけど、どうしたの?」

「いや、今日の夕食もカップラーメンなんだって思って」

「今日どころか毎日がこんな感じよ。家に料理できる人は誰もいないし、何よりこっちのほうが楽」

「いやでも、健康に悪いし、その……太りますよ」

「うぐぅ」

「……その感じだと、心当たりでも?」

「いいよ別に、私は水紋ちゃんみたいにスレンダーじゃありませんよーっだ」

「いやそんな子供みたいなこと言わないでくださいよ。なんなら僕が作りますから」

「え、水紋ちゃんは料理できるの?」

「……ふ。昔、例のあの人あの姉に叩き込まれましたから。花嫁修業だって……。僕は男なのに……」

 ちょっと辛い過去を思い出してしまった。あの姉と一緒にいてひどい目にしか遭っていない。
 僕が小学生になったばかりの頃、あの姉のせいで僕が女の子だとクラス中どころか学校中に知れ渡って、トイレに行こうとしたら、近くの女の子がそっちじゃないと言って僕を女子トイレに引きずり込もうとしてきたり……ははは。どうして僕は普通の男の子に生まれなかったんだろう……泣きたい。

 僕が心の傷にうつ状態になっていると、強い力で肩を掴まれた。
 びっくりして意識を戻すと、百合さんがキラキラした目で僕を見ていた。

「りょ、料理ができるって本当なの?」

「料理どころか家事全般は全てできますよ。もしかして、料理だけじゃなくて他もできないとか……ははは、そんなわけないですよね」

「…………てへ」

 いやいや、ちょっと待って。何、てへって。逆に今までどうしていたか気になるんですけど。というよりもいろいろと心配になってきたんですけど。百合さんって大学生だよね。卒業したら結婚とか考える感じになっちゃうんだよね。いろいろと不安になってくるよ!

「いやね、私たちも頑張ったんだよ。だけど、洗濯したら服に変な色が付いたりだとか、干してもかなりしわくちゃになっちゃうだとか。だけど掃除はきちんとやっているよ!」

「他が全然できていないじゃないですか! それに掃除をやるのは当たり前です。というか、本当にちゃんとやってます?」

「も、もちろん!」

 なんか自信なさげなところが怪しいんだよね。ちょっとチェックしてみようか。

「百合さん、ちょっと台所のシンクを見せてもらっていいですか?」

「え、いいけど。何するの」

「まぁちょっと……」

 ぱっと見た感じ、綺麗に見える。だけど触るとどうだろうか。特に角あたり。ぬめりがひどい。

「百合さん。本当に掃除しましたか?」

「もちろんよ。ちゃんと掃除しているわ。私だって一応女なんだから、舐めないでちょうだい!」

「ちょっとここ触ってもらってもいいですか」

 そう言って僕はぬめりきったシンクの角を指でさす。

「ちゃんとピカピカに……ってなんでこんなにぬめっているの!」

「はぁ。大方、大雑把にこすって水で流して終わりって感じなんでしょうけど、角はしっかりやらないとちゃんと取れないんですよ。ちゃんと擦り取らなきゃダメなんです。この様子だと排水口とかもひどいことになってそうですね」

「うぐぅ……」

 百合さんは不味そうな顔をして目をそらした。この感じだとほかの四人……まぁ真麻ちゃんは外しておこうかな。残りの三人は何もできなさそう。

「しょうがないですね。僕がやってあげますよ」

「え、ほんと!」

「まぁ任せてください。家のことなら大抵はどうにかできますから」

「あ、ありがとう。正直、私たちだけだとかなりやばかったんだよね~」

 まぁそうだろうと思ったよ。
 さて、冷蔵庫にはなにがあるか……何にもない。冷凍庫も……何もない。この冷蔵庫、何に使っているだろうと思いきゃ、目薬が冷やしてある。

「食材がなにもないんですが?」

「お店用の材料なら、厨房にある大きな冷蔵庫の中にあるけど。家の冷蔵庫は基本的に目薬を冷やすだけだよ」

「なんて無駄なんだ……」

「みんなパソコンとかばっかりだからね。目が疲れるのよ。漫画だってデジタルだからね。あ、厨房の食材を使ってもいいよ。料理はあまり頼まれないから」

「はぁ、分かりました。あと、缶詰とかあります?」

「さばの味噌煮缶ならあるけど」

「……ツナとかいろいろあると思うんですけど、何故さばの味噌煮缶」

「…………独り寂しく飲む時のおつまみに」

「ご愁傷様です」

「ちょ、謝らないでよ! 私が寂しい女みたいじゃない! たしかに、彼氏いない歴=年齢ですけど、ですけど!」

「はいはい、わかりましたから。僕が作るんで、リビングで少し待っていてください!」

「うう、わかったわよ」

 ションボリとする百合さんを無視して、僕は厨房の冷蔵庫からいくつか材料を持ってくる。
 今回使う材料は卵、ネギ、ピーマン、さばの味噌煮缶、ごま油、お米かな。簡単にチャーハンでも作ろうか。

 まずは土鍋にお湯を入れる。ポットに入っていたので使ってしまおう。そして火にかけて沸騰するまで待つ。
 その間に水で米を洗っておく。炊飯器でやるときって、水で浸す時間とかも考慮されているらしいから、洗う時に水で浸さないようにしたほうが美味しくなるらしいんだけど、今回は土鍋。だから水で浸すようにして洗ってあげる。こうすることでしんが残らない、ふっくらして美味しいご飯が炊けるんだ。

 そうしているうちに直ぐにお湯が沸騰するので、水をざるできり、土鍋に投入する。すると温度が下がってぐつぐついわなくなる。だから再沸騰させて、その後中火で7分。

 早炊きの方法は一応知っているけど、やったことないから不安なんだよね。
 土鍋ごはんなら、チャーハンにするんじゃなく、別のおかずを作るのもいいんだけど。材料なさすぎ。これ食べ終わったら夕飯の買い物にでも行こう。

 ご飯を炊いている間に、ボールに卵を割ってかき混ぜる。フライパンに火をかけて油をたらし、いい感じの温度になったら卵を入れる。フライパンの上で火にかけながらかき混ぜることでスクランブルエッグになる。それができたら別のお皿に一旦置いておく。

 卵を直接ご飯の上に割り、卵かけごはんみたいにして炒めるのもありなんだけど、僕的にはぽろぽろしたやつが入っている方が好きなんだよね。みんなはどっちなんだろう。

 スクランブルエッグみたいなのを作っている間に、七分がたった。三秒だけ強火にしたあと土鍋の火を消す。あとは十分ぐらい蒸らすだけ。

 次はネギでも炒めておきましょうかね。
 軽くフライパンを水で洗い、火にかける。温まる間に軽くネギを切って準備。フライパンが温まってきたらごま油をたらしてネギを入れる。

 軽く炒めたところで鯖の味噌煮缶を身をほぐすようにしながら投入。この時汁を入れないように注意しないとね。

 軽く炒めたあと、ご飯を入れたいんだけど、まだ十分も立っていない。でもまぁ、これから炒めるんだし、ちょっとぐらい大丈夫だよね。うん、大丈夫。

 土鍋を開けると、ふわっとした湯気が立ち上がる。お米の優しい匂いがすっと入ってきて、ヨダレが出そうだ。このまま食べたい気持ちもあるけど、いまは我慢しよう。百合さんを待たせているわけだからね。

 土鍋ご飯を軽く混ぜ、フライパンにスクランブルエッグと一緒に投入する。
 スクランブルエッグを崩すようにご飯と一緒に炒めるんだけど、この時、下敷きになっているネギと鯖が上に来るかのように混ぜる。中華なべとかだと大きいからやりやすいんだけど、フライパンだからちょっと大変。

 いい感じに炒めたところで、鯖の溝煮汁とだしの素を入れる。味付けはこれで大丈夫かな。
 最後に汁気がなくなるまで炒めたら完成だ。

 鯖の味噌煮チャーハン。クッ○パットで見かけて作った料理なんだけど、結構美味しんだ。それに材料が手軽だからね。
 それに冷凍ご飯をうまく消費できる料理だったりする。普通にチンするだけだと、冷凍ご飯は美味しくないからね。
 適当にお皿を二つ出して綺麗によそったら完璧だ。

「百合さん、ちょっと手伝ってもらっていいですか?」

「ん、いいよって、すごくいい匂いがする!」

「あるもので簡単に作ったチャーハンですけど。お茶とスプーンをお願いしていいですか。僕はチャーハンを持っていきますので」

「わかった!」

 テーブルに料理を並べ、僕らは席に付く。
 目の前の料理がチャーハンだけっていうのはちょっと寂しいかも知れない。百合さんはどう思って……これは大丈夫そうだね。
 なんか目がキラキラしている。

「ねぇ水紋ちゃん。食べていい?」

「はいどうぞ」

「わっはぁ、いただきまーす」

「いただきます」

 スプーンでチャーハンを一口。うん、やっぱりおいしいや。元々味噌煮汁がいい味出しているから、あんまり手を加えないほうがいいんだけど、ちょっとだしの素を入れるだけで味わいが変わる。僕的にはこっちのほうが好き。

「~~~~~~~~~んまぁい」

「あ、あの~ちょっと大げさじゃないですか。僕なんかが作った料理なんですけど」

「そんな謙遜しないの! それに、誰かに作ってもらった料理ってとってもあったかい味がするんだね。すごく……懐かしい感じがするよ」

「そんな、大げさですよ。百合さんだってお母さんの手料理ぐらい食べたことあるでしょう」

「いいや、私たち姉妹は手料理って呼べるようなものをあんまり食べたことないんだ。このお店もお父さんとお母さんの趣味みたいなものだしさ。二人共、本業が別であるんだよ。それでお金だけはあったんだ。趣味で喫茶店を開けるぐらいにはね。だから……ずっと外食が多いんだよ」

「そ、そうなんですか。お父さんとお母さんは何をやってるんですか?」

「知らない。けど、インスピレーションを浮かばせるための喫茶店らしいから。趣味にハマりすぎて歯止めがきかなくなってきているけど。ほんと、二人して何やっているんだか」

 そっか、百合さんたち五人姉妹も、僕と近い悩みを持っているのかな。
 僕の場合はお父さんとお母さんが共働きで、家にいないことが多かった。そのせいか、あの姉に弄ばれて助けて欲しいのに声をかけられないほど、心の距離ができていたんだ。それだけ僕は寂しかった。
 料理をやり始めたのも、きっかけこそあの姉だけど、久しぶりの休日にお父さんとお母さんに食べさせて、美味しいって言ってもらえたからだしさ。

 だけど、百合さんたちは料理ができないから外食ばっかりで、それがさびしいって感じているんだろうな。住み込みアルバイトだけど、これから共同生活するわけだし、百合さんたちみたいに、別で仕事があるわけじゃない。学校と喫茶店。だったら家事くらいできるよね。かなり大変だけど、学校、喫茶店、それに加えて仕事までしている五人姉妹。だったら僕は漫画やイラストの仕事の代わりに家事をやろう。

「百合さん。もしよければ僕にやらせてもらえませんか?」

「ん? 何を?」

「掃除とか洗濯とか……家事全般を。漫画の仕事だって大変でしょう。掃除が行き届いていないのはそこに理由があるんじゃないですか?」

「はぁ、君は痛いところをつくね。たしかに、忙しい時は周りに手がつけられない。仕事だからこればかりはしょうがないんだよ」

「だったら、何もしていない僕がいるじゃないですか」

「でも、君はリーベルの仕事があるだろう」

「そうですけど、それは百合さんたちも一緒でしょう。時間があるときに開くでしたっけ?」

「ええ、人気があると言っても、おいしいコーヒーが飲める店はこのあたりだとリーベルだけだし、それに趣味のお店だから店が不定期開業なのよ。基本お父さんとお母さんの二人で回せるぐらいだし、店狭いし。それが高級感を与えて噂が流れているってわけ。幻滅した?」

「そんなことないです。リーベルはいいお店だと思いますよ。それに、百合さんのお父さんとお母さんがいなくても、僕が居る。アルバイトの分際であれかも知れないですけど、百合さんたちが忙しくても僕ならリーベルで仕事ができます。しかし、それだけなんです」

「それだけ?」

「漫画家でもなければ小説家でもイラストレーターでもない。ただの住み込みバイト学生です。学校とバイト、この二つだけなんですよ。だから僕には皆さんより時間があります。大丈夫です。任せてください」

「そう言ってくれると、お姉さん的にはちょっと嬉しな。惚れちゃいそうだよ。真麻や花梨だって、きっとそのほうが嬉しいと思うし、任せていいかしら?」

「全然大丈夫です! 僕なんかよければ!」

「ありがとう、水紋ちゃん」

「そんな、いいですよそんなの。僕らは一緒に住むことになるんですから、助け合いです。そうと決めたら早速ーー」

「ん、急に立ち上がってどうしたの?」

「夕飯の買い出しですよ。冷蔵庫空っぽですし。今日のお店はどうするんですか」

「お父さんとお母さんがどっかいって、準備が出来ていなから当分はお休み。水紋ちゃんの引越が終わって、いろいろと落ち着いたら始めようかと思っていたんだけど」

「分かりました、じゃあいってきます」

「あ、水紋ちゃん!」

「どうしましたか、百合さん」

「その……今日の夕飯、オムライスとかって作れる?」

「大丈夫ですよ。楽しみにしていてください!」

「ほんと! やった!」

 子供のような無邪気な笑顔で百合さんが笑った。一瞬、ドキッとしちゃった。すっごく可愛い笑顔だ。
 それでも、見とれている場合じゃない。こんなに嬉しそうにしているんだから。がんばらなくちゃダメでしょう。

「じゃあ、いってきます」

「いってらっしゃい、水紋ちゃん」

 お父さん、お母さん。僕は今日、リーベルに引っ越しました。すっごい広い部屋をもらって、ちょっと申し訳ない気持ちがありました。でも、この家でバイト以外に出来ることがあったんです。料理、掃除、洗濯などの家事全般。ちょっとズボラなとこがあって、リーベルの五人姉妹には難しかったようですが、逆に僕が得意な分野。あの姉のおかげって考えるとちょっと嫌ですけど、それでも、できるようになって良かったと思っています。
 お父さん、お母さん。僕は喫茶店リーベルで主夫をやることになりました。結婚したわけではないので、この言い方であっているかわかりませんが、みんな喜んでくれそうなんです。

 だから僕は、五人姉妹のために頑張ります。

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